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34 魔人の動き

 二章開始。シリアス全開だし長文タイトル付けられる空気じゃないよ……。










 ズシン、と崖下で大きな猪型モンスターが地面に倒れる。

 猪型モンスターを倒したのは銀のプレートメイルを着た金髪の男性。槍を片手に持ち、息を切らす彼はタリカン・アットウッド。現在ギルドBランクパーティー『優雅な槍(レフィナドン)』のリーダーである。大きな猪型モンスターに近付き絶命を確認すると、小さく「よし」とガッツポーズする。


「さすがタリカン。槍捌きが上達したね」


 露出多めな服を着た水色髪の女性、フセットがタリカンに近寄る。

 さっきまで岩の上に座って見物していた彼女も『優雅な槍』の一員だ。火、水、雷、土の四属性を扱える凄腕の魔法使いであり、彼女が参戦していれば数秒で戦闘が終了していただろう。しかし今回だけに限らず、最近の戦闘は殆どをタリカン一人に任せている。


「まだまだだ。こんなんじゃSランクには程遠い。Bランクのモンスター相手に苦戦するようじゃな」


「やっぱり私も手伝おうか? 私の魔法があればすぐ討伐が終わるんだしさ」


「何度も言わせるなよフセット。俺はもっと強くならなきゃいけないんだ。いつまでも恋人より弱いなんて情けないし、アリーダよりも先にSランクへ舞い戻らなきゃいけないんだ。そのためにはもっともっと戦闘経験を積まないと。今の俺じゃお前やジャスミンに頼りきっちまうから」


「怪我を心配する側の気持ちも考えてよね。私は回復魔法使えないんだから、大怪我したら大変だってのに」


 かつては回復魔法が使えるアリーダという男も仲間だったが、彼はタリカンが私情でパーティーから追放してしまった。今は怪我をしたら市販の薬や包帯を使い、かなりの大怪我なら回復魔法で商売している魔法使いに治療してもらう。回復魔法の使い手はパーティーに一人は欲しいものだが、タリカンにアリーダを連れ戻す気はない。


「はぁ、帰ったらいつものマッサージしてあげる」


「ありがとう。ちなみに夜の方は」


「――ギルドSランクパーティー『優雅な槍』。タリカン・アットウッド。フセット・ポラミアンだな?」


 崖の上に立つ一人の男にタリカンは声を掛けられた。

 男を見上げた瞬間、タリカンは息を呑む。

 顔に大きな火傷痕があるのにも驚いたが、一番驚いたのは人間にはないはずの部位があったことだ。額に第三の目。側頭部から生える螺旋状の角。明らかに魔人の特徴であり、同じような特徴を持つ男をタリカンは知っていた。


「三つ目の魔人……まさか、クビキリか!?」


 数年前から王国の領土内にて騎士殺しの事件が発生している。犯人は今だ逃走中だが特徴は掴めているので、名前をクビキリと仮定して似顔絵付で指名手配している。騎士だけではなくギルドの人間も殺されることがあるらしく、タリカンも噂を耳にしていた。


「ちょっと、逃げた方がいいんじゃないの?」


「逃げられる相手じゃない。分かるだろ」


「質問に答えろ」


「ああそうだよ俺がタリカンだ! だが情報が古いな。俺はもうSランクじゃないぜ」


 クビキリは崖上から飛び降りて、タリカン達の前方へと静かに着地する。

 強烈な眼力でタリカン達を睨みながらクビキリは腰に下げた刀を鞘から抜く。


「フセット、ジャスミンを呼んできてくれ。たぶん草原でスライム殴ってるだろうから。あの魔人は強い。俺達二人で戦ってもたぶん勝てない」


「だったらタリカンを一人になんて出来ないよ! 殺されちゃうって!」


「今まで必死に槍術を磨いてきたんだ。剣と槍なら相性いいし時間稼ぎくらい出来るさ。ほら早く行け! 三人で戦えば勝てるかもしれないんだ!」


「……絶対死なないでよ。絶対戻って来るからね」


 葛藤の末、フセットは全力で走り出す。

 現在地から草原までは彼女の足で十分程。往復を考えれば最低二十分は必要。


 背を向けて走るフセットをクビキリは「逃がさん」と言って追いかけるが、それをタリカンが突き技を放って阻止する。正確に頭を狙った一撃は難なく躱されたものの、クビキリの注意は完全にタリカンへと向く。


