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54 アンドリューズVS暗殺部隊


 先程まで小屋があった場所を包む爆炎が突如として真っ二つに割れた。

 左右に分かれた炎の間から一人の男が見える。セイリットと同じように眼帯をしている、オールバックにした茶髪の男が剣を握りながら堂々と歩く。まるで何事もなかったようだがちゃんと服も肌も燃えていたので、男は素手で炎を払い落とす。


「中々の炎だったな。回避しきれなかったから少々火傷してしまったか」


 出鱈目な男だ。全力でないとはいえアルニアの上級魔法に巻き込まれて、少々火傷した程度で済んでいる。どれだけ肉体を鍛えたのかセイリットは想像も付かない。魔法を放ったアルニアも、リーダーのヨシュアも、神父服姿のワロスも目を見開き驚いている。


「……冗談でしょ。体が頑丈な魔人ならともかく、上級魔法を受けてまだ元気なんて……あんな人間が」


「ほう、魔法を放ったのは彼女か。となればまずは彼女から」


 アンドリューズが動いた。あまりのスピードにセイリットは目が追いつかない。

 純粋な戦闘員ではないセイリットと違い、他の三人は視認出来たようだ。しかし見えたからといって対処出来るわけではない。急接近しつつ剣を振り下ろす攻撃をアルニアは回避しようとしたが、間に合わずに左腕を切断されてしまった。もし最初の標的が自分だったらと考えたセイリットは怯える。


「……出血なし。人間かと思っていたが違うのか?」


 アルニアは右手で左肩を押さえているが出血していない。彼女の正体を知らなければ戸惑うことだろう。なにせ外見は黒いとんがり帽子とローブを身に付けただけの人間にしか見えない。帝国内で人間に好意的な魔人など殆ど居ないというのに、彼女は人間の姿を使い続けている。一度理由を訊いたことはあるがセイリットには教えてくれなかった。


「まったく、また縫わなきゃいけないじゃん」


 地面に落ちていた左腕がアルニアの方へと転がっていく。


「左腕が勝手に戻って来ただと? うーむ、魔人なのは間違いないが何の魔人だ?」


「教えるわけないでしょオッサン。どうせこれから死ぬんだし」


「死ぬつもりはない。死ぬのは、貴様等の方ではないかね」


 アンドリューズの背後から神父服を着た白い肌の男、ワロスが両手斧で襲いかかった。

 常時笑みを浮かべる彼の口は大きく裂けていて、太く立派な牙がびっしり生えている。デスシャークという鮫型モンスターの魔人である彼はとても力が強い。人間の力で攻撃を防ぐことは不可能……と思いきやアンドリューズは剣で両手斧を弾き返し、さらに一振りして相手の胸から腹に切り込みを入れる。傷口から赤黒い血が流れて神父服を汚していく。


「あーあ。怒らせたね、ワロスを。もう私達でも止められない」


 ワロスは自身の出血を酷く嫌う。敵に傷を付けられたら激怒する。

 目が充血した彼の攻撃にまたしてもアンドリューズは真っ向勝負したが、今度は弾き返せず両者の武器が衝突から停止した。怒り状態の彼の筋力は平常時の五割増しだ。平常時でも大岩を軽々持ち上げる筋力が強化されたとなれば力勝負は彼の独壇場……だった。それでも互角のアンドリューズが人間離れしすぎている。


「力はかなりあるが力任せな戦い方だ……!」


「グシャアアアアアアアアアアアア!」


「言葉も忘れたか。よもや、脳も筋肉になってしまったか!」


「ねえ、もう腕縫い終わっちゃったよ。〈大電撃(サンダドン)〉!」


 アルニアが縫って付け直した左腕から力強い電撃が放たれた。

 青白いビームのような太い電撃が無防備な背中に……当たる前にアンドリューズは両手斧を受け流してワロスの背後へと回り込む。アンドリューズが回避したせいで〈大電撃〉はワロスが正面から喰らい怪物染みた悲鳴を上げる。


