42 出会い
見知らぬ洞窟の中で寝ていたクビキリは目を覚ます。
「……寝ていたのか? 俺は、確か」
上体を起こしたクビキリは自身の記憶を探る。
ギルド所属のアリーダ・ヴェルト、ジャスミンの二名と戦ったが逃走。逃げた先で妙なパワーアップをしていたフセット・ポラミアンから襲われ、彼女からもなんとか逃げた。そこで記憶は途切れているので逃走後に何があったのか分からない。洞窟にやって来て眠った記憶は一切ない。
不思議なことに複数箇所の骨折や火傷は完治していた。
生命の微精霊達に回復を早めるよう念を送ったとはいえ、完治に二週間以上は掛かるはずだった。まさかそんなに寝ていたわけがないので何故だと疑問を抱く。
「――あ、良かった。目が覚めたようですね」
知らない女性の声を聞いたクビキリは洞窟入口側に顔を向ける。
地味な茶色のレザードレスを着た、赤い長髪の女性が洞窟入口側に立っていた。
「誰だ貴様は」
「ありゃ、それが命の恩人に対する言葉遣いですか?」
「命の恩人だと?」
「私が回復魔法を使わなきゃあなたは野垂れ死んでいましたよ。恩人でしょ、私」
現状の謎が一つ解けた。自然治癒ではなく回復魔法なら早く完治して当然だ。
「……なぜ俺を助けた。魔人である、この俺を」
「理由なんか要ります? 死にそうな生物がいたら普通助けますよ」
クビキリは赤髪の女性が不用心、もしくは強い善性の持ち主だと思う。
「不用心だな。助けた者が殺人鬼だったらどうするつもりだ?」
「あなたのような、ですか? 殺人鬼のクビキリさん」
「……知っていて助けたのか」
「気付いたのは助けた後ですけどね。手配書が出回っていますから気付きますって」
赤髪の女性の言う通り、クビキリは手配書が各地に貼られている。額に目があり、側頭部からは角が生えているなんて特徴、他には滅多に居ないので気付いて当たり前だろう。分かったのならもう放っておけばいいものを、わざわざ目覚めるまで待ったのは肝が据わっている。殺人鬼だと分かったなら殺される前に離れようと普通は思う。やはり彼女は不用心だ。
「あなたが殺人鬼でも、私は逃げる必要性を感じなかったんですよ。あなたは騎士団とギルドの人間しか命を奪っていない。一般人の私は襲われないだろうなあ、と思いましてね。まあ念の為に武器は預かっていますけど」
「認識は合っているが危うい思考だな。武器がなくても貴様程度殺せる。だが安心しろ、貴様は殺さん。治療してくれたのは感謝しているし、貴様の言った通り一般人は殺さない。だから武器は返してもらおうか」
「ですよね。私の考えは正しい。……とすると、やはりアレは模倣犯か」
赤髪の女性が背負っていた刀を差し出してきたのでクビキリは手に取る。
「何の話だ」
「ナステルという村の住民が皆殺しにされた事件が発生しましてね」
ナステル村といえばコエグジ村と交流があった場所だ。昔、クビキリも村人に数回会って話したことがある。コエグジ事件後は村人が魔人嫌いになったので会っていないが、皆殺しにされたと聞けば驚かずにはいられない。
「被害者は全員首を斬られていたそうで、世間ではあなたの仕業だという噂が広がっています。被害の拡大を防ぐため、騎士団はこれまで以上にあなたを血眼で捜すでしょうね」
「模倣犯、か。そんな奴が居るのなら一人で出歩かない方がいい。貴様は帰れ。俺もここを離れる」
洞窟から出たクビキリはビガン大陸の端の方にある名もなき村を目指す。
もう近寄らないと決心していた村。久しく話を聞かなかったため頭の隅に追いやっていた。しかし、アリーダがクビキリの真名を村長から聞いたと告げていたので、急に思い出して心配してしまった。コエグジ事件の時のように襲われていないか、誰か死んでいないか、そんな同胞への心配。大袈裟かもしれないがそれだけ大事に思っているということだ。
六年ぶりに村へ帰ろうという今だが、クビキリの後ろには先程の女性が居る。
帰れと言い放ったはずなのに彼女はなぜかクビキリの後を追って来る。
