65 敗北の後
アリーダ・ヴェルトは悪夢を見ていた。
大切な仲間も、恩人も、育った場所も、全てが破壊される悪夢。
フェルデスに圧倒的な差を見せつけられての敗北が心に刻まれたせいだ。
孤児院が爆破されたところでアリーダは目が覚める。先程のは夢だと分かっていたため起きても驚きはない。ただ胸糞悪い気分なので頭をガリガリと強く掻く。
「起きたんですねアリーダさん」
よく知る少女の声が後ろから聞こえたので振り向く。
矢印のような尻尾をスカートから垂らす黒髪の少女はアリエッタ。
「アリエッタか。……アリエッタだと? なぜここにってかここどこ?」
「何も覚えていないんですか?」
アリーダは仲間を逃がすために戦い、敗れた。しかも追っ手を大勢素通りさせてしまう失態付き。フェルデスに見逃されたからアリーダが生きているのは分かるが、逃がしたはずの仲間がなぜか目の前に居る。今まで寝ていた場所も村の跡地のように見える。いったい誰がどうやってアリーダをここに運んだというのか。
「お前、追っ手はどうしたんだ。騎士擬きがお前等を追ったはずだぜ。ジャスミンとイーリスは無事なのか? あと、クビキリの仲間も一緒だっただろ? この場所に居るのか?」
「待ってください。一つずつ答えます。まず、驚かないで聞いてくださいね。この場所には私達来たことがあるんです。荒れていますが、魔人と人間が共存する村ですよ」
「何!? お前これ、荒れたってレベルじゃねえだろ!」
以前来た時はテントがいくつもあり、果物の木も生えているのどかな場所だった。一度村を滅ぼされた過去を感じさせない平和な場所だった。それが今はテントどころか草木すらない。大きなクレーターが数多くあり地面は黒焦げ。魔人と人間は確かに居るが地面に布を敷いて寝る野宿状態である。
「襲撃されたってクビキリから聞いちゃあいたが……こりゃひでえ」
「騎士に追われていた私達はヴァッシュさんに助けられたんです。影を操る能力で、私達を影に入れて匿ってくれたんですよ。アリーダさんとクビキリも同様に助けられて、この場所まで運ばれました。全員の怪我はルピアさんとイーリスさんが治したので無事です」
「影……影……そうだ思い出したぜ! 急に体が地面に沈んだやつか!」
フェルデスに見逃された後、急に体が地面に沈んで困惑したのを思い出す。
ヴァッシュとは面識があり影に潜る能力も知っている。だが関わりは少なく、能力の詳細までは知らない。まさか他人も影に潜らせることが出来るとは思わなかった。かなり便利な能力だ。
ふと、アリーダは不安気な顔で左手の小指に視線を送る。
全員の怪我は治っているという言葉の通り、アリーダの小指も生えていた。それは良いことのはずなのに心は落ち着かない。敵に小指を斬られ、さらには魔人だと言われたことが頭から離れない。戦いの最中は余裕がなかったし、信じたくもなかったので小指の断面は見なかった。もし骨の色が黒かったらと思うと、今までの自分が嘘になるのではと恐怖を感じる。
疑惑が出たなら確認はするべきなのだろう。物事をはっきりさせた方がいいのはアリーダも分かっている。しかし、確認の時は今じゃないと自分に言い聞かせる。今は仲間との再会や情報共有が先だ。
「ヴァッシュには礼を言わねえとな。イーリスとジャスミンの顔も見てえ。どこに居る? みんなに教えなきゃなんねえことがあるんだよ。まあ更地だし見渡せばすぐ発見出来るか」
「それは、その、今は取り込み中でして……あ」
「あ?」
アリエッタが遠くを見て困った表情になったのでアリーダは振り返る。
金髪の女剣士イーリスが、格闘家のジャスミンに蹴り飛ばされていた。
イーリスは軽めの鎧を身につけているのに二十メートルは飛ぶ。頭を地面に打つところだったが左手で頭を庇い、自ら転がって衝撃を逃がす。敵意満々な彼女は再び立ち上がってジャスミンを見据える。模擬戦なんて雰囲気じゃない。
起きて早々仲間同士が争う場面を見たアリーダは慌てて駆け寄る。
「おおおいおいおいおい! 何やってんだお前等仲間同士で!」
「よおアリーダ起きたのか。心配したよ」
