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73 復讐と執念


 フェルデスの首はゴロゴロとアリーダの傍に転がっていく。

 今度は先程のように平然と動かない。動揺のあまり〈生命掌握(ライフトキル)〉の使用を忘れてしまったのか、反応が間に合わなかったのだろう。どちらにせよ、最強の魔法使いは今度こそ完全に死んだのである。


「ざまあみやがれ最強。ふぅ、ようやく痺れが消えてきたぜ」


「アリーダ・ヴェルト。お前、何をした?」


 上体を起こすアリーダにクビキリが近付く。


「奴は俺の位置を誤認していた。お前が何かしたんだろう?」


「まあな。今回の秘策、蜃気楼(しんきろう)さ」


「蜃気楼?」


 蜃気楼とは大気中の温度差で光が屈折する現象。

 景色が歪んで見えたり、実際の位置とはズレて見えてしまう。人為的に起こすのはかなり難しいし、火属性魔法を使えば声で警戒される。だからアリーダは新たに習得した技術の〈精霊談術スピリット・オブ・クンベルサ〉を利用した。火の微精霊に大気の温度差を激しくしてもらえば簡易的な蜃気楼の出来上がり。微精霊に念を飛ばして語りかければ、同じ技術を使える者以外には絶対にバレない。仮に敵が〈精霊談術〉を使えたとしても知識がなければクビキリのように気付けない。


 フェルデスは蜃気楼のせいでアリーダ達の位置を誤認していた。

 最後のクビキリだけでなく、空高く飛ばされた時も同様だ。位置を誤認させていなければ〈雷光爆(ライガガン)〉を直撃で喰らい気絶か死亡している。少し当たる程度に済ませられなかったらと考えると肝が冷える。


「そういうことだったのか。勝てたのはお前のおかげだな」


「感謝してくれよ。お前の復讐を手伝ってやったんだから」


「……そうだな。お前だけではなく今の味方全員に感謝している。まだ終わったわけではないが、確実に終わりへと向かっている。残りの元凶であるサーランとムーランさえ殺せば……全て、終わる」


 クビキリの言う通り、フェルデスを撃破して終わりへ向かい始めた。

 敵の主戦力を殺した今サーランに強力な味方は居ない。王国側の問題は確実に解決に向かっている。それは間違いないのに、なぜかクビキリは辛そうな顔をしている。


「嬉しくねえのか?」


「戦いが終わりに近付いたのは嬉しい、と思う。……ただ、心に穴が空いた気がする。俺にとって妹や村の魔人達の復讐こそが生きる理由だった。やっと一番憎い相手を殺せたのに、心が満たされない。フェルデスを殺しても……死人は生き返らない。実際に復讐してみて分かった。虚しい。嬉しさよりも虚しさが勝る」


 アリーダには復讐者の気持ちがあまり分からない。

 誰かを本気で憎んだことがないし、死人のために誰かを殺そうなんて思ったこともない。大切な孤児院の子供達やシスターエルが殺されたら、復讐者の気持ちを少しは理解出来るだろう。ただ、一つだけ分かる。クビキリにとって復讐は生きる原動力とも呼べるもの。フェルデスを殺して目的を失えば虚しくなるのも当然である。


「とりあえず戻ろうぜ。復讐なんて終わって良かったじゃねえか。人殺しのために生きる人生なんてつまらねえし。……まあ、お前はこれから償いの人生だ。自分の罪と向き合いながら未来を考えてみろよ」


「ああ、そうして――」


「――償うってんなら今償ってもらうよクビキリ!」


 水色の髪の女性がアリーダ達の傍に降って来た。

 露出多めの服装な彼女はフセット・ポラミアン。

 戦闘で疲れていたからか彼女の接近にアリーダ達は気付けなかった。気付けば傍に居たとしか言いようがない。しかし、彼女がこれからやろうとしていることは分かる。恋人を殺された憎悪でクビキリを殺す。彼女の目的は今これしかない。


