59 乱入者
敵の完全焼失を確認してからイーリスとアリエッタはアリーダのもとへ向かう。
「今ので敵は死んだぞ。これで終わりか?」
「ああ、この町の敵はもう居ない。だが、俺達の敵はまだ居るぜ」
「どういう意味――」
山のように積まれた首無し死体からようやくクビキリが出て来た。
憎き仇である相手を見たイーリスが彼の名を呟き、アリエッタとジャスミンも警戒する。
「よう、出て来るのが遅かったな。もうあの魔人は始末したぜ。どうする? 次は俺達と戦うか? タイマン勝負は前回で決着したしもうやるつもりはない。四人で一気に潰すぞ」
「今の俺は貴様等と戦う理由がない。俺は町を出る」
最初からアリーダはクビキリが撤退すると思っていたが違和感を抱く。
クビキリは戦闘の勝敗を見極め、勝てない戦いからは逃げる賢さを持っていた。しかし今、勝てないからではなく、本当に戦う意味を持っていないように感じられた。何かは分からないがクビキリの何かが変化している。
「待てよ。お前、心変わりでもしたのか?」
「復讐対象を間違えていることに気付いただけだ。もう騎士団やギルドの人間は襲わん」
復讐のために生きるのは変わっていない。あくまで対象が変わっただけ。
アリーダ達が狙われなくなったのは良しとしても別の誰かが殺される。
ただ、クビキリはコエグジ村を襲った人間を憎んでいたはずだ。騎士団やギルドの人間が対象でないのならいったい誰が対象となるのか、アリーダには想像が付かない。
「……すまなかったな。俺は間違えていた。貴様等とはもう戦わん」
予想外なことにクビキリは謝罪の言葉まで口にする。
呆気に取られるアリーダ達だが、イーリスだけは剣を強く握り小刻みに震えていた。
「すまなかっただと?」
アリーダ達の中でイーリスだけ父親を殺された恨みを持っている。
今まで散々人を殺した殺人鬼に謝られても怒りが増幅するだけだ。余程のバカかお人好しでもなければ、謝られたから許そうとはならない。イーリスは強い怒りのままに「ふざけるな!」と叫ぶ。
「謝ったところで、私の父は二度と帰って来ない! 罪は消えない! 許してほしい気持ちがあるなら今ここで黙って私に斬られろ! それが出来ないなら謝罪の言葉など口にするな!」
「そうか、貴様は。……いいだろう。貴様には俺を殺す権利がある」
「おいおい、マジで言ってんのかこいつ」
クビキリは無防備に立ったまま動かない。
イーリスは怒りで震えながら剣を構えて走り出す。
「あああああああああああああああ!」
「――待ってください!」
イーリスが剣を振りかぶった時、赤い長髪の少女が二人の間に割って入った。
憤怒状態のイーリスでもさすがに無関係な少女をぶった切ることはしない。
「退け!」
「退きません!」
「知らないのか、君が庇っているのは多くの人間を殺した魔人なんだぞ!」
「知っています。この人が死を望まれるような罪を犯したのは理解しています。ですが、殺して何か変わるんですか? この人を殺したとしても、あなたのお父様は生き返りません。この人に償う気持ちがあるのなら、誰かの助けとなるよう残りの人生を使わせる方がいいじゃないですか。私は、この人にそうやって生きてほしい」
少女の言葉は正しい。クビキリをイーリスが殺しても被害者は生き返らない。贖罪方法は死以外にもあるのだから、他者の助けとなれる方法が良いのはアリーダも理解出来る。ただ、それは理想だ。いくら正しくても理想を現実化するのは難しい。
現実は間違っているのかもしれないが殺害のメリットはある。
殺しても被害者は生き返らないが新たな被害者は生まれない。それにイーリスなどの、憎しみを抱く者達の心が僅かに晴れるだろう。復讐という自己満足を終えたなら心機一転して前に進める。
