80 深い爪痕
新コエグジ村の民達の戦いは終わっていた。
敵の大半は疑似流砂で封じ込め、リーダーのフェルデスも死んだことで敵の士気が下がり、終始有利に戦えたので死者は少ない。……しかし、少なくても死者が出たせいで村の雰囲気は暗くなっている。
そんな暗い雰囲気の村でアリーダは、王都から戻ったイーリス、アリエッタ、ジャスミンから現況報告を聞いていた。
「……そうか。終わったなら良かったぜ。オッサンも生きてて本当に良かった。死んだ証拠はねえから、もしかしたらと思っちゃいたがな。ところでセイリットはどこに居る? 無事なのか?」
「セイリットは念の為ミルセーヌの護衛をしている。心配要らない」
「焦ったぜ。死んだんじゃねえかと、思ってよ」
アリーダの声量は徐々に下がっていく。
「王都で死者は出なかったよ。……こちらでは出たのか」
「ああ。七人死んじまった。敵との戦力差を考えれば少ないけどよ。やっぱり死人が出ちまうと、勝っても喜べないもんだな。人と人の戦いは勝っても負けても深い爪痕が残るらしい」
事態を甘く考えていたわけではない。
死人が出るかもと覚悟はしていた。それでも、脳内に浮かんでいたのはハッピーエンドで、理想を現実とするために精一杯頑張った。最善を尽くしたと断言出来る。最善を尽くしても理想には届かなかっただけのことである。
「なあアリーダ、ルピアはどこだい?」
ジャスミンの問いにアリーダは苦い表情を浮かべた。
ルピアはクビキリの死亡を聞いてから家に篭り、ずっと出て来ない。彼女の受けたショックは想像を超える強さだった。ヴァッシュやネイが食事を持って行かなければ今頃餓死していただろう。
「安心しろ生きてるよ。今は家の中に引き篭もっている」
「そう……ちょっと、会いに行くよ」
「私は他の皆さんに勝利を伝えてきますね」
ジャスミンとアリエッタが離れていく。
二人が去ってから少しの間、沈黙が生まれた。
「……アリーダ。クビキリはどこに居る?」
「死んだよ、あいつは」
「死んだ? バカな、あの男が死ぬわけ……本当なのか?」
「くだらねえ嘘は吐かねえよ。あいつは、本当に死んだ」
「……そう、か」
復讐対象が死んだと聞いたイーリスは悲しげな瞳になった。
彼女が何を思うのかアリーダには分からない。ただ、何か言いたいことがあったのではないか、と直感した。何を伝えたかったにせよもう伝わらない。死んだ生物には声も届かないのだから。
「アリーダ。実は国王様から君とクビキリを呼ぶよう言われていてな。ジャスミンとアリエッタが戻り次第、私達と王都に向かってくれ。指名手配は取り消されたから堂々と行こう」
「今後の話もあるしな。分かった、行く」
まだ全ての問題は解決していない。
アリーダ達にはやるべきことが残っている。
* * *
王城、玉座の間にて。
国王グンダムが玉座に座っており、隣には王女ミルセーヌが立つ。壁際には王族護衛を役目とする騎士が等間隔で並んでいた。堅苦しい雰囲気で笑う者は誰も居ない。
偉い立場の人間全員が謁見中の者達に注目している。
ギルドBランクパーティー『アリーダスペシャル(仮)』の四人。帝国からやって来た魔人セイリット。そしてギルドマスター代理アンドリューズ。彼等六人はサーランの計画阻止に大きく貢献したとして、国王が称えるために呼び出されている。
……表向きは。
「まず、お主等の働きは見事なものだったと言っておく。犠牲者が出たのは悲しいことだが、今は悲しんでいる時間がない。サーランの余罪を調べるために拷問しようとした我々に奴は全てを語った。もう帝国は戦争の準備を終え、王国領土に向けて進軍しているらしい」
アリエッタが「そんなっ」と悲痛な声を上げた。
サーランを捕縛したのは戦争を防ぐためだったのに、既に帝国が準備を完了させていると聞かされたアリーダ達は苦しい表情だ。王国の危機は結局何も変わっていない。
「まさかもう進軍していたとは。グンダム様、いかがなさるおつもりで?」
冷静なアンドリューズがグンダムに問う。
「帝国の連中はどうやら皇女、そこに居るアリエッタが人間に殺されたと思い込んでおるらしい。希望的観測だが、アリエッタが帝国へと帰り事情を説明すれば戦争を回避出来る。そういう訳でお主等には一刻も早く帝国へ向かってもらいたい」
