36 会っちまったらやることは一つ
イーリスは約二年前に父親を殺され、犯人であるクビキリをずっと追いかけてきた。一度は狙われやすい騎士団に入団しようとしたが断られ、仕方なくギルドに所属して情報を集めてきた。どんなに小さな情報でも拾い上げ、いつか復讐への道を完走するために。
「どこですか! 奴が最後に居た場所は!」
「タリカンが受けた仕事をもとに考えると、王都から南東二十七キロメートル程離れた森か、崖下の道だろう」
アンドリューズからの情報を聞いてすぐイーリスは全速力で部屋から出て行った。
「お、おい止まれイーリス! 戻って来い!」
慌ててアリーダが止まるよう叫ぶが彼女は躊躇すら見せずに走り去る。
「あの馬鹿、今更現場に行ったところで居るわけねえだろうが! オッサン、ミルセーヌ、悪いが話は後だ。俺はあいつを追わせてもらうぜ! 冷静さを欠いた人間は何をするか分かったもんじゃねえからな!」
殺人が起きたのは数時間、もしかすれば数日前だ。現場からの移動距離は二十七キロメートルと長く、事件後すぐに王都へ向かい町に投げ込んだとしてもかなりの時間が掛かる。そもそも、一度標的を殺して誰も居ない現場に犯人が戻る理由などない。イーリスの行動は徒労に終わる。
冷静さを失った彼女はしばらく犯人を捜し回るだろう。仮に、万が一、奇跡的に、犯人と邂逅したとして、今の彼女では本来の強さを発揮出来ずに負ける。斬首された彼女を思わず想像してしまったアリーダは彼女を追う。
「君は行かないのかね」
アリーダが去って少しして、アンドリューズがミルセーヌに問う。
「私は……本当は行きたいです。でも、依頼の話もありますし」
タイミングの悪いことに今は大事な依頼を受けるか受けないかという時。
王女暗殺計画を防ぐにはぴったりな依頼だし、王族の護衛なんて重大な依頼を達成すれば早期ランクアップにも繋がる。Sランクパーティーを目指す『アリーダスペシャル(仮)』にとっては是が非でも受けたい話だ。パーティーのうち二人が居なくなってしまったので、残されたアリエッタが仕事の話をするしかない。
「なるほどもっともだ。しかし依頼の件は気にしなくていい。私に考えがあるのでね」
「ですが」
「行きなさい。仲間が心配なのだろう?」
「……ありがとうございます」
最終的にアリエッタは仲間を追うことに決める。
仕事は当然大事だが、それ以上に仲間が大事だからだ。
王女直々の指名依頼なので失礼のないよう心掛けていたが、アンドリューズに考えがあると言われたので彼を信じてマスタールームから出て行った。
「アンドリューズさん、お考えというのは?」
部屋に残されたミルセーヌはギルドの責任者に視線を送る。
「実力があり、事情も知っている。そんな人間がここに居るではありませんか」
今この場に居るミルセーヌ以外の人間といえばアンドリューズ一人。
「まさかあなたが? お仕事がお忙しいのでは?」
「こういう時のために部下の教育をしているんですよ。私では不安ですかな?」
ギルドマスター代理として働くアンドリューズだが有事の際は自由に動けるよう、部下には自分なしでギルド経営を回せるよう教育してある。王女殺人を企む連中が居ると分かれば彼もジッとしていられない。
「安心してくださいミルセーヌ様。このアンドリューズ、今年で五十二歳になりますがまだ若者には負けませんよ。これでも現役時代はSランクパーティーを率いていましたから、まだまだ動けますとも」
「え、ええ、ではお願いします。あなたが護衛なんて本当に心強いです」
若干不安を抱くミルセーヌだが、せっかくの申し出を断るのは悪いと思い受ける。
アリーダ達がいつ帰って来るのか不明な今、ギルドから連れていけるのはアンドリューズくらいなものだ。事情を知り、ある程度の実力を有するという条件にも当て嵌まる。アリーダ達を指名したのはミルセーヌの我儘のようなものなので、仕方なく諦めて資料館へと向かう。
