41 誰が敵? 誰が味方?
エルマイナ孤児院の入口前でアリーダの叫び声が上がる。
「何いいいい! テメエもう一回言ってみろ!」
アリーダが睨みながら詰め寄った相手はモーリス。
王族護衛を任務とする騎士の一人だ。
彼は申し訳なさそうな顔をした後、真剣な目つきになって告げる。
「アンドリューズ殿がミルセーヌ様を誘拐した可能性が高い、と」
エルマイナ孤児院で各々過ごしていた時、モーリスが突然訪ねて来て状況を話してくれた。
王国の資料館で護衛騎士達はアンドリューズの手によって全員が気絶。目を覚ました後に周囲を捜してもミルセーヌは見つからず、共に姿を消しているアンドリューズが誘拐したのではないかというのが騎士団の総意。もちろん信じ難いと反論した者は居たのだが、状況から判断すると誘拐したとしか考えられない。結局全員が納得している。
「テメエの脳味噌には穴でも空いてんのか! オッサンが、ミルセーヌを攫う理由なんてねえだろうが! オッサンは、ミルセーヌを守るために同行したんだろ! 誘拐なんてするはずねえ。ギルドでのオッサンの功績、知らねえとは言わせねえ。困っている人間を助け続けているヒーローなんだ。テメエ等をぶっ飛ばしたなんて見間違いに決まってる!」
「我々も信じたくはない! しかし、状況が状況! 信じざるを得ない!」
「……モーリスさん、アリーダ」
孤児院入口前で討論中の二人に声を掛けたのはエルだ。
庭に居た彼女は、怯える子供達を守るように両手を広げている。
「子供達が怯えています。話の続きは客間でお願いします」
「申し訳ありませんエルさん」
「……すまねえシスターエル。それと、アンタも。つい頭に血が上っちまって」
素直に謝った二人は客間に行く。重要な話なのでアリーダは仲間も集めた。
王女失踪の件を話されたアリエッタ、イーリス、ジャスミンは全員が驚いていた。
「……話は分かりました。その、お城は大丈夫ですか? ミルセーヌ様が失踪したとなると混乱されているのでは」
アリエッタの質問にモーリスは「ええ」と頷いて肯定する。
王女が失踪するなど初めてのことだ。両親は当然として、騎士団が混乱するのも仕方ない。護衛騎士達は叱咤され、罵声を浴びせられ、ミルセーヌ捜索に命懸けで取り組むようにと国王から告げられた。騎士団はほぼ全員で捜索に動かなければならない。今は王女失踪を王宮内と関係者以外には隠しているが、事が重大なだけにどこかから情報は広がるだろう。貴族やギルドにまで広がればもう拡散は止まらない。国民に不安が広がる前にミルセーヌを見つけたいところだ。
「国王様も王妃様も酷く狼狽えている。騎士団も、アンドリューズ殿と関わりがある者は多いから動揺している。今日か明日、ミルセーヌ様が見つからなければおそらく、アンドリューズ殿は指名手配されてしまうだろう」
「さっきの、護衛騎士をオッサンが倒したってのは本当なんだよな?」
「事実だ。この目で見ている。応戦はしたがね、力が違いすぎて倒された」
先程はアリーダも冷静ではいられなかったが、冷静に考えればアンドリューズが一番怪しいのは分かる。国王も、騎士団も、アンドリューズが誘拐したと疑っていない。指名手配されるのも時間の問題。今となっては早くミルセーヌが見つかるのを祈るしかアリーダ達には出来ない。
「どう思うアリーダ。アタシ、ギルマス代理を信じられなくなりそうだ」
「ジャスミン。俺は……オッサンを信じるぜ」
「だけど状況は」
「血は繋がってねえがよ、家族なんだ。家族のことを俺は最後まで信じる。誘拐したとしても何かしら事情があるはずだぜ」
信じたいのもあるがアンドリューズの行動で不可解な点がある。
アンドリューズが誘拐したとしても、なぜ資料館で誘拐したのか。ギルドのマスタールームで二人きりになる時間があったのに、わざわざ護衛騎士達と戦うことを選んでまで資料館で動く理由はない。もしかすればそうせざるを得ない状況だったのかもとアリーダは思う。
「すまないが俺は王宮に帰らせてもらう。関係者への報告は済んだし、ミルセーヌ様捜索で忙しくなるのでな」
「ああ。わざわざ知らせてくれてありがとうな、モーリスさんよ」
モーリスは客間から出て行き、部屋にはアリーダ達が残る。
「……あと少し休むつもりでいたが気が変わった。お前ら、仕事をしながらミルセーヌを捜すぞ」
「そうですね。捜す当てがありませんし。仕事をしながらなら私達の目的にも近付けます」
「じゃあ早速ギルドだね。仕事はなるべく強いモンスター討伐が良いなあ」
アンドリューズか第三者が誘拐したとしても、ミルセーヌが自分から失踪したとしても、どこに行けば居るなんて当てがない。地道に捜索するしかないのだ。しかし王女捜索だけに集中すると、ギルドでSランクに認められるという目的に近付けないのでそちらにも取り組む。アリエッタを帝国へ帰らせるためには一刻も早く、スモーラ大陸への通行許可が貰えるSランクにならなければならない。
依頼を受注するためにギルドへ向かったアリーダ達は少し変わったことに気付く。
「……そういえば、ギルドの人間、最近減ったよな」
「クビキリにターゲット認定されたくなくて脱退する人が居るらしいよ」
ジャスミンの言葉にイーリスが「……クビキリ」と反応する。
「今更脱退しても無駄なのにね」
「無駄……? どういう意味ですか?」
「どうも最近のクビキリって見境なく殺しまくってるらしいんだよ。聞いた話だけど、ナステル村ってとこの住人は皆殺しにされたとか。騎士団やギルドの人間なんて一人も居なかったらしいのに酷い話だろ?」
村一つ、しかも一般人が皆殺しにされたと知ったアリーダ達は「なっ!?」と驚く。
ナステル村といえばアリエッタの正体がバレて窮地に陥った場所だ。酷い目に遭った場所の住人とはいえ、何の罪もないのに殺されたとなると村人を可哀想に思う。これでアリエッタの正体を知る部外者は消えたわけだが喜べない事件だ。
「奴め、墜ちるところまで墜ちたか……!」
「おいジャスミン、それって本当にクビキリの仕業なのか?」
「さあ。ただ、村人の首が斬られて並べられていたらしい。殺害方法は一緒だろ」
「……酷いですね。常軌を逸しています」
殺害方法が一緒でもアリーダは何かおかしいと考え込む。
クビキリの目的は間違いなく、村を襲った騎士やギルドの人間への復讐だ。褒められたものではないが信念はある。今まで決してそれ以外の人間を殺したりしていない。恐ろしくて信じたくないが可能性が一番高いのは模倣犯だ。その推測が外れ、やはり本人なのだとしたら、何か心境の変化があったのだ。
「……まさか、俺のせいじゃねえだろうな。俺なんか言ったっけえ?」
「何か言ったかい?」
「い、いやなんにも言ってないぞ。俺はなんにもやってないぞ」
「その慌て方……犯人」
「おいおい怒るぜさすがに。冗談でもそんなこと言うなって」
どちらにせよ、首を斬って殺すなんて異常者のやることだ。
またアリーダかジャスミンを狙って来るだろうクビキリを捕まえるのも忘れてはならない。




