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71 決戦開始の日


 フェルデスは六十人の人間を率いて魔人の拠点に向かっていた。

 魔人殲滅部隊が二十人。残りの四十人は騎士団やギルドの人間で魔人に悪印象を抱く者達だ。村一つ滅ぼすだけなら過剰な戦力と言える。そもそも、村一つくらいフェルデス一人でも充分である。


「ブラック、応答しろ」

『はっ、こちらブラック』


 フェルデスが手に持つ小型の道具に話し掛けると小さな声が返ってくる。

 小型のそれは遠く離れた相手と話が出来る帝国産の道具『声飛(こえとび)』だ。帝国は精霊の研究が王国よりも進んでおり、技術力は圧倒的に上をいっている。この道具をサーランから受け取った時はフェルデスも驚き、感心したものだ。サーランの兄が帝国に居なければ目にすることはなかった。


「君の言っていたナステル村っていうのが見えてきた。次に進む方角を教えてくれ」


『まずはナステル村の中心へ向かってください』


「分かったが、なぜだ?」


『距離と方角を正確にするためです』


「そうか。なあ、声が小さいからもう少し大きな声出してくれ」


『風邪で喉が痛くて』


 今フェルデスが会話しているのは魔人の村に潜入した黒装束の女。

 彼女、ブラックの仕事はアリーダの居場所を掴み、再戦から逃げないか監視すること。しかし今は当初の予定と少し違う。何の偶然かアリーダが居るのはフェルデスが二度も滅ぼしたはずの村。その村の魔人と人間も戦いに参加するらしく、凡愚なりに頑張って策を練ったと聞いた。ブラックが潜入していると知らない彼等は、まさか自分達の作戦が敵に漏れているとは思わないだろう。


 戦いで重要なのは二つ。強さ、そして情報。

 敵の人数や策が最初から分かっていれば対策を立てられる。


「ナステル村中心に到着。次進む方角は?」


『次に進むのは……真下だよバカが!』


 突然、二つの異常が起きた。

 『声飛』から聞こえる声が男の声に変わったこと。

 もう一つは……ナステル村中心部の地面の崩壊。


「うわああああああああああ!」

「何じゃこりゃああああああ!」

「きゃああああああああああ!」

「お、落とし穴だあ! 落ちるうう!」


 ナステル村中心部から半径五十メートルまでの地面が崩壊した。

 魔人殲滅部隊、騎士団、ギルドの人間。

 フェルデス含めて六十一人が一斉に落下。


「何!? くっ、〈風の飛翔(ウィンドウィング)〉!」


 風で翼を作り出したフェルデスは羽ばたいて飛行。底に落ちる前に見事脱出してみせた。彼だけではない。魔法で一時的に飛行したり、他人を踏み台にしたり、方法は様々だが脱出出来た者達が居る。魔人殲滅部隊は十五人、騎士団やギルドの人間の内十二人は底に落ちなかった。


「――はっはっはっはっは! 罠に嵌まったな間抜け共!」


 ナステル村は殺人鬼によって住民が皆殺しにされた廃村。今この場にはフェルデス達以外に誰も居ないはずなのに、人を小馬鹿にする笑い声が廃村全体へと響く。この声の主をフェルデスは覚えている。


「ここに居るな。出て来いアリーダ・ヴェルト!」


「お望み通り登場してやったぜえ、フェルデス」


 巨大な落とし穴の東にある空き家から大柄で紫髪の男が出て来た。

 アリーダ・ヴェルト。彼に続き今度は西側の空き家から大勢の人間と魔人、合わせて四十人が現れる。全員が弓で武装しており、戦士のように戦意を宿す瞳をフェルデス達に向けている。


「いやー、便利な道具があったもんだ。遠くの相手と会話出来るなんてな。この道具のおかげでお前等を簡単に落とし穴へと誘導出来たぜ。帝国の技術ってすげえよなあ」


「色々言いたいことはあるけど……まずブラックはどこだ?」


 通信道具『声飛』を所持していたのはブラックだ。それが今、アリーダの手に渡っているということは奪われたということ。いつ、どこで、どうやって、そんな疑問がフェルデスの頭に湧く。


「そこ」

「……何?」

「そこそこ」


 アリーダが指で示したのは巨大な落とし穴。


「最初から落とし穴の中さ。あの女、とんでもなく速くて捕まえるの苦労したからな。紐で手足を縛って身動きは封じさせてもらったぜ。まあ、そんなことしなくても穴から出られないだろうがな」


「どういう意味だ。落とされたなら這い上がればいいだろう」


「答えは今に分かる」


 西側に居る魔人と人間の内十人が「〈土操作(ソイルーラ)〉」と呟き、地面に手を付ける。彼等が行動を起こして数秒が経つと、落とし穴内部の細かい砂が渦を巻き始めた。もう少しで地上へ這い上がれそうな者が何人か居たが、砂に体が引っ張られて徐々に下へと沈んでいく。


