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56 条件


「……そうか。護衛の話、引き受けてもいい。俺を敵に会わせるのを条件としてな」


 ミルセーヌは上手くいったと喜び、心の中でガッツポーズする。

 クビキリの強さは分かっているつもりだ。戦力として申し分ないし、元から関係者なので危険に巻き込むのも問題ない。もし彼が敵となる者達を全員倒してくれるなら王国が抱える問題は一気に解決へと近付く。


 ただし、彼を護衛として採用するなら新たな問題が出て来る。

 彼は紛うことなき大量殺人の犯人。護衛をしてもらった後、ありがとうさようならと別れるのは絶対に出来ない。彼がコエグジ事件の被害者だとしても、犯した罪の重さが途轍もなく大きい。護衛の功績で無罪にすることは不可能。結局、今回の件が解決したら罪を償ってもらう必要がある。


「ありがとうございます。ただ、こちらも条件を提示してもよろしいですか?」


「構わん」


「私は嘘を吐くのが苦手です。幼い頃に友人と嘘を吐いて怒られたのが原因かもしれません。相手に不都合なことを黙っておくというのも、まるで相手を信頼していないようだと感じます。……なのではっきりと、今この場で言います。今回の敵を倒した後、あなたには法律に(のっと)り罪を償ってほしいのです」


 こんなことを言えば頼みを断られる可能性が高いが素直に全て話す。

 国を救えたとしてもクビキリは救世主として称えられない。今までの罪が、被害者の遺族や友人が、彼を殺せと声を上げるだろう。復讐として彼を殺す者も必ず出て来る。民の想いに応える王族としてクビキリの扱いは有耶無耶に出来ない。


「ちょ、ちょっと待ってくださいミルセーヌ様! それは、死ねと言っているようなものでは!?」


「……ええ。勝手だとは思いますが、死刑は免れないでしょう」


「そ、そんな条件、呑む人が居るわけ……」


「構わん」


 たった一言、肯定の意をクビキリは示す。

 予想外の反応にミルセーヌもルピアも目を見開く。


「待って! 死ぬんですよ!? ちゃんと意味分かってます!?」


「俺にとっては復讐こそ生きる意味。敵の首を斬った後なら未練もない」


「ああもう! ミルセーヌ様、私は反対です! 確かに彼の罪は重い。取り返しの付かないことをしてきました。だからって捕まえて即死刑なんて反対です! 罪人は己の死じゃなく、その後の行動で償うべきだと思いませんか!? 反省しない悪人以外には行動で償う時間を与えるべきだと私は思います!」


 ミルセーヌはルピアの言うことに一理あると感じた。

 被害者遺族等はクビキリの死刑をすぐ望むだろうが、死だけで償うのは軽いように思える。命は対等だ。誰かを殺したら自らの命で償えという王国のやり方は間違っていない。しかし、殺人者にも償いの期間を長く与えるべきという、ルピアのような意見を出す人間も稀に居る。死ぬのみでは償いが足りないように思えてしまうのだ。


 反省させながら労働させるのを基本として、償い方は死以外に色々ある。

 殺人者はどう足掻いても死刑だが、死刑を受ける前に多くの償いをさせた方がミルセーヌも良いと思う。


「ルピアさん、罪人が罪を償う方法は法律で決まっていて今すぐは変えられません。ですがあなたの考えは個人的に良い考えだと思います。今回の一件が終わった後、お父様に相談してみましょう。約束します」


「……ありがとうございます」


 法を変えるということは、国を変えるということ。

 意見を出せばすぐ変わるなんてありえない。国王の許可だけでなく、政治に関わる者達や民衆の気持ちが纏まらなければ変えられない。もし反対意見が多いまま変えてしまえば反乱に繋がる。クビキリの死刑執行までに変えられるかはミルセーヌにも分からない。


