69 演説
アリーダとセイリットの二人がどこかへ行き、村入口に残されたミルセーヌ達。二人のせいで少々本題から逸れてしまったためミルセーヌは本題に戻す。まだ確認していない自分への協力意思についてだ。
「皆様、既に聞いていると思いますが今私は命狙われる身。城に敵が居るうえ、隣のデモニア帝国からも暗殺部隊が送られました。私には頼れる味方があまり居ません。どうか、私と共に戦ってくれないでしょうか」
「当然一緒に戦いますよ。敵は同じですから」
アリエッタの言葉にイーリスとジャスミンが頷く。
「この村からは私とネイが力を貸す」
ヴァッシュは一歩前に出て協力の意思を示す。
「……二人ですか」
「数に不満が?」
「いえ、協力してくださるだけでありがたいです。ただ、元コエグジ村の魔人や彼等に交流あった人々はフェルデス達が憎いはず。全員協力してくれるのではと勝手ながら思っていまして」
新コエグジ村の住人は元コエグジ村の住人が主であり、残りは彼等と交流があった人間達。国に反発して殺されたくはないが、仲間を見捨てたくもない。だから大陸の端にひっそりと隠れ住んでいた者達だ。自分達の災難が全てフェルデスやサーランのせいと分かれば、怒りや憎しみを原動力にして味方と化す……はずだった。それなのに現実はたった二人。敵に比べて圧倒的戦力不足。
「この村に居る魔人と人間には真実を話してあるし、全員怒りを感じている。君達に勝ってほしいとは思っているはずさ。だが皆、争いが恐ろしいのさ。争いに関われば何かを失う。住む場所が無くなり、友を失うかもしれない。争いから逃げれば何も失わなくて済む」
「それに今回の戦いは規模がでかいです。敵は王国と帝国の権力者。ギルドや騎士団まで敵に回るかもしれない。私やヴァッシュは覚悟があるからいいとして、他の村人には戦ってほしくないんです」
「……仰る通り大きな戦いになります。強制は出来ませんよね」
ミルセーヌに味方すれば命を失うかもしれない。戦えない者、戦いに消極的な者にまで味方しろとはミルセーヌも言えない。今は思考を切り替える時だ。クビキリとルピアしか味方が居なかった先日と比べれば戦力増強には成功している。どうすれば味方を増やせるか考えるより、少ない戦力でどうやって勝利するかを考えるべきだ。
「そういえば、この場所へ来る前にこれを見ましたよ」
ミルセーヌが小さな鞄から取り出したのは四枚の紙。
イーリスは戸惑いながらも紙を受け取って眺めてみると、そこには自分の名前と汚い似顔絵が載っていた。生死問わず捕らえた者に報酬を支払うと下部に記載されている。
「まさか、手配書ですか!?」
「ええ。アリーダ、アリエッタさん、イーリスさん、ジャスミンさんの四人分」
「あらら。これでアタシ達も罪人か」
「こ、皇女が罪人。お父様やお兄様に何と説明すれば」
「そんな……私達は悪事など何もしていないのに」
指名手配されるなどイーリスは予想していなかった。
正しいと思ったことをしてきたつもりでも罪人扱いされる。サーランにとって邪魔な存在だからだろうがショックを受ける。しかしそこで、罪人にしては優しすぎる少女が居ることを思い出す。
「……ルピア。すまなかったな」
「ど、どうしたんですか急に謝罪なんて」
「君のことを犯罪者としか見ていなかった。今回のように、正しいことをしても罪人にされることだってあるのにな。私の視野が狭かったよ。これからは君の内面を見ていこう」
「は、はい」
少しずつでも相手を理解しようと出来るならきっとわだかまりは消える。
同じ敵と戦う仲間同士なのだからわだかまりはない方がいい。
* * *
ヴァッシュとネイを除いた新コエグジ村の住人は海沿いの崖に来ていた。
崖なんて危ない場所に呼び出したのはアリエッタだ。彼女を帝国の皇女だと知る者はあっさりと従い、知らない者には知る者が従わせる。皇族の言葉を無視すれば争いの種になると思ったからである。
総勢四十五名の村人は不安を抱えながら崖の上で彼女を待つ。