少女とイーリスの行動は加害者と被害者どちらに寄り添ったかの結果だ。
「止せルピア。これは俺の問題だぞ」
「クビキリさんって少し無責任ですよね。今死んだら、約束はどうなるんですか」
「おい、もう一度言うぞ。退け」
イーリスの言葉に殺意が乗っている。
「……嫌です」
断れば殺されるかもと怯えながらもルピアは両手を広げたまま動かない。
イーリスは殺意を込めながら睨み、ルピアは涙目になりつつも視線を逸らさない。
「もう止めときなイーリス」
声を上げたのはジャスミンだった。
「なぜ」
「アンタの気持ちは分かっているつもりだ。でも、今は殺せないだろ」
「殺せる」
「いいや殺せないね。アンタの技量ならルピアが止める間もなく後ろのクビキリを殺せるはず……なのにやらない。自分で自分を抑えちまったのさ。まだ殺したいなら機会を改めな」
きっと、誰にも止められなければイーリスは躊躇無くクビキリを殺していた。
誰もが死んでほしいと言っていたのに、今更生きてほしいと願う者が出て来たせいだろう。殺して誰も悲しまないならともかく、悲しむ者が居ると分かってしまえば殺す覚悟が今以上に必要になる。正義感の強いイーリスだからこそ、悲しむ者のために攻撃を止めてしまった。
「私は」
「――取り込み中のところ失礼」
アリーダ達の後方から軽そうな鎧姿の集団が歩いて来る。
集団中央に居る長い白髪の中性的な男を見てクビキリは「貴様は」と呟く。
集団には水色髪の女性、フセットの姿もあり元パーティーメンバーのジャスミンが彼女の名を叫ぶ。
「僕等は国王様の命により、魔人を捜して『指切り』を行っている騎士でね。治療はするから指を切って骨を見せてほしい」
「騎士だあ? おいフセット、右のお前フセットなんだろ。いつから騎士に転職した」
アリーダの指摘にフセットは「関係ないでしょ」と冷たく返す。
「ん? 知り合い?」
「ギルドで元パーティーメンバーだったのが二人。ジャスミン、ついでにアリーダ、奥の魔人から離れて。クビキリでしょそいつ。私そいつに魔法ぶっ放したいから早く離れてよ。巻き添え喰らうよ」
一先ずフセットが無事で良かったと思うアリーダとジャスミンだが、騎士に交じっていることにおかしさも感じる。規律正しい騎士団に加入する性格ではないし、加入理由も分からない。
「まあそう言うな。せっかく再会したんだ長話しようぜ。なんで騎士になんぞなった」
「は? だからアンタには関係ないでしょ。邪魔だから早くこっち来てよ」
本当に不思議に思ったのも質問理由だが一番は時間稼ぎである。
懸念だった『指切り』の時が不意打ちのように来たからだ。アリエッタが指を切られて骨を見られてしまえば魔人だとバレてしまう。魔人の骨は黒いので言い訳も出来ない。なんとかこの事態を無事乗り越えなければアリエッタの身が危険だ。
「関係ないことないだろ。俺、元パーティーメンバーよっでえええええええ!?」
指に激痛を感じたアリーダが叫ぶ。
左手の小指だ。小指の爪の生え際部分から先が切断されている。
いつの間にか傍には黒装束の女性が居り、短剣で切断した小指の一部分を持ったまま一瞬で集団のもとへ行く。あまりにも一瞬の出来事だったのでアリーダは彼女を捕まえようと動くことすら出来なかった。
「よくやったブラック」
集団のリーダーらしき白髪の男がアリーダの小指を受け取る。
「すまないねアリーダ・ヴェルト。見え透いた時間稼ぎをされたから怪しくってさ、いきなり指を切らせてもらったよ。さーて結果はどうかな。知っているとは思うけど骨の色で人間か魔人か判別出来る」
「お、俺の指を! ふ、ふざけるなああああ!」
血の滴る小指の一部をじっくり眺めた白髪の男は目を丸くする。
「驚いた。黒だ。君、魔人だね」
「……は?」




