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68 合流


 新たなコエグジ村にアリーダ達が滞在してから今日で二十日目。

 フェルデスに勝利する為の策を考えるアリーダだが、何日経とうと言い考えは浮かばない。しかし唐突に策を閃くことだってあるので諦めない。最悪攻めて来る前日までに策を決めればいいのだ。


 現時点でアリーダの手札は全属性の下級魔法。クビキリ戦で使用したヨーヨーの武器、ダブルボーラー。一般人程度にしか扱えない短剣。これらを使い戦ったシミュレーションを脳内でしても勝つイメージが出来ない。今までの手札に加えてもう一つ、フェルデスに通用する何かを用意する必要がある。


「……そういや、クビキリが妙な技を使っていたっけ」


 クビキリは目に入った砂を魔法も使わず洗い流していた。

 あの時、精霊に念を飛ばして語りかけたと彼は言っていた。

 それが事実ならアリーダの常識が一変する。


 魔法は精霊の力を借りて初めて使える。下級魔法なら微精霊、中級以上の魔法なら専属契約した精霊に対して特定の言葉を喋り、人間の魔力を対価に予め決まった技を精霊が繰り出す。魔法の強弱については人間が放出する魔力量に応じて決まる。精霊に直接語りかけて協力を得られるとすれば、詠唱も魔力も必要なく魔法が使えるも同然。


 魔法の欠点は詠唱のせいでどんな攻撃が来るか分かってしまうこと。魔力を使いすぎれば倒れてしまうこと。適性ある属性魔法しか使えないこと。クビキリが使って見せた技術はそれらの欠点を完全に無くしていた。もしアリーダが同じ技術を使えるようになれば戦術の幅が広がる。


「勝つ為だ。クビキリに教えてもらうか」


 やっとフェルデス戦に向けての策が練れるかもしれないとアリーダは笑う。

 墓場の前にクビキリは居た。彼は民家造りを手伝う時以外墓場に居る。


「おーい、ちょっと聞きたいことあんだけどよ」


「何だ」


「お前が使っていた技。えっと、精霊に語りかけて魔法を使う……」


精霊談術スピリット・オブ・クンベルサか」


「そうそれ! それ教えてくれ」


「俺は妹がやっていたのを見て覚えただけだ。上手くは教えられんぞ」


 見て覚えたということは、それだけ簡単だということ。

 習得が早く済みそうだとアリーダは余裕の笑みを浮かべる。


「まず微精霊の声を聞け。耳ではなく魂で感じ取れ」

「おう」


 アリーダは目を閉じて一分程度集中する。

 どれだけ待っても何も聞こえないし感じ取れない。そもそも微精霊が喋るなんて想像出来ないし、魂で感じろと言われてもどうすればいいのか分からない。アリーダがやっているのはただの瞑想だ。このままでは無理と悟って目を開けた。


「いや、魂で感じろって何? どうすりゃいいの俺」


「……魂で感じるのは魂で感じるってことだが?」


「俺がおかしいみたいな顔してんじゃねえよ。もっと具体的な説明をしてくれ。原理とかコツとかあるだろ? 俺器用だからコツさえ分かればすぐ出来るはずなんだよ」


「頑張って感じ取れ」


「今分かった。お前、人に教えるの超下手だな」


 クビキリの説明はヒントにすらなっていない。たとえ彼に十年教わっても使える気がしない。しかし現状知り合いで使えるのが彼のみであり、彼に教わるしかないのだ。未知の技術を独学で習得するのは器用なアリーダでも厳しい。


「――クビキリさん! アリーダさん!」


 どうしたものかと悩んでいると赤い長髪の少女が駆けて来た。


「ジャスミンの妹じゃねーか」

「ルピア、何かあったのか」


 慌てた様子で駆けて来た彼女は二人の前で止まる。


「今すぐ入口に来てください! ミルセーヌ様が居ます!」

「何いい!?」

「王女が……?」


 二人は自分の耳を疑って戸惑う。

 アリーダもクビキリもミルセーヌにこの場所を教えていない。クビキリが存在を教えはしたが、方角すら知らないのに辿り着けるだろうか。そもそもなぜこの場所に来たのか。様々な疑問が脳内に浮かぶ。まずは本人かどうかを確かめなければならない。


 アリーダ達が村の入口に向かうと、そこには仲間が既に集まっていた。

 アリエッタ、イーリス、ジャスミン、ヴァッシュ、ネイが女性二人と話している。その内の一人はウェーブのかかった黄緑髪の女性、アリーダ達がよく知る王女ミルセーヌ。外見だけで判断するなら間違いなく本人だ。


