38 VSクビキリ②
予想出来なかった乱入にアリーダとクビキリは二人揃って目を見開く。
「お、お前、ジャ――」
「ジャスミンだあああああああああ!」
乱入したジャスミンの蹴りにより、クビキリは右方の木々を破壊しながら吹き飛んだ。
砂道に着地した彼女は「大丈夫かい?」とアリーダの顔を見て声を掛ける。
「な、なんでお前がここに……」
「偶然だよ偶然。王都への帰り道に偶然見かけたら、アンタが殺されかけててビックリしたよ。見た感じ人間じゃなかったっぽいけどあいつ、何なんだい? モンスターというよりは人間に近い。まさか魔人か?」
「クビキリって名前はお前でも聞いたことあんだろ。あの野郎がそれだぜ」
名前を聞いた瞬間、ジャスミンの目が細くなり、倒れた木々の先を見据えた。
「……なるほど。じゃあ、さっきのがタリカンを殺した奴か」
ジャスミンはタリカンのパーティー『優雅な槍』の一員。リーダーが殺されている彼女もクビキリには因縁があるため、真剣な眼差しを遠くへ向けている。彼女が所属していた『優雅な槍』にはもう一人、凄腕の魔法使いが居たはずだが、アリーダが周囲を見渡してもその姿はない。
「フセットは一緒じゃねえんだな」
「あの人は今朝……いや、話は後にした方が良さそうだ。来るよ」
派手に薙ぎ倒された木々の方向からクビキリが高速で戻って来た。
「ギルドBランクパーティー『優雅な槍』のジャスミンだな?」
「ああ。アタシで間違いない。タリカン殺した代償は払ってもらおうか」
最初に動いたのはジャスミンだ。敵目掛けて一気に駆ける。
クビキリの刀が振るわれたが彼女は素早い身のこなしで躱し、強力な一撃を叩き込もうとしたがそれをクビキリも躱す。互いに休まず動き回り、攻撃と回避を繰り返す。身体能力や戦闘センスに殆ど差はないため、互いに決定打を与えられない状況に陥っている。
(す、すげえ、高度な近接戦。俺が割って入る隙なんかねえ)
二人の戦闘はアリーダの想像を超える程に激しいものだった。
ジャスミンと何度も喧嘩していたアリーダでも動きを目で追うのが精一杯である。
(……待て。ダメだ、最初は気のせいかと思ったが、ジャスミンが押されてやがる! あのバカげた身体能力の女ゴリラより強いってのかよクビキリは! 何か、俺が何かのサポートをしねえとジャスミンが負けちまう!)
互いに決め手が欠ける戦況の中、二人の攻撃は互いへと当たり始めていた。
ジャスミンの殴打や蹴りが掠るクビキリにも多少のダメージはあるが、刃物が掠って僅かに流血するジャスミンの方が不利である。そもそも、リーチの長い武器を持つクビキリに対してジャスミンは素手。最初から彼女に不利な戦いだったのだ。今のまま状況が変わらず戦いが続けば彼女が負ける可能性が高い。
アリーダが援護すれば彼女を優勢に出来る……が、何をするかが問題だ。
格闘戦に交ざっても邪魔になるだけなのでやはり下級魔法での援護だろう。しかし二人の動きが速すぎて〈電撃〉などの直接攻撃は味方に当ててしまう可能性がある。周りに多くの木が生えているので〈炎熱〉は危なくて使えない。先程やった〈水流〉で出した水を〈氷結〉で凍らせるのも警戒されている。現状に最も適した魔法を考えていたアリーダは一つの魔法を詠唱する。
「〈土操作〉」
地面に右手を付けたアリーダは〈土操作〉でクビキリ周辺の地面を操った。
操るといっても所詮は下級魔法。大したことは出来ないが、体重を掛ける側の足の下を凹ませてバランスを少し崩したり、土の棘を作って注意をそちらに割かせたりなど、地味に敵の邪魔をすることが出来る。やっていることは地味だがやられる側からすればかなり鬱陶しい。
「地面が奇妙な動きをして戦いづらい。貴様の仕業かアリーダ・ヴェルト!」
「だっいせっいかーい。テメエの相手はジャスミンだけじゃねえってのを忘れんなよ!」
「まったく、相変わらず悪知恵が働くねアンタは……!」
クビキリがジャスミンの蹴りを躱そうとした時、盛り上がった土があったせいで足が引っ掛かりバランスを崩す。さすがの身のこなしで蹴りは躱したものの、それからすぐに振るわれた拳までは躱せず頬に直撃した。
