4 魔人への恨みねえ、必死に新種のモンスターぶっ倒したと思ったら面倒事に足を突っ込んじまったな。だが助けるぜ、子供を見捨てるなんざ気分悪くなるだけだからな。責任なら俺が取りゃいいだろ
新種と思われる巨大針鼠を倒したアリーダは重傷の怪我を負った。
女剣士が回復魔法を使えると言うので、体に複数刺さった棘を抜いて治してもらう。
「〈超治癒〉」
アリーダは薄緑の光に包まれ、傷口が塞がっていく。
生命属性中級魔法のおかげで左足の捻挫含め傷は短時間で治った。
体を動かして調子を確かめるアリーダに女剣士が頭を下げる。
「ありがとう。結果的には君に救われた。私はギルドに所属するイーリスという者だ」
「おお、俺の名はアリーダ・ヴェルト。俺もギルドで働いてんだ、今はCランクだけどな」
「そうなのか、私もCランクだよ」
イーリスが首から下げている銅のネックレスを見せるので、アリーダも同様に所持していた銅のネックレスを見せた。
名前が書かれたプレートが付いているネックレスはギルド所属の証。
プレートはランクごとに色で分けられており銅はCランクを意味する。
銀はB。金はA。虹がS。白が事務などを行う職員となる。
「しかし運が良かったな。偶然崖が崩れてこなければ死んでいたぞ」
「おいおい、俺は運任せの策なんて練らないぜ」
「何、まさか君が崖を崩したとでも言うのか? どうやって?」
「〈砂生成〉って魔法は知ってんだろ。あれを使ったんだ」
アリーダは崖崩しの種を明かす。
下級魔法〈砂生成〉は鉱物を細かい砂に変えるか、砂を生み出せる土属性魔法。
利用すれば大地の一部を狙った部分だけ砂に変えることが出来る。
崖崩しは崖の一部を砂に変え続けて脆くすれば容易に行える。
容易と言っても大地を砂に変えて掘り進めるような方法なので時間は掛かるし、予め準備しておいたとしても崖を崩す場所まで敵を誘導しなければならない。非常に面倒なので戦闘向きな戦法ではないが、決定打を与えられないアリーダにはあの方法しかなかったのだ。
崖の上で戦闘を観察している時、既に崖崩しの準備を行っていた。イーリスがピンチになったため中途半端な状態で放置したが、巨大針鼠が突進してくる直前でなんとか準備を終わらせた。
「〈砂生成〉をそのように使うなど聞いたことがないな」
「俺に惚れてもいいんだぜ?」
「……君がバカなのは少し分かったよ」
助けてもらったことにイーリスは感謝しているが惚れる要素は一つもない。
崖から飛び降りて捻挫。意気揚々と仕掛けた攻撃は効かない。目潰しなど全体的に卑怯さが滲み出ている戦闘方法でマイナス要素が大きい。挙句の果てに鎧が砕けて黒のインナーシャツ姿になったイーリスに邪な目を向けてくる。鎧で押さえつけていた豊満な胸部が解放されたせいか、話の最中何度も目線が胸の方へと下がっていた。
「おっと、そういや俺も聞きてえことがあったんだ。あのモンスター、ありゃ新種か? あんなモンスター今まで見たことがねえ。新種をギルドに持って行けば報酬が貰えるのは知っているよな。俺とお前で報酬を分けるとして、トドメ刺した俺が八割貰っていいか?」
「……そうだ、戦いに夢中で忘れていた。私があのモンスターと戦っていたのは、あのモンスターが少女を襲っていたからだった。生存しているか不明だが確かめに行かなければ。治療にしろ埋葬にしろ急ぐ必要がある」
真剣な表情でイーリスはどこかへ走って行く。
「えっ、ちょっ、おい! ああもう、せめて質問に答えてから行けよな」
質問の答えを聞くためにアリーダは彼女の後を追う。
崖に沿って走って三分程。大きな岩陰に一人の少女が倒れているのを見つける。
「見つけた、あの少女だ。早く治療しなければ」
黒い長髪の少女は高貴そうなドレスを身に纏っているが所々破れていた。
体は出血している箇所があり、特に頭部からは血溜まりが出来る程に血が流れていた。
「げっ、ひ、ひでえ出血だぞ。こんなチビにひでえことしやがる」
穴だらけのドレスからして襲ったのは先程のモンスターだろう。
無惨な状態の少女を見てアリーダは怒りを感じるが、今は生死を確かめるのが最優先。
確認のため少女の首に人差し指と中指を当てて脈を調べると動いていた。
生存が分かったアリーダは「生きているぞ。治療は間に合う」と喜ぶ。
自分も生命属性の回復魔法で治療を手伝おうと、出血の酷い頭部に触れると奇妙な触り心地に眉を顰める。
「ん、何だ? こいつ頭に二個もコブがあるぜ。どっかに打ったのか? 何にせよ治してやらねえとな。おいイーリス、さっき俺の怪我を治したみてえにちゃっちゃと治しちまえよ。ぼさっとしてっと死んじまうぞ」
一向に治療を始めないイーリスの顔は強張っていた。
「いや、これはここで殺しておこう」