「誰だ貴様は。魔人だな?」


 問題なのはミルセーヌの隣に立つ白いローブ姿の女性。

 彼女が何者なのかによっては即戦闘に入らなければならない。ミルセーヌが本人でも彼女に脅されて同行している可能性がある。まずは彼女が味方か敵かをはっきりさせる必要がある。


 クビキリが刀を抜き、正体不明な彼女の首に向けた。

 左目に眼帯を付けている彼女の顔に怯えは一切ない。


「ま、待ってくださいクビキリ! 彼女は味方です!」


「どうも。私の名はセイリット。デモニア帝国の大臣に仕える精霊研究家です」


「帝国大臣、ムーランか。つまり敵だな」


「彼女とは取引をして味方になってもらったのです! あなたと同じように!」


「……同じ、か。そうだったな」


「取引ねえ……」


 取引で味方化した者なら少しは信頼出来る。互いの目的の為に手を組んだ方がいいと判断したから組むのだ。目的を達成するまでだが友情を育んだ相手よりも信頼していい。当然取引相手の性格や思惑を考慮しての話だ。


「何を取引したのですか?」


 全員が疑問に思っていることをイーリスが質問する。


「私があなた達に協力する代わりに求めたことは二つ」


 質問されたミルセーヌの代わりにセイリットが答える。


「現在この大陸に居るムーラン直属暗殺部隊の殲滅。もう一つは、フェルデス率いる魔人殲滅部隊が装着している腕輪、精隷輪具(せいれいリング)の譲渡。この二つの条件をミルセーヌ様は呑んでくださいました。今回の戦いに私も協力しますよ」


「貴様、暗殺部隊の一員だったのではないか?」


 クビキリの問いにセイリットは頷く。


「ええ、ですが私は裏切り者ですよ。ムーラン様には恩があるのですが、あの人の命令に従っていたらそのうち戦いで死んでしまいます。命を落とす前に逃げようと思いましてね」


 暗殺部隊の仲間だったと聞いて全員が複雑な顔になる。

 ミルセーヌとアリエッタの命を狙って来た相手なので歓迎は出来ない。


「精隷輪具ってのはもしかして虹色の腕輪のことか?」


 魔人殲滅部隊が装着しているといえばあの腕輪しかない。リングと付く名前からもそう考えられる。アリーダはクビキリから聞くまで知らなかったが、精隷輪具は魔法の威力を高めてくれる。中級魔法が上級魔法並の威力を発揮するのだ。さらに適性属性ではない魔法も扱えるようになる。


「ええ、そうですよ」


「なんであれを欲しがる?」


「調べて仕組みを知りたいんです。精霊を捕らえて強引に力を引き出す仕組み。嫌いですが研究家として興味はあります。精霊を苦しめないよう改良出来れば安全に使用出来ますよ。量産出来たら魔法が誰でも扱える時代になるでしょうね」


 悪用目的ではなさそうなのでアリーダ達はまあいいかと納得する。


「精霊研究家つってたな。戦えんのか?」


「彼女は凄いですよ。微精霊と会話して情報収集したり、微精霊の力を借りて全属性の魔法を使えるのです。この場所に無事辿り着けたのも彼女が居たからです。彼女の力は役立つと思います」


「まさか、精霊談術スピリット・オブ・クンベルサか!?」


「え、ええ」


 セイリットの力にアリーダは食いつく。

 習得したい精霊談術の使い手がもう一人現れたのだ。クビキリが講師に向かなくて悩んでいたが、研究家で頭が良さそうなセイリットなら講師に向いているはず。興奮したアリーダは彼女に近付いて肩を掴む。


「えっ、ちょっ」

「頼む! 付き合ってくれ!」

「えええ!? え、ええ!?」


 決定的に言葉を間違えていた。

 セイリットは頬を赤く染めて目を丸くする。

 他の者も驚きを隠せず、ミルセーヌは険しい目を向ける。


「い、いや、急すぎないですかね。私達初対面ですし」


「それでも頼む! お前が精霊談術を教えてくれなきゃ困るんだ!」


「……は? ああ、そういうことでしたか」


 全員アリーダの考えに気付き、ある者は呆れ、ある者は笑う。


「いいですよ。私が教えましょう」


「本当か! じゃあすぐ頼むぜ!」


 アリーダはセイリットの手首を掴み、少し強引に遠くへ連れて行く。

 時は有限。フェルデスとの戦いまでに新技術を習得しなければ勝ち目はない。


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