「あの、国王様? 私もですか?」
驚きで思わず疑問をぶつけたのはセイリットだ。
「お主は帝国出身なのであろう? 地理に詳しい者は同行した方がいい」
「アリエッタ様が居ますけど」
「お主は最初、余の娘を殺すつもりだったと聞いておる。今回の任務をこなしてくれればそのことを不問としよう。王族の殺人未遂など本来なら処刑されて当然だ。お主には利点しかないと思うのだが」
「喜んで任務をお受け致します」
最初からセイリットの逃げ道はない。
元々敵だったという事実は弱みになる。
その弱みを今回で消してくれるというのだからグンダムは優しいのだろう。もし悪知恵が働く者なら弱みを握り続け、永遠に自分の意のままに操ろうとする。
「あー、国王様に一つ訊きたいんですけど」
「何かな。アリーダ・ヴェルト」
「帝国への国境越えるには特別な資格が必要でしたよね。ギルドだとSランクパーティーになんなきゃいけないはずです。でも俺達Bランクパーティーだし、法律破ることになっちゃわないですかね」
元々アリーダ達はアリエッタの願いを叶えるため帝国へ向かう予定だった。彼女の願いを叶えるとして、ギルドSランクになるアリーダの目標を達成させれば両者に利がある。だから、今までSランクを目指してきたアリーダは、自分の願いが叶わないことが嫌だなと思う。なんとなく、ズルした気分だ。
「そのことだが、アンドリューズ」
「はい、グンダム様」
返事したアンドリューズはアリーダの前に移動して向かい合う。
「アリーダ、アリエッタ、イーリス、ジャスミン。君達の此度の活躍は王国を救った。功績を称えパーティー『アリーダスペシャル(仮)』をSランクにランクアップさせる。Sランクパーティーとしてより一層の活躍を期待する」
「何いいいいいいいいいいいい!?」
アリーダの絶叫が城内に響き渡る。
パーティーの一員である他の三人も目を丸くして驚いている。リーダーがうるさすぎて叫べなかったが、もし誰も叫ばなかったら誰かが叫んでいただろう。
最初はやっていたギルドの仕事も最近出来ていない。指名手配のテロリスト扱いをされて、国を救うために王国を一度敵に回した。願いを叶えるには必要だが遠回りな選択を運命に強いられた。しかし、結果は逆に近道だったのだ。昇級を想像すらしていなかったアリーダ達にとっては奇跡としか言えない。
「い、いや、良いのか? Aランクすっ飛ばしたぞ!?」
「活躍に相応しい評価を与えたにすぎん。もっと自信を持て」
「アリーダ・ヴェルト。これで資格の問題は消えたな」
「良かったじゃないかアリーダ。Sランク、君の目標だっただろ?」
「這い上がってきたね、アリーダ」
「まあ、嬉しいな。いきなりすぎて実感湧かねえけど」
「では、各自準備を整えて出発してくれ。王国の命運をお主等に託す」
グンダムに全員が「はい」と返事をしてから城を出る。
「……Sランクか」
城の外を歩くアリーダは小さく呟く。
最初はSランクパーティーの一員だった。リーダーのタリカンとは不仲で、根本的に合わないから追放されたものの、確かにSランクに座していた。その椅子にやっと戻って来られたのである。
「なあ、みんな、悪いんだけど俺に時間くれ。本当なら今すぐ帝国へ出発してえだろうし、出発しなきゃいけねえのかもしんねえが……話しておきたい人間が居るんだよ」
「エルさん、ですよね」
アリエッタの言葉にアリーダは頷く。
帝国でも戦いは待っているだろう。どんな敵が居るのか、どんな攻撃をしてくるのか、何も分からないまま突っ込まなくてはならない。得意の策を練る時間はないので死亡率は跳ね上がる。そんな死ぬかもしれない地へ行く前に、自分の大切な人間と会うのは必要なことだと思う。
「私も母に挨拶しておきたい。戻って来られるか分からないからな」
「そうだな。イーリスの言う通り、我々が無事に王国へ戻れる保障はない。家族や友人への挨拶は大事だ。時間は限られているので、一時間後に王都入口で待ち合わせとしよう」
アリーダ達は一旦解散して各々行くべき場所へ行く。
イーリスは実家へ。セイリット、ジャスミン、アンドリューズは待ち合わせの王都入口へ。アリーダとアリエッタはエルマイナ孤児院へと足を進ませる。




