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40 行動


 ギルドへ行くためにアリーダ達が客室から出ようと決めた時、客室の扉が開く。

 いきなり開いた扉に警戒の目を素早く向けたアリーダ達だったが、客室への侵入者は修道服を着た老婆。この孤児院の主であるエル・トットフィードだった。認識してすぐアリーダ達は警戒を解き、力を抜くと同時に息を吐く。


「なんだシスターエルかあ」


「私では嫌でしたか? まあいいでしょう。帰って来てくれたのは助かりました」


「あーいや、これからギルドに行くからまた出て行く」


「そのギルドの責任者から伝言を頼まれたのですよ。ギルドに行っても、一度家に帰れと受付嬢さんから伝えられるだけです」


 ギルドの責任者といえばマスター代理のアンドリューズしかいない。

 なぜ実家である孤児院の経営者に伝言を残したのか不明だがとりあえず聞くことにする。


「オッサンが? なんて?」


「仕事は私が代わりに引き受けた、とだけ」


 アンドリューズの考えとは自分が依頼を受けることだと知り、アリーダ達は少しの間何も言葉を発せられなかった。まさか多忙なギルドマスター代理である彼自身が行動するとは思わなかったのだ。特に彼のことをよく知らないイーリスとアリエッタはかなり驚いている。


「だ、大丈夫なんでしょうか。アンドリューズさん」


「心配ねーよアリエッタ。オッサンは強い。一時期はSランクパーティーを率いるリーダーだったんだぜ」


「Sランク……なるほど、それなら心配無用かもしれませんね」


「だが引退してからかなりの年月が経っているのだろう? 今でも戦えるのか?」


「うーん、それは分からねえけど平気だろ。オッサンはすげー男だからさ」


 アンドリューズといえば、エルマイナ孤児院では一種の英雄的扱いをされている。

 幼い頃から戦闘の才を発揮した孤児院の兄貴分であり、ギルドに加入してからは活躍を重ねてあっという間にSランクに昇級した。孤児院よりも大きな体のモンスターを単独撃破、数々の難しい仕事をSランクパーティー最速でこなす等々、多くの武勇伝を孤児院の子供達は聞かされる。アリーダもその一人でアンドリューズへの信頼が厚い。


「その仕事というのは、やっぱり危険なものなの?」


 エルが心配そうな目をしながらアリーダに問いかける。


「ん? まあ、敵が来たら危ねえかな」


「……そう。あの子、まるで最後のお別れをするような目をしていたわ。心配ね」


「大丈夫大丈夫、オッサンなら無事に帰って来るって! 揚げ物料理好きだし材料買って待ってなよ」


「最近は唐揚げ食べて胃もたれするらしいし、作るなら別の料理にするわ」


 まだ不安を顔に出したままのエルは客室から出て行く。


「どうしましょうか。ギルドに急いで戻る理由はなくなりましたけど」


 アンドリューズもミルセーヌも出発したようなので、アリエッタの言う通りギルドに戻る理由がなくなった。待たせる者も居ないから普段通りに動ける……とはいえ、今日の出来事はアリーダの精神を疲弊させている。


「今日は色々あって疲れた。三日くらい休んでからいつも通り仕事するか」


「三日も……? あ、そ、そうですよね。しっかり休んでください」


 過去パーティーのリーダーの死を知らされ、さらにはクビキリとの死闘。第三者の助けがなければ死んでいた事実。これらはアリーダを疲れさせるのに十分すぎる。三日を長いと思ったアリエッタはすぐ思い直し、アリーダを気遣って三日の休息を受け入れた。


「なあアリーダ、一つ相談があるんだけどさ。アタシもそっちのパーティーに入れてくれないか?」


 ジャスミンからの提案にアリーダ達は少し驚く。


「何言ってんだよ。良いのか? 俺は助かるけど」


「タリカンは死に、フセットは行方不明。リーダーが死んだら他の誰かがリーダーになるから、消去法でアタシだろう。勝手ながら『優雅な槍(レフィナドン)』は解体とする。アタシはこれからフセット捜しも兼ねて修行の旅に出るつもりだったんだが、気が変わった。フセットを捜すのは変わんないけど、アタシはまたクビキリと戦いたい。アンタと行動を共にすればまた会えそうじゃん。予感があるんだよね、あいつはアンタを狙うって」


 知る限り格闘戦最強クラスの戦闘能力を誇る女性なので、パーティーに加入してくれるのは戦力増強になって非常に助かる。既にメンバー全員と知り合いで接しやすいのもポイントだ。入る動機はともかく、アリーダとしては断る理由がない。


「はっ、こりゃ心強い味方が加わってくれたな。良いよ歓迎するぜ。ようこそ『アリーダスペシャル』へ」


「……えっ、名前だっさ」


「何だとおおおお! 名前がダサいだとおお……はぁ、改名しようかなあ」


 パーティー名に自信がなくなってきたアリーダはこれからのことを考える。

 生きているならクビキリはまた襲いに来るはずだ。ジャスミンが仲間になってくれたのは心強いが、一人の時に襲われたら結局今日のように死にかける。クビキリのような強敵に対抗するには新しい力が必要だ。武器、技術、作戦、何でもいいが新しいものが必要なのだ。手っ取り早く強くなれないかとアリーダは方法を探し始める。