「……は? おい今何て言った?」
イーリスは急に剣を振り上げ、少女に振り下ろそうとしたのでアリーダがタックルで止めた。
バランスを崩したイーリスは三歩程よろめく。
「正気かテメエ、さっき自分が何て言ったのかも忘れちまったのか!? テメエはこいつを治すって言ったんだぜ、それなのに急に殺すだと! 頭壊れちまったんじゃあねえのか!? いくら美女だろうとガキ殺すのは許さねえぞ!」
「その子供は魔人だ」
「……魔人、だと?」
魔人とは人間の一種と言われているが特殊な体を持つ。
牙や翼などモンスターの体の一部を持って生まれた人型生命体が魔人だ。
混ざり者とも呼ばれて迫害を受けた魔人達は人間達と戦争を起こし、元々一つだった国は二つに分かれた。今では大陸すら違う場所に魔人の国があると言われている。休戦協定が結ばれたものの未だに一部の人間からの差別があり、両者が差別し合う歪な関係になっていた。
イーリスが「あれを見ろ」と指す方向、少女のドレスからは矢印のような黒い尻尾が飛び出ている。尻尾を見たアリーダは先程触れた頭部のコブが角であると理解した。魔人に角が生えているのはよくあるケースだ。
「魔人なのは分かった。で、それがどうした。早く治してやろうぜ」
「……私の父は魔人に殺された!」
「ち、父親が……魔人に?」
憎悪に塗れた表情でイーリスは語る。
「父は誇り高き王国騎士、悪の欠片もない善人だった。そんな父を魔人は……私と母の前で斬首した! 母は精神を病み、私は復讐を誓った。今はギルドで働きながら憎き魔人を捜している。私は魔人の治療など絶対にしない! 退けアリーダ、そいつの首を刎ねてやる!」
アリーダはイーリスの憎しみを理解した。
魔人という種を憎む彼女が治療を拒絶するのは当然と言える。
言葉通り少女を殺したくてたまらないだろう。
「なら引っ込んでな。治療の邪魔だぜ」
アリーダはイーリスが持つ剣の腹を蹴って彼女の手から弾き飛ばす。
身を翻したアリーダは敵意を向けられたが、無防備な背中を向けて少女の傍に座り込む。
「なぜだ、私の話を聞いても魔人を助けると言うのか」
「ああ助けるぜ。ガキ見捨てるのは俺の流儀に反する」
少女の体に触れたアリーダは「〈治癒〉」と唱えた。
生命属性の下級魔法〈治癒〉は〈超治癒〉に劣るが傷を治せる。当然下級なので小規模な傷を治すのにしか使われないし、仮に重傷を治すなら途轍もない魔力が必要になる。少女を完治させるのは無理だろうが何もしないよりマシだと思った。
弱々しい薄緑の光が少女を包むのを見守りながらアリーダは口を開く。
「目に見えないものを大事にしろ」
敵意の目を向けてくるイーリスにアリーダは続ける。
「俺の恩人の言葉さ。このガキは確かに魔人だがよ、お前の父親ぶっ殺した奴じゃねえんだろ。お前は全ての魔人が悪だと思っているらしいが、関わってもいねえこのガキの心まで分からねえはずだ。もしかしたら良い子ちゃんかもしれねえぜ?」
「……魔人が治った後……人を殺したらどうするつもりだ」
「そうならねえように監視はするつもりだ。だがもし誰か殺されたら、俺ごと斬れ」
「……分かった。しかし斬るのは魔人だけだ。監視は私も手伝おう」
イーリスの話を聞いてアリーダも何も思わなかったわけではない。
今まで会ったことがなかったし、話を聞いて魔人への印象は悪くなった。
角と尻尾が生えただけの少女が殺人鬼かもしれないとも思った。
それでもアリーダ個人に魔人への恨みはない。関わりすら持たず悪人と決めつけるのは、エルが贈ってくれた言葉への裏切りである。善悪不明の魔人を治療するのは子供を見捨てられないからなのと、エルの教えに従おうとしたからでもある。
「くそっ! やはり下級魔法じゃ傷の治りが遅いし、俺の魔力不足で回復しきれない! おいイーリスお前さっき手伝うって言ったよな! このガキの治療に協力してくれ、お前なら治せるだろ!」
「断る。手伝うのは監視だけだ。私としては魔人が死んでくれた方がいい」
「融通の利かない女だなお前! くそっ、こうなったら治せる奴の所まで運ぶしかねえ」
「知り合いにいるのか? 生命属性魔法の使い手で、中級以上の魔法を使える人間が」
アリーダは〈治癒〉の行使を止めて魔人の少女を背負う。
「俺の恩人シスターエル。あの人ならどんな怪我も治せるさ」
一応掛けた〈治癒〉のおかげで少女の傷はほんの少し治っている。
出血量も多少抑えられたので町までの移動で死ぬことはない。町に着いてからは時間的に生死の境を彷徨うだろうが、少女が完全に死ぬ前に孤児院へ辿り着ければ希望がある。エルを頼ると決めたアリーダは背中の少女を極力揺らさないようにしつつ、素早く走ってイーリスと共に町へと向かう。