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78 頼もしい援軍


 死んだはずの男の姿がそこにあった。

 以前フェルデスがはっきり『死んだ』と告げている。敵の言葉とはいえ、危機的状況をアンドリューズは放っておかないはずなので信じていた。生きていたのならなぜもっと早く助けに来てくれなかったのかと、全員の頭に疑問が浮かぶ。


「アンドリューズさん。あなたは死亡したとアリーダから聞いていたのですが、生きていたのですね。無事で良かったです」


「死に近付いたのは確かですよ。複数の敵を相手に劣勢のまま戦っている時、敵の一人であるはずのフェルデスが私を逃がしてくれたのです。どうも、万全の状態の私と戦いたかったらしい。敵に助けられてしまうとは私もまだ鍛錬が足りませんな」


「なるほどね。アタシはフェルデスの気持ち分かるなあ。やっぱり誰かと戦うなら最高のコンディションで戦いたい。最高な状態の相手を倒してこそ勝利したって実感が湧くもんさ」


 ジャスミン以外は全く共感出来ておらず反応は微妙なものだ。


「ミルセーヌ様、加勢に遅れて申し訳ありません。傷はエル院長に治してもらいましたが、あの人のもとへ辿り着くまで時間が掛かってしまいました。ですがそのおかげというべきか、私達の見せ場はありそうですな」


 エルマイナ孤児院出身の大人達が騎士団とギルドの人間相手に奮戦している。戦いが専門の職業ではないのに、各々武器を持って必死に戦ってくれている。頼もしい援軍だ。


「なぜ孤児院出身の方々が私達の味方を?」


 イーリスの疑問にアンドリューズは笑って答える。


「君達が正しいと信じている、それだけだ。さて、そろそろ私も戦わせてもらおう。私が道を作る。君達はミルセーヌ様を連れて城内へ侵入してくれ」


「おっと、アタシも一緒に戦うよ」


 ジャスミンがアンドリューズに並び立ち、拳同士を打ち合わす。


「何? だが君はミルセーヌ様の護衛が」


「いくらギルマス代理でも奴等の相手は大変だろ。アタシはギルドの連中を相手するから、ギルマス代理は騎士団の相手をしてくれよ。大丈夫。王女の護衛なら頼もしいのが居るからさ」


「……分かった。イーリス、アリエッタ。ミルセーヌ様を必ず守ってくれ」


 護衛を任された二人は「はい」と元気よく返事をする。

 正確にはもう一人護衛が存在しているのだが、それを知っているのはイーリスとミルセーヌのみ。姿を消したままのセイリットはいつでも戦えるよう属性弓を持ち続けている。一瞬アンドリューズが彼女に目を合わせて「君もな」と呟いた。一度戦ったからか彼には存在がバレていたらしい。


「では、行くぞ!」

「ああ! 道を作る!」


 ジャスミンとアンドリューズが動く。

 規格外な二人の踏み込みで大地が揺れた。

 二人の突進は一瞬で敵の大軍を吹き飛ばし、多くの人間が強制的に道を譲ることになる。イーリス達が通れる場所があっさりと作り上げられた。圧倒的強さの二人に敵は唖然としており、数秒も動きを止めてしまう。


「道……はっ、通り抜けるぞ!」

「はい!」

「ええ!」


 ギルドと騎士団の者達が中央の隙間を塞ごうとするが、ジャスミンや孤児院出身の大人達が必死に妨害する。心強い援護を受けたイーリス達は敵と戦うことなく走り抜け、王城入口へと辿り着けた。



 *



 王城の中は驚くほど静寂に包まれている。


「イーリスさん、アリエッタさん、私達はこのまま玉座の間へ」


「分かりました。……城内に誰も居ませんね」


「いえ、城内に最低限の騎士は残しているはず。戦いになる可能性が高いのでその時は二人に任せます。とにかく最短距離で玉座の間へ行きましょう。玉座の間は二階の中央にあります」


 ミルセーヌの案内を頼りにイーリス達は進む。

 高価そうな調度品が置かれた廊下を走り、左奥に設置された階段から二階へ上がる。しかし、二階へ辿り着いてすぐにイーリス達は立ち止まった。黒いローブを着た集団が待ち構えていたのだ。