地面に頬から叩きつけられたクビキリに激しい乱打の追撃。
体勢的に回避は難しく、人間とは思えない高威力の拳を無数に浴びる。
何とか拳の雨から脱出した時には既に体がボロボロ。一部筋肉が裂けたり骨が砕けたり、戦闘続行不可能になる程の重傷を負っていた。それでも反撃……する前に、瞬時に距離を詰めたジャスミンから蹴り上げられる。
クビキリは高く吹き飛び……そのまま戻って来なかった。
「……ありゃ? 落ちてこねえ。おいおい、お前どんだけ力込めて蹴ったんだよ」
「やられた。勝負には勝ったのかもしれないけど、逃げられた。蹴った時の感覚が妙だったんだよ。おそらく奴は何かの手段で自分から上に飛び、蹴りの威力を受け流すと同時に加速。勢いのままに空中を移動してアタシ達から逃げた。自分が不利だと思ってからすぐ撤退を考えていたのか。勝敗を見極める目を持ってるな。六年も騎士に捕まらないわけだ」
「くそっ、追い詰めたってのにあと一歩ってところで」
「逃げられたならしょうがない。次会った時にまたぶん殴りゃいいだけさ」
空を見上げて拳を握るジャスミンをアリーダは改めて恐ろしく思う。
彼女と戦えたクビキリも大概化け物染みているが、もし武器なしで戦うことになれば彼女の圧勝で間違いない。やはり彼女は格闘戦最強、もしかすると既に人類最強かもしれない。彼女に命を狙われることになればアリーダなら恐怖で引き篭もりたくなる。
「……フセットの話だけど」
「ん? ああ、さっき何か言いかけてたっけ。あいつ、悲しかっただろうな。タリカンとは交際していたわけだしよ」
アリーダはそう言いながら砂道に落ちていた自分の左手を拾う。
「そりゃあ悲しんでたよ。泣いて部屋に引き篭もっていたんだ……今朝まではね」
「立ち直ったのか。良かったな」
ジャスミンは「違う」と首を横に振る。
「今朝、宿屋の部屋を見たら居なくなっていたんだよ。アタシはフセットを捜しているんだ。王都の中も外も捜したけど見つからなくてさ。もしかしたら部屋に帰ってるかもと思って、王都に帰る途中だったんだ。そしたら殺されかけてるアンタを見かけて今に至るってわけ」
「そうか……変なこと、考えてなきゃいいな」
大事な人間が殺されたらショックを受けるのは当たり前。時間が掛かっても立ち直れるなら良いのだが、嫌な現実に心が潰されて廃人になったり、自殺したりする人間だって世の中には多く居る。アリーダとフセットは仲が良かったわけでも悪かったわけでもないが、やはり心配にはなる。
「俺も捜してみる。あの女の服の中に鮮魚を入れて驚かせた詫びもしなきゃいけねえ」
「アンタそんなことしてたのか。プレゼントの渡し方が最低すぎるだろ」
「い、いや、あの時はまだ距離感が掴めなくて。マッドマグロが食べたいとか言ってたからつい」
さすがに反省しているので今のアリーダはそんなことをしない。
「さてどうする? 王都まで一緒に帰るかい?」
「俺はまだ帰れねえ。イーリスを捜さねえと」
クビキリとの戦闘中は考える暇がなかったがアリーダはイーリスを捜しに来たのだ。かなり戦闘で時間を取られたので、彼女はもう遠く離れた場所まで走って行っただろう。しかし、結果的には早く彼女を見つけなくて良かった。彼女までクビキリに相対していれば特攻して殺されている。
「――アリーダ! なぜここに、何かあったのか!?」
軽めの鎧を着ている金髪の女性、イーリスが木々の間から現れた。
戦闘の音を聞いてやって来たのだろう。木々がいくつも薙ぎ倒されたのだから、離れた場所にも音は届いたはずだ。イーリスにとっては残念だが、アリーダにとってはクビキリが去った後に来てくれて助かった。
「タイミングが良いんだか悪いんだか。説明するけどよ、その前に俺の左手を治してくれ」
切断された左手を右手で持っているのを見たイーリスは少し驚き、すぐに回復魔法で治療を始める。左手首がくっついていくのを眺める間、アリーダは何をどう説明すればいいか最善な答えを探していた。




