66 味方
アリーダとヴァッシュが互いの持つ情報を全て語り、整理していく。
フェルデス率いる魔人殲滅部隊がコエグジ村を焼き払ったこと。彼等が騎士団や王国に魔人からの憎しみが向かうようにして、争わせようとしたこと。フェルデスを部下として動かしているのが王国大臣サーランであること。そして、サーランが帝国大臣ムーランと共謀して戦争を起こそうとしていること。今までに得た情報が繋がり、アリーダと彼のパーティーメンバーは驚きを隠せない。
「……王国の偉い奴が帝国大臣の協力者だとは思っちゃいたが、まさか大臣だとはな。オッサンはミルセーヌを守るために攫ったわけだ。……で、ミルセーヌもサーランって奴を止めるために動いているんだよな。クビキリとルピアはミルセーヌの協力者だと」
「マダルカルスという男と戦うまでは共に居た。敵に追われたながら合流するのは危険と判断し、俺は貴様等と逃走した。敵を撒いてから王女と合流するつもりだったのだが……敵は、想像以上に強大だった」
フェルデスはアリーダ達が出会ったどんな敵よりも強い。正に最強。
全員で襲っても彼の放つ魔法一発で戦況が不利になる。運が悪ければ全滅する。
「信じられん」
「イーリス?」
「アリーダ、アリエッタ、君達はクビキリを信用するのか? ミルセーヌ様もなぜこんな罪人を協力者に選んだのだ。クビキリは裏で何か企んでいるに違いない。信用出来ない」
酷いように聞こえても正当な評価だ。クビキリは黙って受け入れている。
恨みあるイーリスからすれば、味方と言われても否定的な気持ちにしかならない。しかしアリーダはすんなり味方として受け入れられる。元はコエグジ村の住人で、フェルデスを憎んでいるのは分かっている。敵は同じだ。ミルセーヌが協力者として選んだのも納得出来る。
「いや、俺は信じる。俺達全員は同じ敵を見ている。裏切る心配はないぜ。それによ、協力者なんて聞こえは良いが互いに利用し合う関係だろ。戦いが終わればもう味方じゃない。とっ捕まえてやりゃいいさ」
「敵は私達を襲った魔人殲滅部隊だけではありません。サーランとムーランは国の大臣ですから、ギルドや騎士団も彼等に協力するでしょう。対して私達の味方は非常に少ない。クビキリは戦力として役立ちます」
「……私は、簡単に割り切れない」
イーリスはアリーダ達に背を向けて村の隅へと歩いて行く。
父親を殺された彼女がクビキリを味方として受け入れるのは難しい。出来たとしても時間が掛かる。今の話し合いで彼女は不協和音となるので誰も追わず、何も言わなかった。
「きっと、イーリスさんも納得してくれますよ」
「戦う時に戦ってくれれば納得なんざする必要ねえさ。あいつのことは放っておくとして、ヴァッシュ、お前に訊きたい。サーランやムーランとの戦い、この村の住人も参加するつもりはねえか? 今は少しでも戦力が欲しい。強制するつもりはねえが戦力になってくれたらありがてえ」
現状の戦力は『アリーダスペシャル(仮)』、ミルセーヌ、クビキリ、ルピアと少ない。個人個人の質は良いが戦いでは数も重要だ。最悪の場合は国全体が敵になる以上、少しでも戦力を補強する必要がある。本当ならアンドリューズも戦力として数えたいが生死不明であてに出来ない。
「我個人なら力を貸そう。だが村の住人は争いを嫌っているし、協力は期待しないでくれ。住人全員に君達のことも事情も話してある。皆、滞在は許可してくれたが、争いの種である君達を歓迎していない」
「仕方ねえか。滞在を許してくれただけでも感謝しねえとな」
滞在許可には当然、ヴァッシュの協力にも感謝しなければならない。
アリーダは礼を言った後でクビキリの前へと歩いて向かい合う。
「クビキリ、お前とは二度も戦ったが今の敵は同じ。同盟を組もうぜ」
「敵が同じなのは事実。最低限の協力は約束しよう」
アリーダが手を差し出し、クビキリがその手を掴む。
協力に不満を持つ者が一名居るなか、二人は味方同士になった。
* * *
アリーダ達は新コエグジ村の復興を手伝いながら過ごしていた。
一度は無に帰された村だが、アリーダ達が復興し始めてから三日で簡易的な民家を十五軒程も建てられた。木材を組み立てただけなので嵐が来れば一発アウトで崩壊。……とはいえ、通常の雨風を凌げる場所があるのは素晴らしい。十五軒の内二軒はアリーダ達で使用していいことに決まり、男女別になってありがたく使わせてもらっている。
