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44 指切り


 ヒュルス王国の王宮、その玉座の間で黄緑髪のふくよかな中年男性が叫んでいる。


「まだミルセーヌは見つからないのか! 消息を絶ってもう十日だぞ!」


 黄緑髪の中年男性はヒュルス王国国王であるグンダム。

 最愛の娘である第一王女ミルセーヌが十日前に行方不明となり、騎士団に捜索を続けさせているが今だに手掛かり一つも入手出来ない。行方を眩ます前はギルドマスター代理であるアンドリューズ、いつもの護衛騎士達を連れて王国資料館へと足を運んだことが分かっている。護衛騎士の証言から、共に行方を眩ましたアンドリューズが怪しく、王女誘拐の疑いを掛けられずにはいられなかった。


「お気持ちはお察しします、グンダム様」


「サーラン。お前なら分かるだろうな、余を今まで支えてくれたお主なら」


 傍に立つ大臣サーランの言葉にグンダムは深い息を吐く。

 グンダムの心は荒み、王妃であるセリアは精神的ショックで体調を崩して寝込んでいる。

 ミルセーヌは跡継ぎとしても大切にしていた一人娘。王妃セリアは体が弱く、出産して無事なのは奇跡とすら医者が言ったくらいだ。二度目の出産は危険すぎるとのことで跡継ぎを増やすのは諦め、グンダムは王になるための全てを一人娘に叩き込んでいる。貴族からはまだ子供が必要だと言われてきたが、グンダムはミルセーヌ以外に王位を継がせるつもりはない。そんな一人娘が行方不明になれば親としても王としても大きな不安を抱えてしまう。


「殆どの騎士に探させているというのに、なぜ情報の一つも出て来ないのだ」


「上手く隠れているのでしょう。しかし、まさかアンドリューズがミルセーヌ様を誘拐するとは、いったい何が目的なのでしょう。彼は確か孤児院出身でしたし、目的は金でしょうか? 孤児院の維持には莫大な費用が掛かりますからな」


「知らん、余が知るわけなかろう。アンドリューズから直接聞くしかあるまい」


「……もしや、アンドリューズは魔人だったのではないでしょうか」


 サーランの発言を聞いたグンダムはギョッとした顔になる。

 魔人には苦い思い出がある。かつて帝国から和平に繋がると言われて受け入れた魔人達が、戦争を仕掛けるための駒だったという裏切られた過去。信じた自分がバカだったと、和平の道を閉ざすことになった原因の事件。今もどこかで暴れているクビキリは例外だが、王国領に居た魔人は事件時に全員始末したはずだ。事件よりも前から、国民名簿に名が残るアンドリューズが魔人というのは考えづらい。


「何をバカなことを……! 魔人の仕業だったなら、余は戦を仕掛けてしまうかもしれん」


「意外と、それが狙いだったのかもしれません。彼は人間にしか見えない外見でしょう? デモニア帝国では容姿が人間に近すぎると差別されるらしいのです。国を追い出された魔人が、帝国を滅ぼすために王国を利用しようとしたのかも」


「……そうか、その可能性も、あるな」


 代理とはいえアンドリューズはギルドマスターの地位に就いている。そんな男が金のために王女を誘拐したとは考えづらい。仮に金が欲しかったならグンダムに意見してくれればいいし、冷静かつ大胆なアンドリューズなら実際にそうする。どんな理由で誘拐したのか考え続けてきたが、サーランの推測が一番ありえそうだと思ってしまった。


「グンダム様、一つご提案がございます」


「何だ。申せ」


「国民に対して『指切り』を実施しましょう」


「なっ、指切りだと? かつて戦争で行われた、魔人の諜報員を見破る策か」


「さすが博識でいらっしゃる。ええ、その、指切りです」


 魔人誕生は遥か昔、人間とモンスターが交わって生まれた説が濃厚である。そのため人間に近い容姿を持つ魔人が生まれるとされているが、そんな魔人が戦争でやることといえば諜報活動が主だ。人間に近ければ近い程、人間に紛れて味方を演じられる。味方に紛れられると厄介極まりない。そこで魔人を炙り出すために戦時中行われたのが『指切り』である。


 見た目こそ人間でも中身を似せるのは不可能。モンスターの遺伝子が変化を引き起こしたのか、魔人の骨は黒い。例外はない。戦時中、味方を信用するために互いの指を切り落とし、骨の色を確認するのが『指切り』だ。実際に指切りが行われた戦時中、十五人もの諜報員を見つけ出せたと書物に記されている。


「魔人の骨は黒い。骨の色を見れば一発で判別出来ます」


「しかしやる必要があるか? 回復魔法で治すとはいえ痛みを伴う過激な策だ。余の民にはやらせたくない。何故指切りなどやろうと思ったのだ? サーラン、お主の優秀な頭脳には助けられてきたからな。お主の考えを聞かせてくれ」


「アンドリューズのように、帝国を滅ぼしたいと願う魔人はまだどこかに居るはず。他にも帝国での生活が苦しい者や追放された者が、王国の民として暮らしているかもしれません。奴等は何をするか分からない。早めに手を打っておきたいのです」


「……仮に潜んでいれば、また同じことが起こるかもしれぬと?」


 真剣な顔でサーランは頷いて肯定した。


「……民や娘の安全のためには多少の荒さも必要か。いいだろう、許可する」


 指を切って骨の色を確かめる。言葉にすれば簡単に聞こえるが強い痛みを伴う。

 本来なら国民に痛い思いをさせたくないが状況を考えて強気な策も必要とグンダムは感じた。


「ありがとうございます。では、早速部下に指示を出しましょう。フェルデス! 入れ!」


 玉座の間の扉が開き、中性的な顔をした白い長髪の男性が入って来る。


「ん? サーラン、この者は確か、コエグジ事件の時に指揮を執っていた男ではないか?」


「よく覚えておいでで。この者はフェルデス、今は騎士を辞めて私の部下となっております」


「ご機嫌ようグンダム王、サーラン大臣。話は聞こえておりました。迅速に指切りを実行致します」


 張りついた笑顔でフェルデスは頭を下げ、グンダムに見えないよう笑みを深めた。

 やると決めてすぐに実行出来るわけではない。まずは立場ある者から国民に説明して、指切りの重要性を伝える必要がある。実行前の準備に二日は掛かるだろう。説明を聞いた国民は疑心暗鬼になる可能性が高いので迅速に終わらせなければいけない。大変かつ責任重大な仕事となる。


「魔人を発見し次第、その場で殺害してもよろしいですね?」


「え、いや、可能なら捕縛してほしいのだが……」


「はい。出来る限り努力しましょう」


 責任重大な仕事を任されたフェルデスはそう言って、笑顔で玉座の間から去った。

 彼の心にあるのは責任感……ではなく、抵抗する魔人達と戦える喜びだけだった。


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