* * *
王都から十キロメートル程離れた森、ケルトリオス森林。
一本の砂道を左右から森が挟み込んでいる場所。
貴重な植物が多く生えるその場所をアリーダは走り回っている。
「くそっ、あいつ、どこまで行きやがったんだ!」
連続殺人鬼の情報を得て単独行動を取った仲間を連れ戻すため、ひたすら走って追いかけているのだ。殺人現場と思われる森はまだ遠く、仲間の後ろ姿すら発見出来ないのでまだまだ追いつけないだろう。まさか王都から二十七キロメートルも離れた現場に、一度の休憩も挟まず行くわけないと思うが、強い興奮状態だったので疲れても休憩を最小限にするだろう。
「――ギルドBランクパーティー『アリーダスペシャル(仮)』。アリーダ・ヴェルトだな?」
聞いたことのない声と強い殺気でアリーダの足が止まる。
「はぁ、会いたくねえタイミングで会いたくねえ奴に会っちまうとはな。今日の俺ってばツイてねえ。アンラッキーデーかよ。テメエ、クビキリだな!」
アリーダが左に目を向けると、顔に大きな火傷痕が残る一人の男が居た。
側頭部からは螺旋状の角が生えており、額には三つ目の眼球があることから魔人なのは間違いない。さらに特徴は連続殺人鬼と酷似しているのでアリーダはクビキリだと確信する。反応がないので確認は取れないが確実に本人だ。砂道から五十メートル程離れた木々の傍に居るのに、濃く強い血の臭いが漂ってくる。
「はっ、会っちまったんならやることは一つだ。聞いたぜ、テメエタリカンを殺したんだってな。俺はよ、あいつが好きだったわけじゃねえが、殺されて何も思わない程に無関心でもねえんだぜ。復讐なんて言わねえ。でも、テメエを放置することは出来ねえ。今ここで俺がぶっ殺してやるぜ!」
強気な言葉を吐き捨てたアリーダはすぐ行動を開始する。
まずは足に精一杯の力を溜め、初速からトップスピードに近い速度で……逃げた。
放置出来ないとか、ぶっ殺すとか、そんなことを言った直後に全力の敵前逃亡。今までこんなことをする人間に会ったことがなかったクビキリは少し固まっており、その隙にどんどんアリーダが距離を離していく。
「やっぱり決戦はお預けだぜえ! あーばよ三つ目野郎!」
アリーダの戦闘スタイルは基本的に事前準備を活かすもの。
今回は突然の邂逅だったため、当然なんの準備もしていない。
騎士団やギルドの戦い慣れた者達を殺し続けていることから、クビキリの戦闘能力は非常に高いと見るべきだ。そんな相手に事前準備も作戦もなく、不意打ちもせず真っ向勝負を仕掛けるのは危険すぎる。リスクを最小限にするのがアリーダの生き方なのもあり今回は逃亡を選択した。
既にアリーダとクビキリの距離は三百メートルも離れている。逃げ切れたも同然。
「ふざけた奴」
遠くへ逃げた獲物を追うためにクビキリは走り出した。
「げっ、追って来やがった。だがこんだけ離れてんだ。追いつけるわけが……」
走りながら後方の様子を見るアリーダの視界からクビキリが消えない。
「追いつける、わけが……わけが……」
離れているせいで小人のように見えるクビキリは徐々に、徐々にだが大きくなり始めた。粒になって消えるかに思えた彼が近付いて来るのだ。つまりそれはアリーダよりも速く走っているということ。逃げ足に一番の自信を持つアリーダにとっては信じ難い。
「……わけが…………ある! なんだあいつめっちゃ速え!」
アリーダの二倍、もしくは三倍、並外れた速度でクビキリが迫って来る。
このまま全速力で走り続けても、体力が尽きる前に確実に追いつかれてしまう。
逃げ切れないと理解したアリーダはすぐに走るのを止めて、逃走から迎撃に思考を切り替える。策をじっくり練る時間はない。とにかく自分に出来ることをやるだけだ。
「やるしかねえ……!」




