72 アリーダ&クビキリVSフェルデス
「〈超々治癒〉」
フェルデスの血が体内へ戻り、傷も完治。その時間たったの一秒。
ありえない。治ったことがではなく、死んでいないことが。
人間が首を切断されて生きられる時間など長くても数秒。胴体が頭部を拾い、回復魔法で傷を完治させるなんて芸当が出来るわけがない。特殊な魔人やモンスターなら出来るかもしれないが彼は違う、ただの人間のはずだ。
「……お前、人間じゃないのか?」
「人間さ。生命属性魔法の奥義〈生命掌握〉って知ってるかい?」
「〈生命掌握〉! 命を操る魔法。まさかアレを使える人間がシスターエル以外に居たとはな」
傷を癒やす回復魔法が生命属性の主な力だが〈生命掌握〉は違う。命が終わろうとしても終わらせず、逆に終わらない命を終わらせることも出来る。まさに生命を掌握する魔法。どんな致命傷を受けようと、どんな病に冒されようと、これを使えば死は訪れない。しかし〈生命掌握〉のコントロールは困難であり長時間は使えない。
結果を見ればアリーダ達の奇襲は失敗だが無駄ではなかった。
切り札だろう〈生命掌握〉の存在を知らなければ、殺したと思い込む厄介な勘違いをする可能性がある。敵の手札を一つ知れただけでも奇襲の価値はあったのだ。
「さて、とりあえず褒めておこう。僕という脅威を排除するために知恵を絞ったようだね。ブラックから『声飛』を奪い、彼女の声を真似て嘘の情報を流した。僕達を迎え撃つための罠を仕掛けた廃村まで誘導し、見事罠を作動させた。あの落とし穴には僕も驚いたよ。そして何らかの方法で姿を隠していたクビキリが背後から奇襲。普通の人間なら死んでいただろうね。……でも、僕は最強の魔法使い。僕に勝てるという夢からは覚めてもらおうか」
「夢は叶えるもんさ! やるぞクビキリ、距離を詰めろ!」
フェルデスと戦うなら接近戦が適している。
上級魔法を好んで使う彼の欠点も上級魔法。広範囲高威力な上級魔法で自分の近くを攻撃すれば自分すら巻き込んでしまう。その欠点を無くすために魔法使いは魔法をコントロールして、自分の傍に魔法が届かないよう調整する。つまりフェルデスの傍は安全圏なのだ。
「〈加速運動〉、〈大地の剣〉!」
安全圏といっても攻撃は来る。自身の速度を上昇させる〈加速運動〉で素早い動きにも対応出来るし、〈大地の剣〉を使えば土や石で武器を形作ることが出来る。上級魔法で対策出来るのはあくまで広範囲に効果を及ぼすもののみ。完全な安全圏など存在しない。
アリーダは素手で、クビキリは刀でフェルデスへと襲い掛かる。
二人掛かりで攻めれば速度強化されたフェルデスとも互角に戦える。
「広範囲に被害を及ぼす上級魔法を接近戦で使えば自分自身を巻き込む。封じられたようなものだ。着眼点は良いけどね、まさかそれだけで僕に勝てるなんて思っていないだろう? アリーダ、上級魔法は使わないのか?」
「お前の期待を裏切らせてもらったぜ! 俺は上級魔法なんざ一つも習得してねえよ! お前を倒すのにそんな大層なものいらねえのさ! 現にお前は今、追い詰められている!」
アリーダの拳を躱したフェルデスの頬にクビキリの刀が掠る。
フェルデスの頬には小さな傷が生まれ、赤い血が滲む。
「追い詰めている? 勘違いさせたようだね。僕はいつでも君達に勝てる。君達の策を分かったうえで接近戦に応じた。だけどそれも終わりだ。アリーダ、君と話していると苛つく。もう遊びの時間は終わらせてもらうよ」
激しい接近戦を繰り広げるなかフェルデスは呟く。
「〈大地操作〉」
「うっ、こ、これは!?」
大地が蠢く。
フェルデスの真下を除き、地面が彼から離れていく。アリーダ達は強制的に地面ごと彼から離されてしまった。異常は続く。大地に亀裂が入り、数え切れないブロックと化す。そして綺麗に分割された大地が一つずつ、高速で上空へと打ち上がった。アリーダ達も当然真上に打ち上げられた。
「なんてバカげた力だよ! ぐおっ!?」
「ちいっ!」
打ち上げられるブロック状の大地をアリーダ達は絶え間なく飛び移る。しかし、いかに器用なアリーダでも、身体能力の高いクビキリでも、次から次へと迫るブロックへの対処は限界がある。空中では細かな動きが出来ない。飛び移るのに失敗し、回避にも失敗し、二人はブロックの直撃を喰らいながら上空へと飛ばされた。