「アリーダ、私を呼び出した理由はなんだ」
「安心しろよ。クビキリと仲良くなれなんて言わねえからさ」
まだ明るい時間、アリーダはイーリスを男性用民家に呼び出した。
「奴は?」
「さあな。あの野郎ならずっと外で過ごしてるよ」
クビキリは復興の手伝いをすることが多く、夜になっても民家には帰って来ない。さすがにずっと復興作業をしているわけではないだろうが、何をしているのかは分からない。確かめる気もない。……というわけでアリーダとイーリスは二人きり。何をしようと誰にも邪魔されない。
「頼みがある。俺の『指切り』を手伝ってほしいんだ」
「何? 指切りとは、あの指切りか? 本気なのか?」
「冗談でこんなこと言うかよ」
指切りとは魔人か人間かを簡単に見極める方法。
魔人の骨は黒いため、体の一部を切断して断面を見れば分かるのだ。切断部位はどこでもいいのだが、最も切断しやすいからという理由で指を切る。生命属性の魔法で止血も接合も出来る前提の方法である。
「魔人だと言われたことを気にしているのか?」
「……ああ。自分の正体を自分の目で確かめたい」
魔人殲滅部隊の一員に指切りをされて、魔人だと言われたことが頭から離れない。フェルデスに勝つための策を練ろうにも、そのことがノイズとなり考えが纏まらない。結局、いつかは自分が魔人かを確かめなければならないと思っていた。それが今だ。今を逃せば永遠に引き延ばしてしまう。
「分かった。君が本気なら私も協力しよう。で、私は何をすればいい」
「俺の小指を斬り落とし、回復の魔法で止血し、骨の色を確認後に指をくっつけてほしいんだ」
「つまり全部やれと。切断と止血は自分で出来るだろうに」
「怖いんだよ! 冷静に考えて自分の指斬るとか怖いだろ!」
九百年前の第二次人魔戦争では全員で行ったとされているが、アリーダのような現代人からすれば信じられない事実。まさか自分が行うことになるなど想像もしなかった。
「君の短剣を借りるぞ」
「ああ。痛みを感じないよう頼むぞ」
「それは無理だ」
話しながらイーリスはアリーダの小指を切り落とす。
「いっでえ! 心の準備が出来てないででで!」
「〈治癒〉」
「いだだだあああ……痛みが消えていく」
イーリスは小指を拾い、それも〈治癒〉で止血する。
彼女は小指をじっくり観察して「やはり」と呟く。
一呼吸置いてからアリーダも小指の断面を眺め、顔を顰めた。
「……まあ、分かってはいたんだ。嘘や演技の雰囲気はなかったしな。だから確かめるのが怖かった。指を切ること以上に、自分が魔人だって分かっちまうことが怖かったんだ」
「意外だな。君は種族なんて気にしないと思っていたよ」
かつてアリエッタが魔人だと分かりながらも命を助けようとした。その後もアリエッタの扱いは人間と変えず、気にした素振りは見せたことがない。イーリスはアリーダを差別と無縁な男だと思っていた。
「魔人が嫌いなわけじゃねえ。ただ、自分が信じられなくなる」
「どういう意味だ?」
自分の不安をアリーダは隠さずに語る。
アリエッタを助けたいと思ったのは、魔人としての本能だったかもしれない。クビキリを自分で殺さなかったのは、無意識に同族殺しを嫌ったからかもしれない。今まで自分で考えて出した結論が、実は全て本能に導かれたものかもしれない。ほんの僅かにでも自分を疑えば全て悪い方へと考えてしまう。
「安心しろ。君が優しい奴だと私は知っている。魔人だからアリエッタを助けたとしても、その前に私を助けてくれただろう。私が人間だから助けたわけじゃない。困っていたから助けたんだ。君の種族がなんであれ、君という個の思考には影響しないさ。安心してくれ。私も、アリエッタも、エルさんも、孤児院の子供達も何があろうと君の味方でいてくれる」
「何があろうと……?」
「ああ」
「実は俺、童貞なんだ」
「は?」
「お前で――」
イーリスは思いっきりアリーダの顔面をぶん殴った。
縦に回転したアリーダはそのまま壁に叩きつけられる。
「殴るの、早すぎねえか……?」
「時と場所を考えろ。今は冗談を言っている場合じゃないぞ」




