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46 精霊談術


 人々が不安そうな顔で過ごしているヒュルスの城下町を二人の男女が歩く。

 眼鏡を掛けた白いローブ姿の小柄な少女、精霊研究家セイリット。

 アフロヘアーの長身、背中には片手斧を背負う男、ボンマ。


 二人は王女暗殺任務を受けたキルデスという隊の一員であり、人間に酷似した姿の二人は魔人にもかかわらず何食わぬ顔で王国城下町を進んでいる。そんな中、二人はいきなり町中に響いた女性の悲鳴を聞く。只事ではないと感じて目を向けてみれば、鎧姿の人間に押さえられた女性が刃物で小指を切断されていた。女性は痛みで涙を流しながら暴れている。


「うあああああ! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいいいい!」


「大袈裟な女め。暴れるな! ほらさっさと治療してもらえ!」


 騎士に突き飛ばされた女性は泣きながら、傍の男性に手と切られた指を差し出す。どうやら魔法使いが一人居たようで、女性の指は回復魔法によりすぐ止血される。その後じっくりと断面を観察した魔法使いは再び回復魔法を使い切断面同士をくっつけた。魔法使いは優秀なようで微細な傷痕一つ残っていない。

 斬ってすぐに治す異常な行動を目にしたアフロ男、ボンマは嫌そうに呟く。


「おいおい、ありゃ指切りじゃねえか。長居すると危ねえな」


「何ですかね、あれは」


「戦争やってた時代に使われていた魔人識別方法だ。骨の色を見れば一発で魔人か人間か見分けられる」


「いえ、そちらではなく。あの腕輪のことです」


 セイリットがそう言うと、ボンマは指切りを(おこな)っている集団の腕を凝視する。よく集団を観察すれば虹色の腕輪を付けているのが見えた。ボンマからはただのお揃いのアクセサリーにしか見えないが、セイリットは険しい顔を向けている。


「精霊の悲鳴を上げています。あの腕輪、無理に精霊から力を引き出しているようですね」


「俺は何も感じないな。お得意の精霊談術スピリット・オブ・クンベルサか」


 セイリットは精霊談術という技術を得意としていた。

 普通言葉を交わせない下級以下の微精霊に念を飛ばすことで意思疎通が出来るのだ。魔人は人間よりも魔法の適性が高いことが関わっているのか、稀に生まれつき精霊談術を使える者が居る。精霊に協力を持ち掛ければ、魔法の適性が全くない者でも魔法を扱えたり、彼等の知る情報を教えてもらえたりする。セイリットは研究の末、その精霊談術を覚えることが出来た。


 虹色の腕輪からは精霊の悲鳴が絶え間なく聞こえてくる。

 精霊を捕らえ、力を強引に引き出す。例えるなら奴隷に労働を強いながら鞭打ちし続けるようなものだ。あまりに酷い仕組みを理解したセイリットは目を逸らし、周囲の精霊からの情報収集を再開した。


「……さて、目的地は分かりました。行きましょう」

「あいよ」


 また一人指を切られる人間をスルーしてセイリット達は目的地目指して歩く。


「しっかし、ヨシュアの奴が知ったら怒るだろうな。アリエッタ様を殺せって命令」


「だから彼だけ教えてもらっていないんでしょう。彼、皇帝を尊敬していますからね。反発するに決まっています。可能なら、別行動している今の内に始末しておきたいですよ。合流してからでは面倒ですし」


 そう、キルデスが今回任された仕事は王女暗殺だけではない。

 現在ヒュルス王国に滞在しているデモニア帝国皇女、アリエッタの暗殺も今回の仕事に入っている。リーダーのヨシュアだけは命令に反発しそうと判断され、アリエッタの件は他の五人にしか知らされていない。ヨシュア以外は皇帝や帝国への忠誠心など持たないので皇女殺しに抵抗感が全くないのだ。


 誰の目にも見えない周囲の微精霊から定期的に話を聞き、セイリット達は目的地に辿り着く。

 手入れされた庭のある、広い敷地に立つ大きな建物。――エルマイナ孤児院。

 二人が孤児院の敷地内に足を踏み入れて進むと、庭で遊んでいた子供達の一人が近寄ってくる。


「アフロだー。ねえ何しに来たの? 一緒に遊ぼう」


「おや、人気ですねボンマ。遊んであげたらどうです?」


「時間がありゃ遊んでやってもいいけどよ。今は無理だろ」


「ですね。すみませんお嬢ちゃん、今は一緒に遊べないんですよ。残念ですがまたの機会に。ああ、もしよろしければ、この孤児院の院長をお呼びしてもらえませんか? 私達、とーっても大事なお話があるので」


 無邪気な子供は「いいよー」と承諾して孤児院内に走って行く。

 数分待っていると先程の子供が老婆を連れて出て来て、遊んでいた子供達の輪の中に戻る。連れ出された老婆はセイリット達にゆっくりと、子供よりも遅い速度で歩いて来た。警戒の色はまるでない。


「院長のエルと申します。あなた方ですか、お話があると言うのは。いったい何の御用で?」


 エルと名乗る老婆。一見ただの年老いた女だがセイリットには分かる。

 凄腕の魔法使いだ。生命属性だけとはいえ、上級の精霊と契約している。


「私はセイリット。こちらのアフロはボンマ。この孤児院に、アリエッタという子がいらっしゃるのは事実ですか?」


「……ええ、確かにこちらで生活していますが……あの子が、何か?」


「良かった。実は私達、彼女の親に頼まれて彼女を探していたのです。引き渡してもらってもよろしいでしょうか」


「そうですか、あの子の親に。……ゴルゴート様はお元気でしたか?」


「え!? ええ、皇帝陛下は常に健康です」


 人間からいきなり皇帝の名前が出されてセイリット達は目を丸くした。


(なぜ皇帝の名を知って……知り合い? まさか皇女とも最初から面識があった?)


