63 最強の魔法使い②
アリーダが指先から細い電気を放出するが、フェルデスは手から極太の電気を放出。人間をも呑み込むような太さの〈大電撃〉に〈電撃〉は呆気なく掻き消され、アリーダは電気に呑まれて「ぐあああ!」と絶叫した。
全身が痺れたアリーダは地面に仰向けで倒れた。
「何のつもりだアリーダ・ヴェルト」
「……ぐ、ぐぅ、な、何の話だよ」
「惚けるな。なぜ下級魔法しか使わない。上級、せめて中級魔法を使え。まともな勝負にならないだろう。このまま弱者として僕に嬲り殺されるつもりか? 使え、上級魔法を使え!」
「そりゃ、出来ねえな」
「なぜ!」
「だってよお、俺、下級魔法しか使えないからさあ」
「……な……なん……だって」
さすがのフェルデスも驚きで声が上手く出せていない。
彼にとって才能ある分野は極めるのが当然なのだろう。アリーダはその真逆、才能があるからこそ真剣に努力せず楽をする。どんなことでも楽な道を選び続けた男だから今、惨めにも倒れている。しかしアリーダはまだ諦めていない。圧倒的な実力差を見せつけられても勝機を掴もうとしている。
「〈体調整備〉」
生命属性の下級魔法〈体調整備〉でアリーダは体の痺れを回復させる。
「下級魔法はゴミじゃねえよ。今も、俺の体から痺れを消してくれたぜ」
「……僕はな、自分と同じ全属性の上級魔法を扱える魔法使いと戦うのを、楽しみにしていたんだ。君の噂を耳にしてから君との戦いを待ち焦がれていた。その結果がこれだ! 体の痺れが消えたからと何が出来る! 君の火力不足な魔法じゃ敵を倒せない!」
「ならお前の知らねえ可能性を見せてやるぜ! 〈氷結〉からの〈炎熱〉!」
アリーダは左手から氷の塊、右手からは炎の塊を出し、殆どの魔力を練って作り出したそれらを素早く打ちつけた。氷は一瞬で蒸発して水蒸気に変化。白い蒸気が周辺に広がってアリーダとフェルデスの視界を奪う。
「煙幕だと!?」
この水蒸気による煙幕は数秒経てば消えてしまう。しかし戦闘において、数秒相手を見失うのは致命的な隙を生む。死に繋がることもある。
アリーダは煙幕が晴れた頃、既にフェルデスの背後へと移動していた。
(〈電撃〉、いやダメだ。全力で放っても気絶するか賭けになる。この男は、ここで確実に殺しておかなきゃならない! チャンスは今しかない! 脳天にナイフを突き刺す!)
短剣を持ったアリーダがフェルデスの頭へと短剣を振り下ろす。
フェルデスは攻撃に気付いたがもう遅い。躱す暇がない。……普通なら。
「〈加速運動〉!」
生命属性上級魔法〈加速運動〉によりフェルデスのスピードが急上昇。
頭に刺さるはずだった短剣は、避けようとした彼の肩を浅く斬るだけに終わる。
「〈大電撃〉!」
フェルデスから極太の電撃が放たれた。
横に跳んで躱そうとしたアリーダだが間に合わず、両脚が呑み込まれて全身に痺れが回る。先程のように直撃ではないのでダメージは半分程度だが、自力で立てない程の痺れだ。砂の上を転がるアリーダは仰向けになり空を見る。
「期待外れ。死んでよし」
「……勿体ねえなあ。俺をここで、殺すのは」
「命乞いか? 止めろ、みっともない」
「お前、言ってたよな。自分と同じ、全属性魔法を扱える魔法使いと戦うのを、楽しみにしていたとか。才能があるよな俺には。俺なら、お前を楽しませる戦いが、出来るんだろ」
「出来なかったから君は死ぬのさ」
「いいや、出来る。俺が上級魔法さえ習得すればいいんだろ。もし俺を生かしてくれるってんなら、次に会う時までに上級魔法を習得して、お前を楽しませるよう戦ってやるぜ。約束してやる」
「死にたくないからと出任せ言っているんじゃないだろうな」
「酷いなあ。俺、いつも真剣だぜ。この顔が嘘吐きの顔に見えるのか?」
アリーダの真剣な瞳を見てフェルデスは一歩下がる。
「……いいだろう。君にはまだ僅かに期待しておいてあげよう」
フェルデスの性格、自分に向けていた期待を利用してアリーダは生き延びた。
今が弱くても今後も弱いままとは限らない。全属性の魔法適性を持つ魔法使いは貴重なのだ。殺してしまうのは惜しいと思わせれば逃げ切ったも同然。フェルデスはクビキリが強くなるのを待っていたようなので、アリーダのことも必ず待ってくれる。
「ただし条件がある。二ヶ月。二ヶ月で全属性の上級魔法を習得してもらおう。もし下級魔法なんてゴミを使ったり、戦いから逃げるようなら罰を与える。そうだな、君を育ててくれた大事な孤児院を破壊しよう。孤児は皆殺しだ。やる気が出るだろう」
本当なら戦わずに逃げたかったが逃げ道は塞がれてしまった。
孤児院は見捨てられない。アリーダにとって孤児院は命よりも大事だ。
「……待ってくれ。せめて、半年は欲しい」
「期間は変えない。二ヶ月は十分な時間だろう? 僕は全属性の上級魔法を一ヶ月で習得出来た。君には二倍の時間を与えているんだぞ。泣きながら感謝してほしいね」
説得不可能だとアリーダは悟る。
二ヶ月後までに上級魔法を習得していなければ、本当に孤児院が襲撃されるだろう。フェルデスなら魔法一発で孤児院を崩壊させられる。大切なものを守るため、アリーダは二ヶ月以内にフェルデスと戦わなければならない。
「二ヶ月経ったら会いに行く。必死に努力して強い魔法使いになってくれ」
言いたいことだけ言ってフェルデスはどこかへ去って行く。
空を見ながらアリーダは歯を食いしばり、草原には似合わない砂地を拳で叩く。
「……クソッ……クソッ、クソッ、クソクソクソ!」
戦闘で勝つためなら汚い手段を使うのも躊躇わない。出来るだけ楽に勝とうと努力した。今までピンチになっても最終的にはピンチを切り抜けてきた。
そんなアリーダにとってフェルデスへの敗北は挫折と言える。
「二ヶ月後にまたあんな奴と戦えって……冗談じゃねえぞ。勝つビジョンが見えねえ。俺が今使える手札じゃあの野郎に勝てねえ。どうすりゃいいんだよ。……上級魔法を習得するしか道はねえのか? 仮に習得出来たとして、あの野郎に勝てるのか?」
何をしてもフェルデスに勝つ自分が想像出来ない。
自分では敵わないと思わされたのは初めてのことだ。
気持ちが沈んでいるせいか肉体すら地面に沈んでいるように感じた。
「……ん?」
気のせいではない。アリーダの肉体は徐々に沈んでいる。
砂にではなく影にだ。自分の影に体が呑まれていっている。
「は? ちょっ、何だこれ! ぬおおおおおおお!?」
手足を動かしても影からは抜け出せない。
アリーダは為す術なく漆黒に呑まれ、影は勝手に移動し始めた。