「……なぜ付いて来る」
「いやー、実は私も指名手配されていて帰る場所ないんですよねー。だから指名手配犯同士、一緒に居てくれたら心強いなと思いまして。私ってば、少しは武の心得がありますけど腕に自信がありませんので。あ、これが私の手配書です」
赤髪の女性が一枚の紙、手配書を見せてきたのでクビキリは一応見る。
名前はルピア・ミント。似顔絵から彼女で間違いない。余程の大罪を犯さなければ指名手配などされないはずだが、彼女がそんな悪人だとは全く思えない。武の心得があると言うわりに細身で、動きや雰囲気からも全く強さを感じられないので、クビキリのような連続殺人犯ではないだろう。騎士にでも襲われればひとたまりもない彼女にとっては、騎士と戦える者と行動を共にした方が安全だ。……だからといってクビキリが守ってやる必要はない。
「何をやらかした?」
「私は何も。両親が王国上層部の重大な秘密を知ってしまいまして、共に暮らす私にも知られたと思っているんでしょう。ですが王国が危ないこと程度しか私は分かっていません。大した情報を持っていないのに指名手配されて……最悪ですよ」
クビキリはルピアに「親は」と言い、その後の言葉を喉につっかえらせる。
親が生きているなら単独行動していないだろう。クビキリに付いて来る必要もない。
「親は騎士に殺されました。今は十年前に家出した姉を捜しています。姉は姓を捨ててどこかで生活しているはずです。世間的には死亡扱いになっているので、指名手配されることはないでしょう。今更家の問題に巻き込むつもりはありませんけど、せめて両親の死くらいは伝えてあげたいんです」
「俺に付いて来たところで姉は見つからんぞ。去れ」
「えー、同行させてくださいよー。私達指名手配犯仲間じゃないですか」
「……嫌な仲間だな」
「どこに向かうんですか?」
ルピアからの問いに答えずクビキリは歩を速める。
「あ、無視!」
ルピアがクビキリから離れることは今のところなさそうなので説得を諦める。
本当は同行してほしくない。自分を治療してくれたルピアには恩があるが人間は嫌いだし、そもそも復讐の戦いには誰も巻き込みたくない。一人で罪を背負うために、周囲の反対を押し切って村を飛び出たのだから。
微精霊に村の位置を教えてもらいつつクビキリは進み、ついに名もなき村が視界に入ってきた。やはりルピアは離れてくれなかったので、仕方なくそのままクビキリ達は村に入り……驚愕した。
「何だ、これは。何があったというのだ」
大地は荒れ、大穴が空いている箇所があちこちにある。元々テント暮らしの難民のような生活をしていたが、テントは全て焼き払われ、村人は藁の上で過ごしていた。まるで天災にでも遭ったかのような村の変化に驚くクビキリの口は塞がらない。
「――侵入者の報告を受けて来てみれば、ザンシュルスとはな」
蝙蝠のような翼を生やした灰色髪の女性がクビキリ達の方へと歩いて来る。耳が尖っていて、瞳は赤く、口からは僅かに牙が見える彼女をクビキリは知っていた。ヴァンパイアの能力を持つ魔人、ヴァッシュだ。誰も強制したわけではないが、面倒見の良さから村人の相談役となっており人望が厚い。妹がよく相談していたのをクビキリは思い出す。
「ヴァッシュ! 何だこの惨状は、何があった!?」
「いきなり外部の人間が襲ってきてこの有様だ。住民は我の能力で出来る限り保護したが、さすがに全員は守れなかった。十三人も死者が出てしまったよ。いや、あの人間達を相手に犠牲が十三人で済んだというべきか」
クビキリは「やはり人間か」と怒り、歯を食いしばる。
隣に居るルピアは悲しそうな表情でクビキリを見つめている。
「詳細は長のところで話そう。長は君に会いたがっていたからな。……彼女は?」
「あ、私ですか? 私はルピアといいます。この村は魔人の村という認識で宜しいでしょうか」
「君も付いて来るといい。歩きながら説明しよう」
ヴァッシュは歩きながらこの村についてルピアに語った。




