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37 VSクビキリ①


 逃げ切れないと理解したアリーダはすぐに走るのを止めて、逃走から迎撃に思考を切り替える。策をじっくり練る時間はない。とにかく自分に出来ることをやるだけだ。


「やるしかねえ……!」


 アリーダはとりあえず後ろに水属性下級魔法〈水流(ウォーターラ)〉を出しながら攻撃方法を考える。

 準備がないので手札は自分の体と下級魔法のみ。

 一先ず〈水流〉を止め、手札内で一番強力な雷属性魔法を初手で使うことにした。


「〈電撃(ボルトーラ)〉!」


 一直線にしか電気を放てない魔法だが威力、速度、射程距離は下級魔法最強。

 狙い澄まして放った〈電撃〉はクビキリにあっさり躱されてしまうが、アリーダは他の魔法に切り替えることなく〈電撃〉だけを放ち続ける。一発でも当たればいいのだ。一発当たれば感電して動きが鈍くなるのでアリーダが優勢になる。当たれと願いながら電気を撃ち続ける間、クビキリとの距離はぐんぐん縮んでいった。


「マジかよ。最低限の動きで避けやがる。だがこれならどうかな!」


 アリーダはまたしても電気を指から放つが先程とは明らかに違う。


「〈電撃〉〈電撃〉〈電撃〉〈電撃〉〈電撃〉〈電撃〉〈電撃〉〈電撃〉〈電撃〉〈電撃〉〈電撃〉〈電撃〉〈電撃〉〈電撃〉〈電撃〉〈電撃〉〈電撃〉〈電撃〉〈電撃〉〈電撃〉〈電撃〉〈電撃〉〈電撃〉〈電撃〉〈電撃〉〈電撃〉」


 狙い澄ます一発ではなく、一発一発の間隔を極限まで縮めた連続使用。

 超連続で放たれた電気は繋がり、光線となってクビキリを襲う。これも彼は容易く回避するが、今度の攻撃は指を動かすことで電気光線も動く。蛇のように曲がりくねって敵を追跡し続けるのだ。しかし連続の詠唱は呼吸する暇もないため長く続かない。


「〈電撃〉〈電撃〉〈電撃〉ゴフォゴホッ! はぁ、はぁ、くそ、これでもダメなのかよ」


 電気光線が止まった時、アリーダとクビキリ両者の距離はおよそ五十メートル。

 クビキリは腰から下げている刀を抜刀して、トップスピードのまま駆け続ける。


 彼の速度はあまりにも速く、少しでも隙がなければアリーダは攻撃を当てられない。

 せめて少しでも隙があればと考えていたアリーダは一つの言葉を思い出す。


「――ザンシュルス!」


 咄嗟に叫んだのは一人の魔人の名前。

 村を人間に滅ぼされ、妹を殺され、人間を恨んで殺人鬼となった哀れな魔人の名前。

 確かにその名前を聞いたクビキリの動きは、アリーダの首に刀を振るう途中で停止した。あと一秒でも止まるのが遅ければアリーダの頭部は胴体と別れていただろう。首の真横に刀があるのを見たアリーダは冷や汗を流す。


「……貴様、いったいどこでその名を知った?」


「へ、へっへ。知りたい? どこかの村の爺さんが教えてくれたっけなあ。後でゆっくり聞かせてやるよ〈電撃〉!」


 数十センチメートルという至近距離からの攻撃。さすがに躱せねえだろとアリーダは思っていたが、クビキリは体を捻ってあっさり躱す。至近距離から撃っても当たらない事実に冗談だろと叫びたくなる。


「貴様、あの村に行ったのか。また、人間が(おさ)達を襲ったのかああ!」


「え、いや違う。それは勘違い――」


 怒りを露わにしたクビキリが再度刀を振り直してアリーダを斬首しにかかった。

 刀が振るわれる瞬間、アリーダは後ろに跳び、最初に水属性魔法で作っておいた水たまりを飛び越える。素早い斬撃はアリーダの服の胸部分を切り裂き、切っ先が掠ったようで胸から血が滲み出ていた。


 誤解を解く間もなくクビキリが一歩踏み出して距離を詰めてくる。


「〈氷結(コルドーラ)〉!」


 クビキリが進んだ砂道にあるのは不自然な水たまり。雨が降ったわけでもないのに存在しているそれは、アリーダが最初に水属性魔法で作り出しておいたもの。それが瞬間的に凍りつく。


 再度クビキリが刀を振るった時、氷で右足が滑って狙いがずれた。

 転ぶような間抜けを晒さなかったものの戦闘では致命的なミス。

 そしてミスがあれば当然のように相手が付け入る隙が生まれる。

 刀での斬撃をギリギリで躱せたアリーダは手を伸ばし、クビキリの脇腹を掴むようにして触れる。


「零距離〈電撃(ボルトーラ)〉あああああああ!」


 渾身の魔力を込めた電流がクビキリの脇腹から全身に流れた。低音の悲鳴を「ぐおおお!」と上げていた彼の体は若干焦げて、感電の影響で白目を剥いて気を失う。気絶しても彼は地面に倒れないので、アリーダは本当に彼が気絶したのか念入りに確かめる。