「くっ、敵か」

「でも騎士じゃなさそうですよ?」

「あなた達は何者ですか? なぜそんな怪しい恰好を」


 黒ローブの集団を注視していたイーリス達は彼等の正体に気付く。彼等の腕には虹色の腕輪が付けられていたのだ。虹色の腕輪で思い当たるのは一つ。


精隷輪具(せいれいリング)……! サーランの部下か!」


「サーラン様の命令により、お前達の命を貰うぞ」


「――そうはさせん!」


 黒ローブの集団の背後から勇ましい声が聞こえた。

 全員の視線が声の方向へ集まり、乱入者が誰かを確かめる。乱入者は八人も居て全員が騎士の鎧を身につけていた。イーリス達は彼等を知っている。特に乱入者達と親しいミルセーヌは嬉しそうに笑う。


「モーリス!」

「あの人達は確か、王族護衛騎士」

「彼等は味方なんでしょうか? それとも……」


 王族の護衛騎士は当然王族を守るのが仕事。

 ミルセーヌの味方をしてくれるかもしれないが、逆に王女誘拐犯としてイーリス達を捕らえようとしてくるかもしれない。味方であれば心強いが敵なら厄介だ。王族を守る役目を与えられた彼等は騎士団内でトップクラスに強い。


「ミルセーヌ様、こいつらの相手は我々にお任せを。あなたは国王様のもとへお急ぎください。国の一大事なのでしょう? のんびりはしていられないはずです」


「ありがとうございますモーリス」


 イーリス達は敵の横を走り抜けようとする。

 当然黙って見過ごしてくれるわけもなく、黒ローブの集団は魔法を唱えようと手を(かざ)す。それでもイーリス達は止まらない。迎撃も考えたが、この場は王族護衛騎士を信じて足を動かす。


「この場は任せましたよ」


 王族護衛騎士達が襲い掛かり、黒ローブの集団は魔法のターゲットを変えざるを得なくなる。上級魔法を使える集団なら王族護衛騎士も容易に退けられるが、生憎と場所が悪い。ここは城内。強力な魔法を使えば城を破壊してしまう。足場が崩れるかも気にしなければならない。破壊規模を気にするなら使えても中級魔法までだ。


 後方での戦闘音を聞きながらイーリス達は玉座の間に到着した。

 心の準備をする余裕はない。ここまで無事に来られたのは仲間が手助けしてくれたからだ。今も必死に戦ってくれている仲間のために、イーリス達は一刻も早く目的を達成しなければならない。


 玉座の間内に騎士が居ることを警戒してイーリスが扉を開ける。

 軋むような音を立てて開いた扉からイーリス達は驚きの光景を目にする。玉座の間には国王であるグンダムが座っているのだが表情は険しい。それもその筈、現在グンダムはサーランから短剣を首に突きつけられているのだから。


「お、お父様!? サーラン、どういうつもりですか!」


「ちっ、やはり来たか。魔人殲滅部隊もフェルデス以外は使えないな。まあいい、お久し振りですミルセーヌ王女。おっと動かないでくださいよ。あなた達が一歩でもそこを動けば、手が滑ってナイフを刺してしまいそうですから」


 イーリス、アリエッタ、セイリットの三人は初めてサーランを目にした。聞いていた話通りなら魔人だが人間にしか見えない。そういう容姿だから人間の国に潜入出来たのだろう。もっとも、ヨシュアやアルニアなどのように本体が別にあるケースもある。


「サーラン、国王様を殺すつもりか?」


「イーリス・ソルトラックか。頭が悪いな。見て分かれ、人質だよこの男は。お前達がここまで来てしまったから私の作戦は崩壊した。正体はバレてしまったようだし、私はこの国から撤退する。私が逃げ切るまでは殺さないさ」


「お、おいサーラン、お主は何を言って」


「黙れ愚王! お前は人形のように動くな! 簡単だ、今までと変わらないだろう。私の考えを国民に伝えるだけの人形。楽で良いなあ国王っていうのは。座るだけのお仕事で」


「さ、サーラン……」


 グンダムは暗い顔で俯いてしまった。

 状況を未だに呑み込めないのは信じたくないからだろう。献身的に自分を支えてくれた男が今や自分を人質としている。首に当たる冷たいナイフが本気だと示していた。こんな状況が長引けば、サーランは敵だとグンダムでも理解出来る。



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