70 決戦へ向けて
精霊談術の練習を行うアリーダのもとへ、笑みを浮かべたアリエッタが訪れた。一応男性用の家として使われるそこに遠慮無く侵入した。そんな事態にアリーダは低い声で悲鳴を上げる。なぜなら……裸だから。
「きゃあああああああああ!」
「……あ、な、何をしているんですか?」
アリーダは慌てて傍にある衣服を着る。
信じられないものを見る目をアリエッタが向ける。
「こ、これは特訓なんだよ特訓!」
「……本当に?」
「本当だって! なあセイリット!」
アリエッタが疑問に思うのも無理ないだろう。
部屋に居たのは裸のアリーダともう一人、左目に眼帯を付けている白髪の女性セイリット。裸の男と同室に女が居て何も起こらないはずがない。特にアリーダは女好きな性格だとアリエッタは知っている。出会った当日に、子供には言いづらい行為をしていたとしても不思議はない。
「微精霊の存在を感じ取る練習ですよ。肌は敏感なセンサー。見えないものを感じ取るなら、裸になって自然の一部となるのが良い方法なのです。やましいことは何もないのでご安心ください」
「そう、だったんですね」
にっこりと笑うセイリットの言葉にアリエッタは納得する。
元敵とはいえ疑ってばかりでは協力の意味がない。互いに協力し合うのなら、まずは信じ合うことから始める必要がある。しかし、協力関係となった日に二人きりの状態なのは不安になってしまう。
「何の用だよアリエッタ。ノックもなしに男の部屋へ入るなんて」
「あ、ああ、良い知らせを持って来たんですよ。この新たなコエグジ村の住人も、老人、子供、身籠もった女性を除いて戦いに協力してくれるそうです。一気に味方が増えましたよ」
「本当か!? 確かにそいつは良い知らせだ。でもなんで急に協力を?」
「私がお願いしただけです」
アリエッタの返答に嬉しそうなアリーダの表情が曇る。
「ええっと、お前それ、皇女の権力で脅したってこと?」
「そんなことしません! 私は私の気持ちを伝えただけです!」
「まあ、後で村の連中にも訊いて真偽を確かめるとするか」
慌てて反論した後にアリエッタは気付く。
自分が皇帝の娘なのは分かっているが、その立場の意味を完全には理解出来ていなかった。皇女と普通の民では言葉の重みが違う。皇女も少なからず権力を持ち、普通の民が逆らうのは難しい。戦ってほしいという願いは命令に聞こえるかもしれない。先程協力を約束した村人達の中にも、自分の意思で協力宣言しなかった者が居た可能性がある。それは後でアリーダが確認してくれるだろう。
「味方が増えたのは良いことですが敵は一人一人が強い。一般人を味方に加えても盾にしか使えないのでは? アリエッタ様は数の多い弱者をどう使うか、考えておられるのですか?」
「え? そ、それは……すみません。考えていませんでした」
「策は俺が考える。ちょっと外出て考えるわ」
アリエッタは自分が想像よりも未熟だと思い知らされる。
数は力。単純に味方が増えれば有利になる。村に住む魔人と人間の未来を変えるためにもと思って協力を願った。しかし、協力してくれるのは戦いとは無縁の人ばかり。今回戦うことになる魔人殲滅部隊にとって障害にならない者達である。そんな弱い者達を味方に加えても死人が無駄に増えるだけ。村人達への協力願いは軽率な行動だったと後悔する。
普通の村人を戦いに加えてどうなるかなど考えれば分かることだった。全員が喜ぶ選択をしたつもりが所詮は子供の浅知恵。アリエッタは冷静な思考が出来ていなかった自分を責める。
「そう落ち込むことはありませんよ」
意外にもセイリットが声を掛けてきた。
「あなたはまだ十歳でしたよね」
「はい。年齢に気になることでも?」
「まだ十歳の子供が自分なりに考えて出来ることをやる。素晴らしいことじゃないですか。たとえあなたが選択を間違えたとしても、それは成長の糧となる。年齢は関係ない。子供でも大人でも、誰もが些細な間違いや発見から成長していく」
「大規模な戦いが始まるんです。間違いなんて許されません」
世界の未来が良くも悪くも変わる一戦。戦闘中だろうと準備中だろうと、間違った選択をすれば人の命が失われる。
「問題ないですよ。さっきアリーダ君は喜んでいたでしょう。数時間の付き合いですが彼が賢い人なのは分かります。ミルセーヌ様も頼りにしていましたしね。その彼が『良い知らせだ』と言った。おそらく、村人の協力を得られた場合の策を既に考えていたのでしょう」
