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60 危機的状況


 血の滴る小指の一部をじっくり眺めた白髪の男は目を丸くする。


「驚いた。黒だ。君、魔人だね」

「……は?」


 あっさりと口に出された言葉の意味を理解するのがアリーダは遅れた。

 アリーダだけではない。イーリスも、アリエッタも、ジャスミンも、フセットも、最初は信じられずに愕然とした顔になっていた。固まっていなければ『ありえない』と叫んでいただろう。


「何、言ってるんだ? おいおい、おいおいおいおい。俺の骨が黒いって……俺が魔人だって……? ば、バカ丸出しの嘘吐いてんじゃねえよ。俺は骨はなあ、俺の心のように真っ白なはずだぜ」


「いや黒い。君は魔人だ、好都合なことに」


 フセットが白髪の男に「本当?」と訊くと小指の一部を渡される。

 血で見えにくいだろう小指の断面から骨を見たフセットは歯を食いしばる。


「……黒。魔人。そうか、そういうことか。アリーダが魔人なら今の状況も納得出来る。クビキリから離れないのは仲間だからと考えるのが自然。つまりアリーダ、アンタも敵ってことだよねえ!」


「ちょっ、待て! 俺は――」


 フセットが今にでも魔法を放とうと敵意と殺意を高めた時、更なる異常事態が起きた。

 突如、フセット達とアリーダ達の間に二人の男が落下してきたのだ。


 オールバックの茶髪で眼帯姿の男が、筋肉質な男の白い肌に剣を突き刺した状態で上空から落ちてきた意味不明な状況。困惑必至な状況を前にして、戦おうとしていたフセット達の敵意も殺意も一時的に消える。

 茶髪の眼帯男は白い肌の男から剣を引き抜き、周囲の状況を確認する。


「ふむ、どうやら危機的状況だったらしいな。アリーダ」


「……お、オッサン……オッサン! 何がどうなってる!? 俺でも状況が掴めねえよ!」


 茶髪の眼帯男は最近行方を眩ましていたアンドリューズだった。

 今、この状況で突然現れた彼にアリーダも混乱してしまっている。


「驚いた。ギルドマスター代理アンドリューズか。まさかそちらから来てくれるとはね。探す手間が省けて助かる。君達纏めてぶっ殺せば僕達の仕事は一旦終わりだな」


「貴様等はサーランの部下だな。ふぅ、連戦は老体に厳しいが仕方ない。アリーダもその仲間もよく聞け! 逃げろ! この偽りの騎士共は私が足止めをしてやる! どこにでもいいから逃げるのだ! 直に更なる敵が来るぞ!」


「……ああくそっ、分かったよ! また会ったらちゃんと説明しろよな!」


 本当なら今すぐアンドリューズには説明してほしいことがある。

 なぜ姿を消していたのかとか、ミルセーヌは一緒じゃないのかとか、一緒に落ちて来た男は何者なのかとか、本当に色々と今すぐ知りたいことがある。だがアリーダの頭脳は、それを後回しにしてでも逃走しなければいけないと結論を出した。


 フセット達はアリーダが魔人だと思い込んでいる。自分を敵視する集団の近くに長居は出来ない。襲われるのも嫌だし、アリエッタまで魔人だとバレるのは何としても避ける必要がある。


「おいお前等、ここはオッサンに任せてこの町を離れるぞ!」


「大丈夫なのでしょうか、アンドリューズさんお一人に任せて」


「大丈夫。アンドリューズさんはアタシより強い。あの人を倒せる奴なんて居やしないさ」


 アリエッタはジャスミンの言葉で不安が少し和らぐ。

 アリーダが「走れ!」と叫んでからアリエッタとジャスミンは走り出す。

 しかしイーリスだけはクビキリの方をジッと見つめたまま動こうとしない。


「何してるイーリス早くこの場を離れるんだよ!」


「……分かっている。分かっては、いるが」


「なら行くぞ! 余裕はねえんだ!」


 棒立ち状態のイーリスの腕を引っ張りながらアリーダも走り、仲間の後を追う。


「クビキリさん、私達も一旦ここを離れましょう」


 長い白髪の男を見ていたクビキリにルピアが声を掛ける。


「……あの女は?」


「町の避難所に居ますが今の状況での合流は逆に危険です」


「そうだな。……仕方ない、逃げるぞ。お前の安全を優先する」


 クビキリとルピアもアリーダ達と同じ方向へ走り出す。

 町の戦場に残されたのは白髪の男率いる集団とアンドリューズのみ。


「何してる君達、逃げた奴等を早く追って殺しなよ。ああでもアリーダ・ヴェルトだけは殺さないようにしてくれ。あの男は僕の獲物だからね、僕が殺す」


「一人で大丈夫? マスター代理はめっちゃ強いよ?」


 フセットの心配を白髪の男は鼻で笑う。


「僕の心配なんてしなくていいんだよ。するだけ無駄だ、誰相手だろうと僕が勝つ。それよりほら、君達は行った行った。フセットも、憎い魔人を逃すよ? クビキリを殺すんだろ?」


