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58 嘘吐き


「――あっれえ? なんで魔人が二人も居やがるんだあ?」


 防御の体勢のままクビキリが後方に軽く吹き飛んだ時、第三者の声が聞こえた。

 聞き覚えのある声にまさかと思い振り返ると、予想と同じ紫髪の大柄な男が歩いてきていた。その男、アリーダ・ヴェルトの登場で状況はさらにややこしくなる。クビキリは内心で『タイミングが悪い』と呟く。


「……アリーダ・ヴェルト。なぜここに」


「俺はよ、さっきガキから助けを求められて参上したわけよ。そのガキは避難所まで仲間に送ってもらうから心配は要らねえ。助けてくれたおじさんとやらの加勢をして、一気に敵を片付けようと思ったんだがおかしいなあ。俺の目には敵二人しか映らねえぞ。さてさてどっちがあのガキ助けたおじさんかな」


 つまりクビキリとアリーダは偶然同じ町に居合わせたわけだ。そしてお互いに因縁があるとは知らず、あの幼女がアリーダに救援を願い出たのだ。完全な善意で、非常にややこしい事態になるとは思わずに。


 事態が良くなるか悪くなるかはアリーダ次第。

 彼は殺人鬼であるクビキリの味方にならなくてもマダルカルスを放置しないだろう。絶対に戦う。連携は考えずに二人で戦い、マダルカルスを倒したら次はクビキリの番になるが、逆に言えばそれまでは邪魔にならない。


 話を聞いていたマダルカルスが口から出ていた骨の棘を引っ込める。


「あ、それ私です。この男、殺人鬼のクビキリから私がお嬢さんを逃がしたのです」


 クビキリは「何!?」と驚く。

 まさか本人が居るのに罪を擦り付けてくるとは思わなかった。いや、本人が居るからだろうか。実際に斬首された死体があり、クビキリがその場に居たら、殺した瞬間でも見ていなければ誰もが犯人はクビキリだと思う。悪質だが賢い手段だ。


 非常にまずい。マダルカルスとアリーダを同時に相手したらクビキリは勝てない。しかし逃げる選択肢はない。ミルセーヌもルピアもこの町を見捨てないので、状況が長引けば二人も戦いに来る可能性がある。殺されに来るようなものだ。自分一人ならと考えたが、たとえ二人の存在がなくてもクビキリは逃げなかっただろう。正しいと信じる道からは絶対に逃げない。


「見てくださいあの死体の山。全員首が斬られて死んでいるでしょう。あれこそ、クビキリが殺した証拠ですよ。指名手配中の殺人鬼ですしあなたも知っているでしょう?」


「確かに、首が斬られている。どうやら誰が敵かはっきりしたようだぜ。テメエの仕業かクビキリ!」


「違う! この町の人間を殺したのは――」


「〈電撃(ボルトーラ)〉!」


 間違いを正そうとしたがアリーダはクビキリの言葉に耳を貸さない。

 速攻。彼の指先から電気が飛び……マダルカルスの胸に命中した。


「ぐ、ぐあ、あお、な、なぜ、私に、攻撃を?」


「何だあテメエ、まさかテメエのクソみてえな嘘で俺を騙せたと思っていたのかあ? バカが、頭ハッピーセットなのか? クビキリの素性も性格も俺は知ってるんだ。そいつが一般人殺すわけねえ。だいたいテメエの見た目、ザ・物語の敵キャラって感じだぜ。信用するわけねえだろこの間抜け! 〈電撃〉!」


 アリーダが放った二度目の〈電撃〉をマダルカルスは避けた。

 アリーダの行動に愕然としたクビキリだが最悪の想像は崩れる。

 少なくともこの戦いの最中、彼が攻撃してくることはない。結局終わった後は敵意を向けてくるだろうが、それは仕方ないこととして受け入れる。過去の行いはもう変えられないのだから。


「酷いですね……。二人纏めてぶっ殺してさしあげましょう! 死ねい!」

「遅い」


 クビキリはマダルカルス以上の速度で通り過ぎ様に首を斬る。


「貴様の体は〈電撃〉で痺れ、スピードが半減していたのだ」


「へっ、なーにが二人纏めてぶっ殺すだ! テメエなんざ一人でもぶっ潰せたぜ!」


 マダルカルスの頭部は石畳に落ちて転がり、体は崩れ落ちる。

 勝利を確信したアリーダがマダルカルスの前に立って背中を踏みつけた。


 二人は油断していた。首を斬ったのだから、死んだはずだと思い込んでいた。

 突如としてマダルカルスの手が動いて骨の剣がアリーダの足首を切り裂く。浅い斬撃とはいえ、もし狙いが正確なら切断されてもおかしくない一撃。完全に油断していたアリーダは痛みというより驚きで「みぎゃあああ!」と叫ぶ。


 驚くべきことにマダルカルスの体は立ち上がり、自らの頭を拾い上げる。


「そ、そんなバカな、首を斬ったのに死んでいない! なぜ!?」


「首は生物の弱点のはず……それなのに、ダメージすらないだと?」


 怒りで顔を歪めたマダルカルスは頭部を元の場所に戻して嵌め込む。


「首が弱点じゃない生物だって居るでしょう。でもね、死なないといっても斬られるのは不愉快ですよ!」


 マダルカルスの背中からハンマー状の骨が飛び出てクビキリに直撃した。

 まだ生きている敵に驚いていたせいで反応が遅れ、クビキリは死体の山まで突き飛ばされる。死体の山に衝突して勢いは死んだものの、上部の死体がバランスを崩して落下。クビキリは死体に埋もれて一時的に戦線離脱した。