「あ、ごめん」


「貴様等個々の実力は賞賛に値するが連携能力はないようだな。味方に攻撃を当てるなど愚の骨頂!」


 アンドリューズがワロスの背中を剣で突き刺す。

 心臓が貫かれるかと思われたが、僅かに食い込んだだけで硬い筋肉が剣先を止めた。ワロスは筋肉量だけなら帝国一。怒り状態では肥大化してまるで鎧のようになる。たとえ達人の刺突だろうと易々とは貫けない。さすがのアンドリューズもこれは想定外で驚く。


「硬い……! 並外れた筋肉、これはもはや筋肉の鎧!」


 電撃で痺れていたワロスが半回転してアンドリューズに噛みつこうとする。

 多くの鋭い牙が生える口に噛みつかれれば痛いのは当然として、ワロスの顎の強さなら人間の体も噛み千切れるだろう。危険を察したアンドリューズは咄嗟に回避して大きく飛び退く。


「……あの二人だけでは厳しい戦いか。セイリット、我々も援護するぞ」


 少し離れた場所で戦闘を眺めていたセイリットに隣のヨシュアが話し掛けてきた。


「やっぱりやる流れですかそうですよね」


「一応言っておく。逃げ出せば、俺がどこまでも追いかけて貴様を殺す。分かったな」


「はいはい分かってますよ。私の最優先は私の命。殺されたくないですからね」


 返事を聞いてよしとしたのかヨシュアは剣を鞘から抜いてアンドリューズへと駆ける。


「逆に、逃げ切れるなら私は逃げますが。これからどう動くかはあの男の人次第ですかね」


 裏切って逃走するならヨシュア達を始末しておきたい。……とはいえ、彼等の強さをセイリットはよく知っている。自分一人ではどうやっても不可能。一対一ですらセイリットは勝てない。もしアンドリューズが想定以上に強く、彼等を劣勢に追い込めるとしたら、その時はアンドリューズに加勢して一掃するのがベストだろう。彼等さえ始末出来れば全て上手くいく。


 キルデスにはまだマダルカルスという快楽殺人鬼が居るが、はっきり言って彼は全く問題にならない。ムーランへの忠誠も恩もないので任務を果たすかどうかも分からないのだ。裏切り者を始末するためにわざわざ動くと思えない。

 やはり王国側と帝国側の戦力を見極め、強い方に味方するのがベストな策。


「さて、最低限の援護はしなければ怪しまれてしまいますからね。簡単に死なないでくださいよ」


 セイリットは白いローブ内に隠していた弓を取り出す。

 普通の弓と比べても軽量だ。非力なセイリットでも軽々と持ち運べる。


精霊武具(スピリットウェポン)属性弓(ぞくせいきゅう)


 帝国の精霊学は王国の上を行っており技術力が圧倒的に勝っている。王国ではまだ作られていない道具がいくつも存在している。精霊武具もその一つ。精霊の力を借りる武器は他のものより強力。セイリットが持つ属性弓も普通の弓より遥かに高性能だ。


 属性弓に矢は要らない。必要なのは精霊に届ける言葉。


氷矢(こおりや)


 セイリットが呟いた言葉通りに矢は精霊が作ってくれる。

 炎と言えば炎。電気と言えば電気。風と言えば風。氷と言えば氷。

 属性弓の弦に氷で作られた矢が生み出されたので、セイリットが弦を引いて手を離す。しっかりと狙いを定めた氷矢は一直線にアンドリューズへと向かい、剣で砕かれた。しかもヨシュアとワロスを同時に相手しながらだ。神業とすら評価出来る。


「凄まじい剣技と身体能力。一人で俺達とここまで渡り合える者が人間に居るとは驚きだ」


「ギュアアアアアアアアアアアアアア!」


「歳は取りたくないものだ。現役の時と比べて腕が鈍っている」


「……貴様とは一対一でゆっくり戦いたかったが我々は任務で急いでいる。四人掛かりでも手早く始末して、王女の後を追わせてもらおう。一応言っておくが王女がどこへ逃げようと我々には追う術がある。貴様はこれから無駄死にするぞ」


「では私は貴様等を始末して安心するとしよう」


 四対一の激闘はどんどん苛烈になっていく。全員が傷を負っていく。

 誰も割って入れない。アンドリューズは孤独に戦い続けなければならない。

 敵となる者達を全員始末するまで。もしくは……。


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