「外へ出たのは、村人達が本当に協力してくれるかの確認ですか」
「ええ。まあ、他の確認もありますけど」
「他の?」
「時が来れば分かりますよ」
アリエッタは深く考えず村人達を味方に引き入れたが、アリーダなら彼等を役立たせる策を考えてくれるだろう。彼が組み立てた策にはいつも助けられてきた。今回もそうだ。彼が支えてくれるおかげでアリエッタは少し安心出来る。
しばらく経つとアリーダが仲間を連れて帰って来た。
イーリス、ジャスミン、ミルセーヌ、クビキリ、ルピア、ヴァッシュ。この六人にアリエッタ達を加えて九人。今回の戦いで重要なメンバーだ。まずは策をこのメンバーに伝え、村人達には信頼の厚いヴァッシュから説明してもらう。アリーダの説明に全員が耳を傾ける。
「さて、あと一ヶ月と少しでフェルデス率いる魔人殲滅部隊が動く」
「動くとは言うが、攻めて来るわけではないだろう。奴等は私達がこの村に滞在していることを知らない」
イーリスの言葉を聞いたアリーダは首を横に振る。
「いいや、奴等は俺の所へ来るぜ。認めたくねえがフェルデスは頭が良い。俺が再戦の約束を守るか確かめるために監視者を送っているはずだ。既にこの村のどこかに潜んでいると思ってくれ」
「え、い、居るんですか!? この村に!?」
大袈裟に驚くルピアは立ち上がり、周囲を素早く見渡す。
家の中なので怪しい影は一つもない。ヴァッシュの影へ潜る能力のように、潜伏に適した能力を持つ監視者なら家の中も警戒必須だが今は問題ない。敵は魔人殲滅部隊。魔人を殺すために存在する組織。構成員は人間であり、人間は魔人のような固有能力を持たない。つまり家の中なら監視を気にせず話が出来る。
「この家の中には入っていないはずだ。落ち着け」
「そ、そうですね」
クビキリの言葉で落ち着いたルピアは再び座る。
「敵は俺が居る場所へ向かって来る。村を戦場にするわけにはいかねえから、村から離れた場所で敵を迎え撃つ。その間ミルセーヌ、アリエッタ、イーリス、ジャスミンの四人は別行動で王城へ乗り込んでもらう。四人の仕事は迅速に大臣サーランを捕縛することだ。情報を得たいから殺すなよ」
「えっと、この村から王都までとても遠いんですが」
「だから明日には王都へ向かってくれ」
「……随分と急ですね」
あくまでも重要なのはサーランの捕縛。大臣の地位を利用して戦争計画を進める彼を一刻も早く捕らえなければ、国王も他の人間も彼を信じて戦争を始めてしまう。彼を守る魔人殲滅部隊がアリーダ達と戦っている間こそ彼を捕らえる好機。絶好の機会を逃すわけにはいかない。
「待ってくれ。魔人殲滅部隊とアリーダ達が戦うのは分かったが、フェルデス以外はアリーダと戦いに来る理由がない。こちらへ来るのはフェルデス一人で、魔人殲滅部隊はサーランを守っているのではないか?」
「全員は来ねえかもな。だが、半分以上は必ず来る。奴等は魔人殲滅部隊だからな。俺は魔人だし、俺を監視しているならこの村の連中が生きていることを知ったはず。今度こそ滅ぼそうと大勢で攻めて来るはずだぜ」
「可能性は高いな。人選の意図は?」
「サーランの顔を知るミルセーヌは王都行き確定だろ。他の三人は護衛だ」
護衛のメンバーは同じパーティー仲間。即興パーティーよりチームワークが安定する編成だ。チームワーク含め実力を信頼されているようでアリエッタは嬉しくなる。
「四人以外の戦力は魔人殲滅部隊撃退に使う。今回村人達も協力してくれるって言うから、何が出来るか一人一人に教えてもらった。その結果、考えついた策がこれだ」
アリーダが大きめな一枚の紙を床に置く。
紙には大勢で策を実行している村人の絵が描かれている。
「これは……」
「ふっ、君らしいな」
「昔を思い出します」
「はっはっは! 良いなこれ!」
「ええっと、これで本当に大丈夫ですか?」
「……お前が考えた策なら従おう」
「アリーダ君は子供ですねえ」
「異論はない」
「よし、異論がねえなら決まりだな。じゃあ解散」
決戦の日は遠いようで近い。
アリエッタは誰一人欠けずに戦いを乗り越えたいと思っている。難しいのは分かっているし所詮理想だが、仲間が死ぬところは絶対に見たくない。後で死んだと聞かされるのも御免だ。今回の戦いがみんな笑える未来の一歩になるよう頑張ろうと静かに決意した。