「――あなた達の状況がそれです」
背中まで黒髪を伸ばした少女、アリエッタがようやく来た。
約束の場所へ来て早々放たれた言葉に村人達は困惑する。意味が分からない。
「あなた達は今立つ崖のような、もう遠くへは逃げられない状況下にあります」
「あの、どういう意味でしょうかアリエッタ様」
「お願いします。私や私の仲間と共に戦ってくれませんか」
ああ、やはりか。そう村人達は思う。
今回の戦いが重要なのは分かっている。戦力差が酷く、アリエッタ側の戦力が足りないのも分かっている。怪我をしたアリエッタ達が村に運び込まれた日、ヴァッシュから彼女達が戦う敵と目的を聞かされた。コエグジ事件の真相も知って怒りを覚えたものの、戦いに参加するかと訊かれれば答えはノー。全員が現状維持を選んでいる。
「申し訳ありませんが、アリエッタ様の願いとはいえ拒否させてもらいます」
「俺もだ。みんな同じ意見だろ?」
「だよな。戦ったって失うだけだ。もう嫌だよ」
「死ぬかもしれませんし」
半数以上が戦いとは無縁の魔人と人間。自分達は戦力にならないし、戦っても死ぬだけ。今の平和が仮初めだと分かっていても現状維持が一番という結論に至っている。期待されても一般人は困るのだ。
「争いから逃げれば何も失わない。自分、友人、家族、全て守れるのかもしれません。ですが一つ、逃げたら失うものがあると思います。それは正しい未来です。あなた達のように他種族への偏見無く生きる人々が堂々と交流出来る未来」
俯いていた村人達はアリエッタの言葉を聞いて顔を上げる。
「今逃げたら、何も変わりません。戦えば今よりも良い世界になるかもしれません。村一つという小さな世界を広げてみませんか? もう一度お願いします。どうか、私と共に戦ってください」
アリエッタが深く頭を下げる。
皇族である彼女が民衆に頭を下げることなど滅多にない。威厳を捨ててまで頼み込む姿勢に村人達は心が揺らぐ。村人達だって彼女の言葉が正しいと心の底で理解しているのだ。
現状維持を望んだって叶わない。コエグジ村が滅ぼされたように、移住先でも襲われたように、いずれまた敵が来る。何も行動を起こさなければ滅びの運命を辿るだろう。
村人達に必要なのは勇気だった。
何の犠牲もなく平和は訪れない。敵が行動し続けるならその敵を討たなければならない。しかし戦いに参加すれば今の生活を捨てることになる。何度も辛い思いをすることになる。村人達に必要なのは平和を掴み取るために、苦難に立ち向かう勇気。
「――俺、戦います!」
全員の視線が一人の魔人に集まる。
人型の蜥蜴のような彼は手を挙げて戦うと宣言した。
「もうすぐ、子供が産まれるんです。今の王国だと魔人はこの村から出るのが危険だ。俺は自分の子供に自由に生きてほしい。ずっと人間と魔人が交流出来ない世界なんて嫌です。今のままじゃ子供が辛い思いをするかもしれない。子供が安心して暮らせる世界を、未来を掴むために戦います!」
「……あなた」
勇敢に宣言した彼を、彼の隣に居る人間の女性が心配そうに見つめる。
彼の言葉を聞いたからか周囲の者達も勇気が湧き、覚悟ある目付きに変わっていく。
「お、俺も戦うぞ。隠れ住む日常から脱出するんだ」
「僕も戦います! 何が出来るか分からないけど」
「私だって! 魔法は使えるから勇気を出せば戦えるもの!」
説得に成功したアリエッタは微かに笑みを浮かべて頭を上げる。
「……皆さん、ありがとう。ありがとうございます」
「ほっほっほ、立派になられましたなあアリエッタ様」
赤い毛の獣のような老人がアリエッタに近付く。
「村長さん」
「わっしも戦いますぞ。げほっ、ごほっ」
「お年寄りの方や子供は村で待機してください。妊娠している女性も」
自分達の居場所は自分達で守らなければならない。
いつか誰かが何とかしてくれると、存在するかも分からないヒーローを待つだけではダメだ。重要なのは勇気を持ち、自分で考えて行動すること。今よりも良い未来を自分で掴もうと努力することである。