「ふうううう、どうやら気い失ったみてえだな。へっ、へへへっ、はーはっはっはざまあみやがれえ! 俺を殺そうなんざ一万年早えんだよバーカ! 想定外の戦闘だったがラッキーだ。今日はアンラッキーデーじゃあねえ、ラッキーデーってわけか。この野郎を捕まえてギルドか騎士団にでも引き渡せば俺の評価爆上がりだぜ」


 笑いながらアリーダはクビキリの正面に立ち、額をトントンと指で叩く。

 世間を騒がせた連続殺人鬼はあっさり敗北した……かに思えた。


「お、おお、おおおおおおおお!」


 ――突如クビキリは意識を取り戻し、すぐさまアリーダに斬りかかる。

 油断大敵。動き出した敵を目にして「え」と驚くアリーダは斬撃を躱そうとするが、躱しきれずに左手首が切断された。地面にボトッと左手が落ちて、傷口の断面からは赤い鮮血が吹き出す。


「ぐうああああああああ!? お、俺の、俺の左手があああああ!」


 筋肉も、脂肪も、黒い骨も全てが左手首から露出したアリーダは地面に倒れてのたうち回る。激しい痛みと熱さに悲鳴を上げた後、生命属性魔法の〈治癒(ヒール)〉を連続詠唱してなんとか出血を止めた。


 回復魔法も下級しか使えないため止血程度しか出来ない。中級なら切断された部位の断面同士を繋げられるし、上級なら新しい手を生やすことすら可能だが、現状使用出来る者がこの場に居ないのでどうしようもない。


「はぁ、はぁ、血は止まった。痛みは和らいだ。ち、チクショー、こういう大怪我すんのが嫌だから普段は策を練ってから戦うっつうのによお。許さねえ、テメエはぜってえ許さねえからなクソヤロおおおおお」


 左手首を押さえながら立ち上がったアリーダはクビキリを睨む。

 強い怒りを抱いているが冷静さは欠いていない。

 今この時のおかしさをしっかり感じている。

 おかしい、おかしいのだ今この時間は。


 普通ならクビキリが追撃してアリーダは殺されている。しかし、なぜか彼は追撃せずアリーダを生かしている。先程までの彼の様子からは考えられない停戦状態。何を考えているのか彼はアリーダを直視したまま動かない。


「……一つ聞かせろ。貴様はなぜギルドに所属している?」


 質問の意図をアリーダは理解出来ないがこの状況はありがたい。

 戦闘しながら策を考えるのは難しいので、なるべく時間を稼いで勝利への策を考えたいところだ。


「意味が分からねえな。テメエが知って何の得がある」


「早く答えろ。その答えによっては貴様を生かしてもいい」


 殺人鬼の言葉とは思えずアリーダは目を丸くする。

 衝撃発言だがこれは絶好の好機。今のまま策無しで戦っても勝ち目が薄い敵から、理由は不明だが見逃してもいいと告げられたのだ。クビキリを捕まえたいとは思っているが今回は敗北濃厚。逃げられるなら逃げて、リベンジマッチを仕掛けるのがアリーダらしいやり方だ。見逃してもらうためにアリーダはクビキリが欲する答えを熟考する。


「……せ、正義のためかなー。情報集まるから色んな悪人の居場所が分かるんだぜえ?」


「悪人とはどんな者を指す」


「そりゃあ罪なき人間を殺す奴のことさ。俺、人間を守ることを生き甲斐とする根っからの正義マンなんだぜ。悪は絶対に許さない、正義の味方。やっぱり人殺しって悪いことだろ? 君も人殺しなんて止めよう。誰かを殺しても失ったものは戻らない」


「やはり貴様は殺しておこう」


「くそっ! 何が正解だったんだよ今の問いかけは!」


 再開した戦闘。クビキリからの猛攻をアリーダは必死に回避する。

 反撃する暇がないため回避だけに専念しているのだが、それでも猛攻を躱しきることが出来ない。体に小さな切り傷がどんどん作られていく。

 防戦一方な流れが続き、ついに――。


「終わりだ。死ね」


 疲労で動きが鈍くなったアリーダの首に白刃が迫る。

 刃が首に触れる寸前。左方の森から飛び込んで来た赤髪の女性が、クビキリの脇腹に跳び蹴りを入れた。

 予想出来なかった乱入にアリーダとクビキリは二人揃って目を見開く。


「お、お前、ジャ――」

「ジャスミンだあああああああああ!」


 乱入したジャスミンの蹴りにより、クビキリは右方の木々を破壊しながら吹き飛んだ。



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