79 サーランの憎悪
「一つ教えてください。あなたとムーランはなぜ、人間と魔人の国で戦争を起こそうとしているのですか。戦争は悪いことばかり起きるから起こすなと、あなたが教えてくれたのを覚えています。なのに、教えてくれたあなたがなぜ……」
サーランはミルセーヌに学問を教えてくれた一人である。子供の頃はたまに遊び相手にもなってくれた。ミルセーヌからすれば彼は家族同然の存在。そんな彼が王国と帝国の戦争を企んでいると知って、気になるのは動機だった。ムーランと兄弟で種族が魔人なのは理解出来たが動機だけは分かっていない。
「復讐ですよ。私と兄の居場所を奪う、人間と魔人への」
「居場所?」
「昔、私と兄はどこに行っても迫害を受けていました。人間の国では魔人らしい容姿の兄が、魔人の国では人間そっくりな容姿の私が、必ず兄弟のどちらかが迫害されました。私達は兄弟二人で静かに暮らしたかっただけなのに、どこに行っても種族や容姿を問題視する愚者ばかり。人々から与えられる理不尽に私達は怒りの限界を迎えました。私達の受けた苦しみを二種族に味わってもらおうと、兄は私に言ったのです」
「それなら、コエグジ村があったじゃないですか! 人間と魔人が仲良くなれるあの村が! なぜあなたはあの村を滅ぼそうとしたのですか!? あなただって、ムーランだって、二種族が仲良くなれば問題は解決するのに」
ミルセーヌはサーランの矛盾を突きつけた。
種族や容姿が理由の迫害なら、二種族の仲を深める政策として作られたコエグジ村を維持したはずだ。あの村は二種族の関係を良好に出来ると証明してくれた。サーランが滅ぼすように仕向けなければ、彼が過ごしやすい世界に近付いたはずである。
発言と矛盾する行動を指摘されたサーランは険しい表情に変化する。
「もう遅いんですよ! 今更二種族が仲良くしたところで、私達兄弟の受けた苦しみは消えない。過去は消えない! 私達兄弟を迫害した奴等が今更手を伸ばしてきても憎悪を抱くだけだ! あなた達には分からないでしょう、私の気持ちなど」
「……正直、分かりません」
「私はあなた達の言葉で止まらない。兄も同じでしょう」
「……そうですか。説得出来ればと思いましたが、諦めましょう」
ミルセーヌは人間だ。容姿も変わらず人間だ。
迫害なんて受けたことはないし、仮に誰かが迫害しようものならその人物が罰を受ける。高貴な身分であるミルセーヌは、迫害された魔人の気持ちを正確に理解はしてあげられない。
イーリスもアリエッタも同じだ。
人間でも魔人でも迫害の経験はない。
「さあ、入口から離れてください。退かなければ愚王を刺します」
イーリス、アリエッタ、ミルセーヌは玉座の間の隅に寄る。
迂闊な行動をすればグンダムが刺されてしまう。短剣を首に添えられたままでは剣で斬りかかっても、魔法で攻撃してもサーランが刺す方が早い。しかし、彼が視認出来ない攻撃なら活路を見出せる。
それが出来る者はこの場にたった一人。
「このまま帝国に逃げて匿ってもらわねば――」
「氷矢」
「うぐああっ!?」
サーランが短剣を持っていた手に氷の矢が刺さった。
彼は痛みで思わず短剣を手放す。彼からすれば弓を持つ者は誰も居ないのに、急に矢が飛んで来たので困惑するだろう。しかし弓を持つ者、セイリットは最初から玉座の間入口に立っていた。光の微精霊の協力を得た彼女を誰も視認出来なかっただけだ。
「ぐううっ、誰だああ! そこに居るのはああ!」
サーランが精隷輪具を付けている方の腕を振るう。
微精霊の悲鳴が響き、彼の前に巨大な炎が生み出される。
「これが精隷輪具の力だ! 燃え尽きろおお!」
「いけない! 〈灼熱太陽〉!」
アリエッタが触れた壁が赤く変色して、鋼鉄をも溶かす熱量の炎が直線状に放たれた。それはサーランが放った巨大火球の進行を防ぎ、入口に居るセイリットの盾となった。目の前を超火力の炎が横切る光景にセイリットは怯える。
「ぐうう邪魔な小娘共めええええ!」
「今の攻防で私から目線を外したな」
イーリスはサーランの背後に回り込んでいた。
鞘に収納した剣を振り上げ、彼の首へ叩き込む。
「ぐぼっ!?」
情報源として利用するために首の骨を折らないよう手加減された打撃。だが、手加減したとはいえ、体を鍛えていない彼が耐えられる一撃ではない。呆気なく意識を失い、グンダムを手放す。
「お父様!」
床に倒れ込むグンダムにミルセーヌが駆け寄った。
「ミルセーヌ……何が、起きているのだ。余には分からぬ。何も、分からぬ。お前が無事だったのは嬉しいが……すまない、頭が混乱している。言葉が上手く出てこない」
「無理もありません。私が知る限りのことをお話します。どうか、落ち着いて聞いてください。疑問があるなら訊いてください。ちゃんと答えますから」
ミルセーヌは全てを語った。
サーランとムーランの企み。
コエグジ事件の真相。
魔人と帝国への誤解。
そして、自分と共に戦ってくれた多くの仲間のことを。
全てを聞いたグンダムは項垂れながら口を開く。
「……そうか。余は、多くのことを間違えてきたらしい。余は昔から、困ったことがあればサーランに相談していた。あやつなら正しい答えをくれると思い込んでいた。国王として情けない。愚王と言われても仕方がないな」
「お父様。大事なのは、過去よりも未来です」
「その通りだ。お前は立派な王女だな。将来が楽しみだよ。さて、良い未来を作るために、まずは争いを止めなければ。此度の争いの全てを余から国民に語ろう」
グンダムはこの後、王都内で戦う騎士団やギルドの人間に事情を説明。国王直々の説明に納得した者達は戦いを止めて、すぐ負傷者の治療に取り掛かった。幸いなことに王都内での死者は出ていない。
王城内で戦闘中だったサーランの部下と王族護衛騎士には、サーランを捕らえたことをイーリスとアリエッタが告げた。抵抗は無駄と悟ったサーランの部下は投降して、上司と共に地下牢へと入る。
王都で起きていた激しい戦闘は全て沈静化した。
王女とその仲間の勇気ある行動により、王国内の平和は取り戻されたのである。しかしこれは偽りの平和だ。戦争を仕掛けようとする帝国を止めなければ本当の平和は訪れない。




