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47 アリーダVSクビキリ①


 温泉が有名な町、ビューフォス。

 まだ指切りが行われていないこの町では人々に活気があり、温泉街ということで多くの人々が行き交っている。そんなビューフォス周辺にはエゴイザルという、人間大の猿型モンスターがよく集団で現れる。集団ではあるが一体一体は協力し合わず、基本自分勝手な動きをする仲間意識ゼロなモンスターだ。


 エゴイザルは温泉が好きで入りたがるが、人間を邪魔に思っているのか攻撃してくるため、ギルドや騎士団の人間が追い払わなければいけない。定期的に依頼が出されていて、報酬は金銭ではなく温泉旅館宿泊を無料にしてくれる。本来かなり人気の依頼であり、ギルドでは取り合いになるくらいなのだが、最近はギルドの人手が減っているのでアリーダ達が依頼を受けられた。


 エゴイザル討伐に関しては、八割程ジャスミンが片付けたと言える。蹂躙だ。

 簡単に依頼を終わらせたアリーダ達は現在、温泉旅館に無料で一泊していた。


「ん、アリーダ、どこ行くんだい? こんな朝早くに」


 ジャスミンの問いかけにアリーダは靴を履きながら答える。


「ちょっとした用事があるんだよ。どんくらい時間掛かるかは分からねえ」


「アタシにくらい言えよ。何も分かってないと思ってんの? あいつ、来てるんだろ」


「悪いが、俺一人で行かせてくれ。明日お前の特訓に付き合うからさ。許せ」


「……はぁ、今回だけだよ。その譲れないって顔に免じて」


 昨日、旅館に入る前にアリーダ達へと殺気がぶつけられた。簡単な挑発である。

 殺気を感じてすぐクビキリだと分かった。何の偶然か、彼も同じ町に居たのだ。


 ジャスミンも同行したがっていたが、今回アリーダが一人で戦うことだけは譲れない。治っているとはいえ腕を斬られたことに怒ったからではない。今回はリベンジマッチと同時に一つの挑戦だ。既に勝利するための策は考えており準備万端。自分一人の力、技、知恵、それらがクビキリに通用するかどうかをどうしても確かめたい。


 朝早い時間、アリーダは旅館を出て町の傍にある林へと移動する。

 整備された道はない。大量の木が生えているだけの林。


「出て来いよクビキリ! 居るのはとっくに分かっているんだぜ!」


 隠れていても意味がないと思ったのかクビキリが木の後ろから姿を現す。


「……アリーダ・ヴェルト。なぜ、一人で移動した? 貴様一人では俺に勝てないと理解していないのか?」


「テメエに合わせてやってんのよ。誰も巻き込まずに一人で戦い、一人で勝つ。息苦しいテメエのやり方にな」


 木を避けて走りながらクビキリが接近してきたので、アリーダは軽く後ろに跳んで居合い斬りを躱す。その瞬間、クビキリの足下が爆発。舞い上がる土と炎に連鎖して次の爆発が起き、周辺の地面が八回も爆発した。


 爆発の正体は〈炎熱(ファイアーラ)〉と〈砂生成(サンドーラ)〉を組み合わせたもの。

 地面の下に隙間を作り、そこに圧縮した炎の塊を入れておく。衝撃が加われば炎が一気に解き放たれて、周囲の土と共に敵を吹き飛ばす。まさに下級魔法で作り上げた簡易版地雷。並の動物相手なら手足の一本は吹き飛ぶ程の威力だが、クビキリ程の肉体強度だと殆どダメージがない。


「今のは挨拶代わりさ。へっ、あの時は何の準備も出来ていなかったが今は違うぜ。テメエを倒す策は完成済みだ!」


「貴様が俺の邪魔になるのは分かる。考えた策ごと貴様を叩き潰す!」


 クビキリが追いかけ、アリーダは逃げる。林の中を二人の男が走り回る。

 瞬発力はアリーダが上回っているが、単純な移動速度はクビキリが上。普通ならすぐに追いつかれて斬撃を当てられるだろう。しかし、狭い間隔で生えている木々がクビキリの移動を妨げる。初戦のように整備された道があれば即ピンチになっていたが、今は障害物を巧みに利用して動き回っているためアリーダは逃げ切れている。