 フセットが左手首に付ける精隷輪具が赤く光った。

 微精霊の悲鳴が響き渡る。想像しただけで恐ろしくなる量のエネルギーが精隷輪具に集まっていく。微精霊は強引にエネルギーを吸収されて、一体ずつ命を散らしていく。


「アリーダ、ルピアに謝っておいてくれ」

「く、クビキリ!? 何を!?」


 クビキリがアリーダの体を掴み、力一杯に放り投げる。


「私と精霊の命を力に変えろ精霊輪具ううううう!」


 ――フセットを中心として恐ろしい爆発が起きた。


「うおおおおおおおおおおお!?」


 強い熱風でアリーダはさらに吹き飛び、炎が体に到達することはない。それでもほんのり服や髪を焦がす熱風のせいで全身に軽い火傷を負ってしまう。爆発範囲から離されたアリーダでもこのダメージ。中心に居たフセットとクビキリの生存は絶望的だ。爆炎は十秒程度で消えたものの、辺り一帯が焦土になってしまった。

 熱を帯びる土に転がったアリーダは爆発地点を見つめる。


「……自爆ってやつか? 人間にも出来るんだなこんなこと」


 立ち上がり、爆発地点へと歩いて向かう。


「あ、あれはまさか」


 爆発の中心地点に一つの黒い塊が存在した。

 人型だ。近くには溶けかけの刀と鞘が落ちている。


「クビキリなのか? おい、おいクビキリ! 生きてるよな!?」


 黒い人型の塊にアリーダは駆け寄る。

 残念ながらフセットらしき物体はどこにもなかった。彼女は確実に死亡しただろう。爆発は上級魔法以上の威力だったので、クビキリの体が残っていただけでも奇跡と言える。頑丈な体を持つ魔人だからこそ助かる可能性が僅かにあったのかもしれない。


「こ、これは……」


 肉体が炭になっている。頬に少し触れただけでボロボロと崩れる。この惨状を目にして生きていると考えるのはバカだ。誰が見たって分かる。爆発でクビキリは死亡したのだ。


「……なんで、お前は……なんで俺を助けた」


 アリーダは辛い表情になるが涙は流れない。

 仲が良いわけではないのだ。共通の敵が居たから同盟を結んだだけの関係。戦力としては信頼しているものの、タリカンを殺されたこともあり良い感情を抱いていなかった。それでもやはり、今回の戦いで死んでほしくなかったと思う。


「お前は、お前なら、俺を助けなければ逃げられたはずだろ。ルピアと約束があるんじゃねえのかよ。罪と向き合うんじゃねえのかよ。ルピアに謝れって、何なんだよ。言いたいことがあるなら自分で伝えてくれよ」


 クビキリの手を握ると形が崩れてしまう。


「なあ、おい、お前は最期、何を考えていたんだ?」


 体と心が重くなる。無情にも時間は過ぎていく。

 今は重要な戦いの最中だ。倒すべき敵を倒したアリーダは一刻も早くナステルの廃村まで戻らなければならない。敵の戦意を削ぐため、フェルデスの死を伝える必要がある。


「嫌になるな。あの子、泣くぜ」


 アリーダはナステルの廃村へと走る。

 遺体は全て持って帰れないが、せめてと思い炭を握りしめながら。




 * * *




 アリーダとは別行動で王都へ向かうイーリス達。

 誰にも見つからないよう整備されていない道を進んだため、未だに王都には到着していない。ただ、今下っている小さな山から王都が見えた。到着まで掛かる時間は二日から三日といったところだろう。


「随分と遠回りになってしまったな。既に戦いは始まっているのだろうか?」


「やっぱり不安かい?」


 心配するイーリスにジャスミンが問いかける。


「まあ不安……待て。誰か来る」


 緩やかな坂道を登って来る二人組が居た。

 灰色肌で銀の鎧を着た黒髪の男。

 黒いとんがり帽子とローブを身に付けた女

 二人組は真っ直ぐイーリス達の方へと向かって来る。


「魔人ですね」


 黒髪の少女アリエッタが言う通り、女はともかく男は魔人だと分かる。

 黄緑髪の女性ミルセーヌは二人組の姿を見つめて目を丸くする。


「あの人達はもしかして……。気を付けてください。セイリットから聞いた暗殺部隊の特徴と一致しています。おそらく隊長のヨシュア、魔法使いのアルニアです」


「……強いな。ミルセーヌ様、お下がりください」


 剣を抜いたイーリスの指示でミルセーヌが三歩下がった。



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