「はぁ、じゃあお言葉に甘えてあいつらを追わせてもらう」


 鎧姿の集団をフセットが率いて走り出す。

 フセット達の進行を阻止しようとアンドリューズは動くが、同時に彼の邪魔をしようと白髪の男も動く。


「行かせん」

「行かせてあげてよ。〈加速運動(アクセラレート)〉、〈大地の剣(アースブレード)〉」


 石畳と下にある大地を素材として剣が作られて、それを手に持った白髪の男がアンドリューズに斬りかかる。素早い一撃によりアンドリューズは動きを封じられたので、その隙にフセット達はアリーダ達を追うため横を通り抜ける。


「貴様は宮廷魔法使いのフェルデスだな? なぜサーランに協力する?」


「へえ、もう全部分かっているんだ。協力の理由は面白そうだからだよ。退屈しなさそうだろ。そんなことより近付いて来る奴等、君が連れて来たの? 魔人みたいだけど」


 アンドリューズの後方に二人の男女がどこかから飛び降りて来た。

 灰色肌で銀の鎧を着た黒髪の男。黒いとんがり帽子とローブを身に付けた女。

 先程までアンドリューズが戦っていた王女暗殺部隊だ。一人はここへ来ると同時に殺し、もう一人はいつの間にか居なくなっていたが戦いは終わっていない。もしアリーダ達がこの場に残っていたら今以上に面倒な状況になっただろう。


「……なるほどね。あーあ、楽しむ暇はなさそうだねアンドリューズ。僕達の戦い、すぐ終わりそうだ」


 三方向から向けられる殺意の強さにアンドリューズは額から汗を一粒流した。



 * * *



 ミルセーヌはフレザールの町の避難所近くに立っていた。

 クビキリを護衛として雇ったミルセーヌだが現在は別行動を取っている。

 フレザールの町に現れた大量殺人犯をクビキリは倒しに行き、ミルセーヌはその間避難所の傍で見張りをしている。少し前、知り合いであるイーリス達が逃げ遅れた少女を連れて来た時は驚いたが、焦った様子だったので正体を明かす暇はなかった。クビキリ以外にも事情を知る味方を増やそうと思ったので、今はイーリス達が戻るのを待っている。


「あの、ミルセーヌ王女様ですよね?」


 知り合いの無事を祈りながら待つと、白いローブを着た女性から声を掛けられる。左目に眼帯をしていることから怪我をしているのだろう。声は掛けられたものの過去に会った記憶はない。


「いえ、人違いではないでしょうか。よく似ていると言われますから」


「嘘は無駄ですよ。微精霊達は、あなたが王女だと告げています」


「……微精霊が告げている? 微精霊が話すとでも言うのですか?」


「意外とお喋りなんですよ精霊って。そんなことより自己紹介がまだでしたね。私の名はセイリット。デモニア帝国からあなたを殺しに来た暗殺部隊、キルデスの一員です」


「暗殺部隊!?」


 ミルセーヌはすぐにセイリットからの逃走を試みるが腕を掴まれる。

 手を振り払おうと腕を振るったが全く離れない。自分と同じ華奢な女性にしか見えないのに筋力は彼女の方がかなり強い。逃げられないと悟ったミルセーヌは体力温存のために無駄な抵抗を止める。


「安心してください。私は確かにキルデスの一員ですが、今はあなたの敵じゃありません。私はキルデスを裏切ろうと思っています。あなたと取引がしたいんです。条件を呑んでくれるなら役立つ情報を教えますよ」


「仲間を裏切るのですか?」


「仕事だけの浅い関係ですよ。簡単に目を抉ってくるような」


 セイリットはそう言いながら左目の眼帯に手を添えた。


「……条件は聞きましょう。信用するか協力するかは別ですが」


「ありがとうございます。条件は――」


 敵も時には条件次第で味方になり得るのはクビキリという前例がある。

 信用に値するか判断するためにミルセーヌはセイリットの話に耳を傾ける。



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