 * * *




 王都から少し離れた森の奥に地味な館が存在している。

 王国の王族、そして許可を得た人間しか入れないとされるそこは王国資料館。現在に至るまでの重要な資料、表に出せない事実、暗い歴史、王国に関わる情報なら全てがそこに詰まっている。閲覧すれば全てを知れると言っても過言ではない場所だが滅多に来訪者は居ない。場所どころか存在を知る者自体が極一部である。


 そんな資料館の本棚に囲まれた一室でミルセーヌは五枚程の紙束を読んでいた。

 机の上に出された様々な紙の資料や本は既に目を通した物だ。


「……どういうことなの?」


 紙束はコエグジ事件の報告書であり、当然事件に関わった者の名前が記載されている。それ単体で見ればおかしなところはない。しかし机に出しっぱなしにしている本、騎士名簿と合わせて見てみると異常さが浮き彫りになる。


「おかしい。コエグジ事件で魔人討伐任務を担当した騎士の内、五十人が事件後に騎士を辞めているなんて。それに残った騎士十二人は事件後から今までに全員が死亡。偶然にしては異常すぎる。意図的なものを感じるわ」


 騎士の死因までは名簿に書かれていないので分からないが、仮に口封じとして誰かに殺されていたとしたら非常に恐ろしい。退職率も異常だ。過酷な仕事をしたら辞めたくはなるだろうが、五十人も辞めるなんて異常すぎる。騎士となった者なら過酷な任務も覚悟しているはずだ。それとも退職してしまう程、想像を絶する大変さだったのだろうか。コエグジ事件を経験していないミルセーヌには分からない。


「……一応、国民名簿も探してみましょう」


 国民名簿を見れば国民一人一人の生死が分かる。

 本棚を隅から隅まで探したミルセーヌは「あった」と呟き、国民名簿を手に取る。

 ページを捲って中身を見てみると、全員ではないが騎士を退職した者の中にも既に死者がいた。人数は少ないことから事故や病気という線も考えられるが不穏だ。何か、得体の知れない何かに首を突っ込んでいる感覚をミルセーヌは味わう。


「騎士を辞めた者の中で三人だけ死亡している。これは偶然……いえ、決めつけるのは早いわ。当時の状況を理解するための情報がまだあるはず、探さなくては。その前に騎士名簿と国民名簿は片付けて……え? はっ、これ、嘘、気付かなかった」


 騎士名簿を見てミルセーヌはとあることに気付く。

 浮かんだ疑惑を確信に変えるためにページを捲って確認していく。


「……信じられない。事件後に生き残っている騎士、四十七人全員、事件前日に騎士になっている。しかも当時の魔人討伐隊の隊長まで前日に騎士になった人だわ。そしてその全員が事件直後に騎士を辞めている。……偶然じゃなかったんだわ。明らかに、誰かに仕組まれている」


 コエグジ事件参加者で事件後から今まで生き残っている騎士は全員、事件前日に加入して事件直後に脱退。これが意図的でないなら何と言うのだろうか。奇妙な事実に気付いたミルセーヌの鼓動が速くなる。


「隊長の名前はフェルデス。この名前、城で聞いたことがあるような。……直接会うのは危険よね。まずはフェルデスについての情報を些細なことでも集めなければ。お父様や大臣なら何か知っているかしら」


 さすがの資料館にも特定の個人について詳しく書かれた資料はない。分かることといえば、国民名簿に書かれている生年月日や親の名前くらいなものだ。一応それらを確認はしたが引っ掛かりは何も感じなかった。

 知りたいことは知ることが出来たのでミルセーヌは資料部屋を出る。


「みんな、一旦城へ帰り……え!?」


 廊下に出たミルセーヌは目を見開く。

 護衛のために部屋の外で待機していた護衛騎士八人全員が倒れていた。

 見た限りでは出血していないが気絶しているのか、まさか死んでいるのか。

 信じたくない光景にミルセーヌは戸惑ってしまう。


「何があったの!? モーリス、起きてモーリス、みんな!」


「――この状況で大声を出すものではありませんぞ、ミルセーヌ様」


 一番近くに倒れていた騎士の肩を揺らしていると背後から声を掛けられた。

 ミルセーヌが振り返った先に居たのは一人の男。茶髪のオールバックと左目の眼帯が特徴的な彼は、今回特別に護衛として参加してくれたギルドマスター代理であるアンドリューズだ。彼だけは無傷で立っている。


「アンドリューズさん! あなたは無事だったのですね、良かった。そうですね、大声を出してはいけませんでした。モーリス達が倒れているということは侵入者が来たということ。今は居ないようですがまだ油断は出来ません。一刻も早くここを脱出しなければ」


「侵入者は居ません。彼等を倒したのは私ですから」


「……何の冗談を」


「申し訳ありませんがこういう指示ですので」


 アンドリューズが高速の手刀を繰り出し、ミルセーヌの首に直撃する。

 元Sランクの肩書きに恥じない攻撃。ただの王女が反応出来るはずもない。

 当て身を喰らったミルセーヌは意識を失って床に倒れそうになるが、倒れ伏す前にアンドリューズが抱えて持ち上げる。その後、モーリス達護衛騎士を一瞥してから資料館を去って行った。



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