「〈雷光爆〉」
雲の近くまで飛ばされたアリーダ達に更なる脅威が襲い掛かる。
電気の塊が空中に発生して拡大。晴れた空の青はもっと明るい青白い光に照らされ、電撃の余波が遠くへと広がる。攻撃を躱すのはほぼ不可能。空中で広範囲に及ぶ電撃を躱すなど、自由に空を飛行でもしない限り出来ないだろう。
電撃を浴びてしまったアリーダ達が大地へと落下していく。
体は上手く動かない。激痛と痺れのせいだ。
「〈柔軟化〉」
何もしないまま落下すれば死ぬところだった。しかし意外にも、フェルデスが魔法で助けてくれた。地面に柔軟性が付与された結果、アリーダ達は深く地面に沈んでは跳ねる。それを何度も繰り返していく内に勢いが弱まり地面に転がる。
アリーダは死の恐怖を人生で一番感じた。
土の塊で雲まで飛ばされ、感電死してもおかしくない電撃を喰らい、体が動かないまま地面へ落下。今までのどんな体験よりも恐ろしい。敵が上級魔法を扱う人間というだけならここまでの恐怖は感じなかっただろう。上級魔法を扱うのがフェルデスだからこそ、完成された魔法使い相手だからこそ恐ろしい。半端な小細工は力尽くで壊してくる。
「く、そ……〈体調整備〉」
痺れを消すために魔法を使ったがアリーダの痺れは消えない。
フェルデスは無様に倒れたままのアリーダを眺めて嗤う。
「〈雷光爆〉を喰らって生きていたのは驚きだが、どうやらもう下級魔法を使う魔力も残っていないようだね。魔力の尽きた魔法使いなんてクズ同然。君達には僅かな希望すらなくなったわけだ。君如きが僕に勝てるという思い上がりもなくなっただろう。下級魔法で戦う愚かさが少しは理解出来たかな?」
「……ああ、そうだな。お前は強い」
分かっていたことだ。全属性の適性を持ち、全ての上級魔法を習得した魔法使いは強い。下級魔法しか使えない魔法使いが正面から戦ったところで敵わない。しかしアリーダの瞳はまだ生きている。
「お前は強いよ。悔しいが、認めるぜ。俺一人じゃお前には、勝てない」
「そうだろう。仮に君が百人居たとしても負ける気がしない」
「……それは、どうかな? まだ俺は、魔力を、残している。俺一人で勝つのは無理だと理解したが、この戦いを諦めたわけじゃあ、ねえぜ。なぜなら……勝利の策は既に、完成済みだからな。〈氷結〉からの〈炎熱〉」
動けないアリーダが選んだ策はフェルデスと最初に戦った時と同じものだ。
左手から氷の塊、右手からは炎の塊を出し、それらを打ちつける。氷は蒸発して水蒸気に変化。白い蒸気が周辺に広がって全員の視界を奪う。アリーダが編み出した水蒸気煙幕作戦である。
「またこれか。何をしても無駄だといい加減に学べ」
経験済みのフェルデスは驚かず、同じ技を使ったことに呆れていた。水蒸気の煙幕は持っても数秒。アリーダとクビキリが万全なら警戒必須だが動けない状態。たったの数秒で何が出来るというのか。フェルデスはただ煙幕が晴れるのを待ち、二人にトドメを刺せばいい。
(……なーんて考えているんだろ最強の魔法使い。お前は最強へと至ったゆえに傲慢であり、それが弱点だ。傲慢なお前でもそろそろ気付く頃か。俺がさっき〈体調整備〉を誰に使ったのか。お前を殺す役目を誰に託したのか)
水蒸気の煙幕が自然に晴れる。
フェルデスはすぐ異変に気付く。
「クビキリが居ない? そうか、さっきの〈体調整備〉は自分ではなく奴に使ったのか。体の痺れを治し、戦わせるために。だが所詮無駄な足掻きだ。〈加速運動〉」
速度強化したフェルデスが辺りを見回す。
クビキリは既に背後へと移動して刀を振りかぶっていた。普通なら対処が遅れて斬り殺されるが、速度が倍以上になったフェルデスなら容易に防げる。それどころかクビキリの攻撃より早く〈大地の剣〉で攻撃出来る。
「君も、君の妹と同じように首を斬られて死ね!」
手に持つ〈大地の剣〉をフェルデスが振るい……驚愕した。
クビキリの姿が幻だったかのように消えてしまったのだ。それだけではなく、消えていくのと同時にクビキリは少し右側に現れた。何が起こったのかフェルデスには理解出来ない。唯一分かるのは結果だ。自分の斬撃が掠りもせず、逆に敵の斬撃が自分に迫る結果のみ。
「なっ、何が――」
怒りが込められた鋭い斬撃はフェルデスの首を斬り飛ばした。