「あの程度では死なないでしょうねえ。しかし、今は放置。まずは紫髪のあなたから殺しましょう」


「のおおおお! 首が斬れても死なないんじゃ、どうやったら死ぬんだこいつは!」


 強い殺気を放つマダルカルスの猛攻からアリーダは逃げ回る。

 刀を持っていたクビキリとは違い、アリーダには骨の刃を受け止める手段がない。生身で受けるのは危険すぎる。選択は回避一択。反撃の時間も与えてくれない猛攻から逃げて、逃げて逃げて、逃げ続けるしかないのだ。


「――屈め!」


 唐突な女性の大声を聞いてアリーダは屈む。

 彼の後ろからは赤髪の女性格闘家ジャスミンが走って来ており、跳んで蹴りを放とうとしていた。当然マダルカルスは迎え撃つ。左肘から出ている三日月状の骨の刃で彼女の足を切断しようとする。両者の攻撃はぶつかり合い、鋭い骨が皮膚を切り裂き足首に食い込む。


 ……切断は出来なかった。

 切断するつもりで振るわれた骨の刃は筋肉に止められた。

 強烈な負荷のせいで骨の刃は砕け、愕然とするマダルカルスの顔が蹴り抜かれる。


「生身で刃を砕くとかさすがゴリラだな」


「ジャスミンだ。刃って言ってもあれ骨だろ。鋼鉄よりは脆い。そんなことより止血してくれ」


「へいへい〈治癒(ヒール)〉。イーリスとアリエッタは?」


「今向かってる。もう着くだろうね」


 アリーダが後ろに目を向けると、遠くから金髪の女性剣士と黒髪の少女が走って来ていた。


「ぐ、ううう、私の骨をよくも砕いてくれましたね……! 許せん!」


 マダルカルスが痛みで苦しそうだとアリーダは気付く。

 ダメージがある。首を斬った時よりも、骨を砕いた時の方が明らかに苦しそうだ。さらに冷静に考えてみれば先程の斬首は異常だった。血の通う生物の首を斬れば激しく出血するはずなのに、マダルカルスの首からは一滴も血が出ていない。その謎は、あの痩せ細った肉体に血が通っていないとすれば説明がつく。


 常識的に考えれば血液がない人は居ないが相手は魔人。誰もがモンスターの特徴を持つ種族なのだ。モンスターの中にはゴーストのように実体がなかったり、スケルトンのように骨しかない者が存在している。そして、骨を自由自在に操作する骸骨モンスターの知識がアリーダにはある。


「なるほど、テメエはスケルトンキングの魔人か。スケルトンキングは自身の骨を自由に変形させられるアンデッドモンスター。どうりで首が斬れても死なねえわけだぜ。スケルトンキングは骸骨のくせに再生能力持ちだから、首が斬られてもくっつけることは可能」


「まさか私の正体に辿り着くとは思いませんでしたよ。ですがね、それがなんです!」


 マダルカルスが骨の刃での攻撃を再開する。


「分からねえのか? 正体が分かったってことは、殺す方法も分かったってことだぜ! 頭蓋骨を粉々に砕いちまえばテメエは死ぬ! テメエは俺達に殺される! 〈電撃〉!」


 攻撃速度が速くても単調な軌道の〈電撃〉は、油断でもしていなければマダルカルスに通じない。余裕で躱したマダルカルスは真っ先にジャスミンを狙う。先程の骨を砕かれた怒りで彼女を狙うのはアリーダの読み通りだ。彼女に特攻するマダルカルスの背後に回ることは容易である。


「バカめ、後ろを取ったぜ! 俺のスペシャルパンチでテメエの頭蓋骨を砕く!」


「バカはあなたでしょう! 声に出したら不意打ちの意味がありませんよ!」


 マダルカルスは頭部を半回転させて口から長い骨の棘を、背中からはハンマー状の骨を突き出す。真後ろの至近距離に居るなら回避は間に合わない攻撃だ。パンチを頭部に当てると宣言したアリーダが居るのは必ず至近距離。どんな姿勢でパンチを打とうと、棘に貫かれるかハンマーに吹き飛ばされる。


 しかし、そうはならない。マダルカルスは驚きの光景を目にした。

 ――寝そべっていた。アリーダは石畳で横になり、指で耳の穴をほじっている。

 どう考えてもこれからパンチを打つ姿勢ではない。戦闘中の姿勢ではない。パンチを打つと宣言したのは嘘だったのだ。あまりにふざけている態度を見てマダルカルスの思考が一瞬止まる。


「〈電撃〉」


「ぐあっ!? う、嘘吐き、め」


「お互いにな」


 マダルカルスの体が痺れている隙に、ジャスミンが全力の蹴りを脇腹へと叩き込む。

 バキボキッと嫌な音が鳴りマダルカルスは宙を飛ぶ。そんな彼の行き先には剣を構えたイーリスが居て、振られた力強い剣で両足が千切れ飛ぶ。

 石畳に落ちては転がり、辿り着いた場所には異常な高熱を持つ石畳。

 何か、今すぐにでも火を噴きそうな、嫌な予感がする場所。


「既に私は〈灼熱太陽(プロミネンスノヴァ)〉を唱えています。丁度、その場所です」


 少し離れた場所に立つアリエッタが絶望的な言葉を言い放つ。


「こ、この私が……死ぬ。ああ、もっと、お肉を食べたかった」


 宣言通り、マダルカルスの真下から巨大な火柱が空へと昇っていく。

 一瞬で鋼鉄すら溶かす超高熱の火柱に巻き込まれた彼の骨片は残らない。

 千切れた両足もイーリスが火柱に投げ込んだので本当に何も残らない。

 敵の完全焼失を確認してからイーリスとアリエッタはアリーダのもとへ向かう。


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