「まさか、流砂か!?」


「正解。これでお前等の戦力半分くらいは封じたぜ」


「「――おいおい! いつまでもお喋りしてんじゃねえよ!」」


 急に叫んだのは強面の男二人。

 ギルドBランクの実力者、ワッシュ兄弟だ。


「ん? おお、ワッシュ兄弟じゃねーか。穴に落ちれば良かったのに」


「アリーダああ! 指名手配されているお前をぶっ殺し!」


「金を手に入れて酒を飲む! 想像しただけで最高の気分よお!」


「俺を殺す? いいぜ、来てみろよ。死ぬ覚悟があるんならな」


 ワッシュ兄弟は腰から下げていた剣を抜き、アリーダ目掛けて走る。

 欲望丸出しの顔は誰が見ても金と酒のことしか考えていないと分かる。


「止まれ! 無暗に攻撃するな!」

「うるせえ黙れ! 俺達に指図すんじゃねえ!」


 フェルデスの命令にも従わない。


「統率されてねえなあ」


 アリーダが呆れたように呟く。

 確かにこの集団は纏まりがない。なんせ魔人殲滅部隊、騎士団、ギルドという三つの組織が交ざっているのだから、リーダーを務める人間には強いカリスマ性が求められる。残念ながらフェルデスにはカリスマ性がない。自分が楽しければ何をしても良いと思うような人間にそんなものはない。


「「死ねええええ! アリーダあああああ!」」

「殺されねえよ。お前等如きに」


 ワッシュ兄弟が剣を振るが、それより一瞬速くアリーダは前進していた。兄弟の間へと入り込んだアリーダは拳を軽く兄弟のこめかみに当てる。

 ほんの僅かな電気が兄弟の頭に走り、動きが停止した。

 魔法名を告げていないので魔法ではない。

 観察していたフェルデスは得体の知れない力に眉を顰める。


「無様に倒れてろ」


 アリーダはワッシュ兄弟を両手で突き飛ばす。

 なぜか動けない兄弟は抵抗出来ず地面に倒れた。


「こんな奴等はどうでもいい。俺の相手はフェルデス! お前だろ!」


「僕以外は西に居る雑魚共を殺せ。僕は彼を殺す」


 味方に目を向けることなくフェルデスは指示を出す。

 フェルデスの言葉が本格的な戦闘開始の合図となった。

 三つの組織の混合部隊が気合いの叫びを上げて走り出す。

 西に居る人間と魔人は人工流砂の維持に関わらない者達が弓を構える。


「さあ、約束の再戦といこうか」


「ああ。だが一騎打ちの前に場所を変えさせてもらうぜ」


「いいだろう。君が全力を出せる環境で戦おうじゃないか」


 フェルデスはアリーダに付いて行き、ナステル村が米粒のような大きさに見える程遠くまで離れた。上級魔法を扱う者同士の戦いが始まれば周辺に大きな被害ガ出る。戦場である村から遠く離れるのは当然と言える。


「ここまで離れればお互い味方に被害は出さない。始めようか」


「始める? 違うね。終わらせる、だ」


 ――突如として鋭い斬撃がフェルデスの首を襲った。


「は?」


 警戒はしていた。アリーダが姑息な魔人であり、何をしてくるか分からないから目は離していない。アリーダは何もしていないと断言出来るのに、なぜかフェルデスの首が胴体から離れていく。



 *



 アリーダ・ヴェルトはフェルデス戦に向けていくつも策を用意していた。

 下級魔法と精霊談術スピリット・オブ・クンベルサのコンボはいくつあっても困らない。だが最初に試す策は奇襲だった。奇襲は上手くいけば数秒で戦いが終わる……というか、始まりもしない。ただ熟練した戦士に奇襲が通用する確率は低い。成功する可能性は考えず、試すだけ試して成功すればラッキー程度の認識。


「え、マジで終わった?」


「首は斬った。死んだだろう」


 目には見えていなかったクビキリが姿を現し、刀を振って血を落とす。

 姿を消していた仕組みは精霊談術で説明出来る。光の精霊に協力してもらい、光の屈折率を変化させたのだ。フェルデスが居た方向からは誰も居ないように見えても、実際は最初からアリーダの傍にクビキリが居た。


 今回の奇襲策は敵を騙すことに重点が置かれている。

 一騎打ちという言葉により一人で戦うと思わせるのが最重要。フェルデスがアリーダのみを警戒する状況に持ち込み、無警戒だった背後からクビキリが奇襲を仕掛ける策。上手くいけば一撃で、被害も出さずにフェルデスを殺せる。……そして実際に試したら本当に殺せた。

 草原に倒れたフェルデスをクビキリは冷めた瞳で見下ろす。


「呆気ないものだな。復讐出来たのに虚しい気分だ」


「――ああ、すまないね。僕の失敗だよ」


「「なっ!?」」


 ありえないはずの事態が起こる。

 フェルデスが頭と首だけの状態で平然と喋り、胴体が頭部を拾って元の位置に戻す。以前も目にしたような光景だが彼に再生能力はない。頭部と胴体は繋がらず出血も酷いままだ。


「〈超々治癒(ハイパーヒール)〉」


 フェルデスの血が体内へ戻り、傷も完治。その時間たったの一秒。



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