「邪魔をするな、下がれアリーダ」
「いや邪魔するだろ。この非常事態になんで喧嘩してんだお前等は」
二人は睨み合ったまま動かない。
「アリーダさん、理由は彼です」
「彼?」
アリエッタが手で示した方向に立っていたのは二人の男女。
側頭部から螺旋状の角が生え、顔には大きな火傷痕を持つ三ツ目の男。クビキリ。
育ちの良さが雰囲気から滲み出ている赤い長髪の少女、ルピア。
「え、まさか、彼は私のものよ泥棒女ってやつ?」
イーリスとジャスミンから無言で睨まれる。
「いや、ジョークだよジョーク。理由は想像付いてるって」
争いの原因はクビキリの生死やら捕縛やら償いやらの問題だろう。
父親を殺されて復讐したいイーリス。一度は死を受け入れたクビキリ。それだけなら復讐が果たされて終わりなのに、生かすべきと告げるルピアと彼女に味方するジャスミンのせいで拗れている。
アリーダは当初殺すことに賛成していたが、今では生かしておいた方が良いと思っている。理由はフェルデス達という共通の敵の存在だ。敵の敵は味方という言葉もある。同じ敵と戦うなら、大きな戦力となるクビキリと共闘するのが賢い選択と言える。
「意外だな。ジャスミンお前、クビキリと戦いたいとか言っていたじゃねえか。しかもイーリスの復讐には否定的じゃなかったよな。今の行動は以前の言動と矛盾してねえか?」
「妹が生かしたいって言うんだ。妹の願いなら叶えてやりたい」
「妹? お前に妹なんて居たのか」
「居るだろ、すぐそこに」
ジャスミンが指す方向に居る女性はルピア一人。
「うーん?」
アリーダはジャスミンとルピアの顔を交互に見て比べてみた。
よく見てみれば二人の顔は似た部分がある。目の形は特に酷似している。姉妹と言われれば納得出来るレベルだ。……雰囲気は格闘家と貴族令嬢のように真逆だが。
「あの時は挨拶出来ませんでしたね。姉がお世話になっています。ジャスミンの妹のルピア・ミントです。訳あって指名手配されていまして、姉を捜しながらクビキリさんと共に行動していました」
「ご丁寧にどうも。俺の名はアリーダ・ヴェルト。ギルドのパーティー『アリーダスペシャル(仮)』のリーダーをやっている。よろしくな。姉を捜していた理由は、指名手配の件と関係あるのか?」
「鋭いですね。はい、実は家が――」
「殺人鬼を庇う犯罪者の妹か」
冷たい言葉を吐いたのは剣を構えるイーリスだ。
アリエッタが叱るように彼女の名前を呼ぶが反応しない。
「ジャスミン。悪を滅そうとする私ではなく、犯罪者である妹の味方をするのか? 誰が正義で誰が悪か君にだって分かるだろう。私の邪魔は止めろ。国の法律に則るならクビキリは死刑になって当たり前の奴なんだぞ」
「アタシの妹は罪を犯せる人間じゃないさ。世界で一番優しい子だからね」
「話にならない。頭が筋肉の女とは会話など成立しないな」
「イーリスさん!」
大きな声を出して見つめてくるアリエッタからイーリスは顔を逸らし、何も言えずに背く。そんな彼女に掛ける言葉は誰も思い付かなかった。誰も何も言わず、行動も起こさない。
「――やれやれ、騒がしいと思っていたら急に静かだな」
「お前は」
灰色の長髪を尖った耳からどけつつ歩いて来た一人の女性。
口から僅かに出た鋭い牙。背中から垂れる蝙蝠のような羽。赤い瞳でアリーダ達に視線を送る彼女の名はヴァッシュ。かつてアリーダを村へ招待してくれた、元コエグジ村出身の魔人だ。アリエッタの話によれば全員を助けた救世主でもある。
「ヴァッシュ、捜していたんだ。礼を言わせてくれ。俺達を助けてくれてありがとう。でも助けてくれたってことは近くに居たってことだよな。この場所からはかなり離れているぜ。どうして遠出していたんだ?」
「我はクビキリの影に入り込み、ずっと観察していた。これ以上無意味に人間を殺すようなら止めたくてな。……だから、詳しい話は全て聞いている。真の敵、コエグジ事件の真相、全てな」
「丁度良い、全員で情報の整理と共有といこうぜ」
アリーダとヴァッシュが互いの持つ情報を全て語り、整理していく。