 最初の作戦はヒットアンドアウェイ。障害物を上手く利用して距離を取り、逃げながら〈電撃(ボルトーラ)〉で遠距離攻撃する。作戦は上手くいっているように見えるが、アリーダの攻撃も当たっていないので実際は戦況が厳しい。


「……あー、やっぱりこうなるか」


 戦っている内に木々の数が減ってきた。クビキリが刀で切断しているのだ。

 障害物が邪魔なら排除すればいいと彼が考えるのは当たり前。細い木など彼なら容易に切断出来るので、短時間で木々が薙ぎ倒されていく。倒れた幹は彼が蹴り飛ばして一箇所に纏めるという器用さまで見せつけられた。せっかく互角に戦えていたヒットアンドアウェイ戦法もこうなっては使えない。


「おいおい、自然破壊だぞ。木が可哀想だと思わねえのか」


「根は傷付けていない。また生える。……さあ、これで終わりだ」


 一直線に走って距離を詰めてきたクビキリの刀をアリーダは屈んで回避する。

 クビキリという名前の通り、彼は首を斬って人間を殺す。いくら彼の斬撃が速かろうと、必ず首を狙うと分かっていればトドメの一撃が回避しやすい。最初から狙いがバレているのはクビキリの弱点とも言える。


「〈砂生成〉からの〈突風(ウィンドーラ)〉!」


 アリーダは右手に砂を生み出してから風で飛ばし、クビキリの目に向かわせた。

 砂が目に入ったクビキリは「うっ」と目を瞑って痛がる。絶好のチャンスなのでアリーダは連続で殴打を放ち、最後に跳び蹴りで大きく後退させる。予想はしていたがアリーダの身体能力で格闘攻撃をしても大したダメージにならない。ジャスミン程とまでは言わないが、もっと肉体を鍛えなければ格闘で倒すことは出来ない。


「はっ、三つも目があるから目潰し効果五割増しだな! 今のうちに勝たせてもらうぜ!」


 クビキリを倒すならやはり魔法だ。

 下級魔法といえど、渾身の魔力を込めて放てば意識を飛ばせる。


「ボルト……な、何だあああああああああ!?」


 トドメの魔法を使おうとした時、クビキリの両目から突然水が溢れ出す。


「あ、ありえない量の涙!? す、砂が洗い流されていく!」


 いきなりの号泣で砂の目潰しの効果が消え、クビキリの三つ目が開いていく。


「し、信じられねえ。それが魔人としてのテメエの能力か!?」


「俺の固有能力ではない。精霊に念を飛ばして語りかける技術、精霊談術スピリット・オブ・クンベルサ。今、水の精霊の力を借りて砂を洗い流させてもらった。これくらい練習すれば誰でも出来るだろう」


 水で目を洗うのは大したことのない現象だが精霊談術は侮れない。

 クビキリは口を使っていなかった。念を飛ばして語りかけるのは無言でも可能という証拠。つまり詠唱なしで魔法が使えるのと同じ。中級以上の精霊は別の世界に居るとされているので、使えるのは下級魔法までだろうがそれでも脅威だ。いつ、何をされるか、全く予想出来ない。


「へっへっへ。まあいい。手札を隠していたのは俺もだからな。こっからが本番だぜ」


 アリーダはズボンのポケットから手袋を取り出して嵌めた。

 手袋の中指部分には指輪が付けられていて、指輪からは糸がポケット内に伸びている。両手を素早く上に動かすと、ポケット内から丸い金属の塊が二つ回転しながら飛び出る。丸い金属二つをキャッチするとアリーダは笑みを浮かべた。


「テメエに勝つ為には、俺も何か新武器(ニューウェポン)が欲しいと思ってな。知り合いの鍛冶屋に頼んで特注で作ってもらったのよ。それこそがこの武器、ダブルボーラーだぜ! 仕組みを考えるのに結構苦労したんだ。この武器の恐ろしさ、じっくり味わってもらおうか」




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