「ルピア、貴様も付いて来るのか? 姉捜しには集中出来そうにないぞ」


「え、同行しないと思ったんですか? 当然付いて行きますよ。お姉様は全て終わった後で捜します」


「回復魔法の使い手が居るのは助かります。ルピアさん、短い間かもしれませんがこれからよろしくお願いします」


「任せてくださいミルセーヌ様。一応武の心得もありますし頼ってください」


「……無理はしないでくださいね」


 武の心得と言われてもルピアの肉体は華奢だ。まだ魔法使いとして戦うと言ってくれた方が納得出来る。本人の気持ちはありがたいが、ミルセーヌはルピアを前線に立たせる気になれなかった。



 * * *



 ――ヒュルス王国王城。大臣の私室。


 大臣であるサーランは豪華な椅子に座りながら手紙を書いていた。

 宛先は兄のムーラン。内容は王国の現況について。


「兄よ、兄の願い、我等を拒んだ社会への復讐が叶う日は徐々に近付いています。こちらの戦力も整ってきました。国王には秘密裏に結成した魔人殲滅部隊はとても強い。その中でもフェルデスは過去含めても人類最強の魔法使いだ。彼が居ることで帝国ともまともに戦えるでしょう」


 帝国の技術力、総合的な戦力は王国をかなり上回っている。

 元々魔人はモンスターの遺伝子を持つため身体能力が高く、魔法適性も人間より多く、さらには個々に特殊能力が宿っている。人間を下等種族なんて見下す魔人が帝国には居るが正にその通り。魔人は人間の上位互換な種族であり、まともに戦っても王国は勝てない。だからサーランは戦争が一方的なものにさせないため、王国の戦力増強という課題を真剣に取り組んできた。


 今ではギルドのSランクに位置する人間は化け物染みた強者揃い。魔人殲滅部隊にはムーランから送られた精隷輪具(せいれいリング)を装備させることで、全員が上級魔法を扱える魔法使い並の強さを手に入れている。だが、部隊のリーダーであるフェルデスだけは元から強いので、精隷輪具を渡しても『要らない』と捨てられた。貴重な物なのでそれはすぐ回収した。


「アンドリューズや帝国の皇女が何やら動いているらしいが、所詮奴等などフェルデスの前では雑魚同然の塵だ。見つけ次第始末するよう言っているからもう少しで死亡報告が来るだろう」


「――サーラン様」


 突然部屋に黒装束の女性が現れた。彼女はサーランの部下である魔人殲滅部隊の一員であり、兄弟間でやり取りするための手紙の受け渡し係でもある。ついでに何か情報があれば彼女からサーランに報告されることが多い。


「うおっ、毎度驚かせるな。なんだ、アンドリューズを殺せたか?」


「いえ。残念ながら標的は全員生きています。今回は兄君からの手紙をお渡しに参りました」


 サーランは「ご苦労」と言いながら白い手紙を受け取り、自分の書いた手紙を差し出す。


「ブラック、これをいつもの場所へ届けろ。届け次第フェルデスと合流だ」


 黒装束の女性は「了解」と一言呟き姿を消す。

 瞬間移動ではない。彼女の走りがあまりにも速く視認出来ないだけである。


「さて、何が書かれて……何? 馬鹿な、帝国の戦士団がもう動きを見せるとは早すぎる。王国はまだ戦争の準備が出来ていない。攻め込まれれば明らかに不利。くっ、この私の作戦が遅れているから後手に回ってしまっている。早く、早く邪魔者を消せフェルデス。帝国の暗殺部隊でも誰でもいい。憎しみの種、ミルセーヌの遺体を早く持って来い」


 サーランの計画はいつも上手くいかない。

 現実が思い描いた通りに動くことは殆どない。大臣の地位にまで昇れたのもムーランからの助言があったからこそであり、自分の考えた策は九割失敗で終わる。戦争の火種に使おうとしたコエグジ村も無意味に終わった。コエグジ事件の影響は精々王国民の魔人への印象が悪化した程度。戦争を起こす程の憎しみを生み出せなかった。

 上手くいかない現実に苛々するサーランは傍にある机を殴って手を痛めた。


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