 まるで知り合いのような口振りにセイリットは激しく動揺してしまう。

 仮に皇帝やアリエッタと知り合いだったなら厄介だ。王国領土で孤独かに思えるアリエッタが、知り合いの営む孤児院に匿ってもらっているとすれば、帝国大臣の計画が筒抜けになっている可能性が高い。それどころか、何かしらの連絡手段があれば皇帝にも計画がバレる。セイリットの吐いた嘘も当然バレる。


 セイリット達は帝国で今何が起きているのか全く知らない。少なくとも、出発前は皇帝がアリエッタの捜索を騎士に命じていたが、今頃は知り合いに保護されているのを知って安心しているかもしれない。エルのたった一言でセイリットの心臓の鼓動が速まっていく。


「その、事情は聞いているのですか? アリエッタ様から」


「帝国の大臣から命を狙われているようですね。ですがもう大丈夫でしょう。ゴルゴート様が動いているはずです」


 最悪だ。何らかの連絡手段でエルは皇帝に大臣の罪を伝えている。

 帝国では大臣の手駒も全員捕らえられ、処刑されたかもしれない。セイリット達もそうなる可能性がある。


 絶望的な未来に汗が滲むセイリットは考え込む。

 帝国に帰っても罪人扱いなら、いっそ王国に隠れ住むのも手だ。精霊の研究が出来るならセイリットはどこに居てもいい。幸いこの大陸には魔人が密かに住む村がある。いかに帝国騎士であろうと、王国にまでは捜しに来ないだろう。何も事情を知らない村に入り込めば安全に逃亡生活を送れる。

 よし、キルデス辞めよう。とセイリットが思った時だった。


「やれやれ、面倒だ。バレているなら力尽くでいいだろう」


「ボンマやめっ――」


「〈生命掌握(ライフトキル)〉」


 背負っていた斧に手を伸ばしたボンマの敵意を感じ取り、エルが迅速に魔法を行使した。

 セイリットは目を見開く。エルが使ったのは生命属性上級魔法〈生命掌握〉。


 生命属性魔法を極めた者しか扱えないと噂されており、一流の魔法使いでさえ使い手が滅多に居ない魔法だ。その効果は命の支配。仮に重病や寿命で死の淵に立たされても、〈生命掌握〉の効果が維持される限り死なない。逆に即死させることも出来る。つまり、どんな生物の生死も思いのままに操れる。攻撃手段の少ない生命属性魔法において、どんな属性魔法をも上回る凶悪さを持つ攻撃である。


 無防備に〈生命掌握〉を喰らったボンマは一瞬で生命活動が止まり、地面に倒れ伏した。

 まさに必殺の魔法。精霊にも魔法にも詳しいセイリットであっても対抗手段がない。


「……存外、早く正体を現しましたね」


「わ、分かっていたのですか。私達が、皇女の命を狙っていると」


「いいえ。確信はありませんでしたよ。そちらが武力行使に出るまではね」


「……賢しいお婆さんですね。私、皇女殺しに積極的じゃないので見逃してくれたり、しません?」


「二度とここに近付かないと約束してくれるなら」


「感謝しますよ。その甘さに」


 エルが心変わりする前にセイリットは素早く退散する。

 仲間だったアフロの遺体を持って帰る余裕はなく、焦って王都を出て行った。



 *



 敵が去った孤児院の入口でエルは呼吸を乱し、両膝を付いてしまう。

 焼けるように胸部が熱い。温かいものが喉を逆流して、咳と共に吐き出す。

 右手で口元を押さえて激しく咳き込んだ後、手を離して見てみればべっとりと血が付着していた。様子がおかしいことに気付いた子供達が駆けて来て、心配の表情で声を掛けてくる。それにエルは「大丈夫よ」と強がりを言い、心配を掛けないよう立ち上がる。


 生命属性で最も扱いが難しく、下手すれば自滅しかねない奥義。〈生命掌握(ライフトキル)〉。

 上級魔法を難なく使いこなすエルでさえ、この魔法を扱いきれず肉体に激しい負荷が掛かる。もっと若く健康な体なら二発程度は反動なしだろうが、今の年老いた体では一日一発が限度。もし連続使用したりすれば確実に命を落とす。


「まさか、王都にまで敵が来ているなんて……アリーダ達は大丈夫かしら」


 アリエッタの境遇、帝国大臣の計画については数日前にアリーダ達から話された。

 どこに居るか分からない刺客が孤児院にやって来る可能性を考慮して、危険があるなら知らせた方がいいとエルに全て打ち明けてくれたのだ。その時にアリエッタから聞いた父親の名前を今回は活用した。皇帝と知り合いだとアピールしたり、既に計画を皇帝に伝えたように言ったり、嘘を交えて相手を動揺させて正体を確かめようとしたのである。


 本格的に動き出した刺客の存在で不安になるエルは、仕事で王都を離れたアリーダ達に思いを()せる。


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