「お前の相手は俺だぜ。三つ目野郎」


「愚かな。死ぬ順番が変わるだけだ」


「フセットは死なないさ。今日、ジャスミンは草原に居ない。探しても見つからない。それなら次に助けを求めるのはギルドか騎士団。クビキリが現れたとなれば、さぞ多くの援軍が来るんだろうなあ。逃げた方がいいんじゃないか?」


 嘘だ。本当は今日もジャスミンは草原で修行している。フセットはジャスミンを見つけて絶対に戻って来る。しかしクビキリにそれを知る術はない。本当に多くの援軍が来ると思っている。さすがのクビキリでも大勢を相手にするのは厳しいはずなので撤退するだろう。フセットが戻る前に撤退してくれれば彼女だけは死なずに済む。


「貴様だけは殺していく」


「やってみろ。そう簡単に殺されるつもりはないぜ」


 強気な言葉を吐きつつもタリカンが槍を握る手は震えていた。

 数秒後の己の未来をはっきりと想像出来てしまうのが何よりも悲しかった。




 * * *




 ビガン大陸とスモーラ大陸を繋ぐ道を封鎖する関所にて、人間が二人死んでいた。

 死亡したのは関所を守る騎士であり、殺したのはスモーラ大陸から来た六人の魔人。魔人の国デモニア帝国から派遣された六人は王国領土内に足を踏み入れて周囲を見渡す。辺り一帯は草原で何もなく、殺人が起きたとは思わせない平和な雰囲気が漂っている。


「ここから先は王国領土、人間の土地だ。警戒レベルを引き上げておけ」


 銀の鎧を着た灰色の肌の男、ヨシュアが全員に忠告する。

 せっかくの忠告を聞いたフードを被った猫背の男は「けっけっけっけ」と笑う。


「警戒? 必要ですかあ? 見つかったり襲われたら殺せばいいだけでしょう」


「マダルカルス、何度も言うが勝手な行動は慎め。任務を忘れたか」


「覚えていますよ。王女の殺害でしょう? ちゃんとやりますよ。その過程で人間が何人死ぬかは知りませんがね」


「王女を殺すまで無駄な騒ぎを起こさない方がいい。そんなことも分からないのか」


「騒ぎを起こせばいいじゃないですか。そうなりゃ肉が自分からやって来る」


 猫背で細長い顔の男、マダルカルスはフードを上げて気味の悪い笑みを浮かべる。


「肉! 肉! ねちょねちょねちょ! 我慢の限界だ。私は自由にやらせてもらいますよ」

「おい!」


 ヨシュアの言葉を聞かずマダルカルスは笑ったままスキップでどこかへ行った。

 デモニア帝国の大臣、ムーランの指示で今回特別編成された王女殺害部隊(キルデス)は、早くも崩壊しかけていた。真面目な隊長ヨシュアはマダルカルスを追いかけようとしたが、アフロの男に腕を掴まれて止められる。


「止めんな。行かせてやれ」


「……ボンマ、ムーラン様は何を考えているんだ。あんな快楽殺人鬼を牢獄から出して任務に同行させるなんて」


「さあな、俺はバカだから分からん。だがマダルカルスが人間を殺して騒ぎを起こせば、騎士共の目が奴に向いて仕事がやりやすくなるんじゃないか? 王城の警備は厳しくなるかもしれないが、元から手薄な警備なわけがないし構わないだろう」


 褐色肌でアフロの男、ボンマが言うことは一見正しいようで正しくない。王国領土内で魔人による殺人事件が起きてしまえば騎士の警戒は最大級に引き上げられる。王城の警備が厳重なのは当然として、そこへ辿り着くまでも大変になってしまう。


 話を聞いていた、黒いとんがり帽子とローブを身に付けた女は「てかさ」と呟く。


「殺人事件ならもう起きているらしいよー。クビキリとかいう魔人が騎士団とかギルドの連中殺してるんだってー」


「本当かアルニア。まったく、迷惑な奴が居るものだ」


「てかさ、殺人事件ならウチらも起こしちゃったじゃん。そこの騎士死んでるし」


 アルニアの言う通り、関所の傍には騎士が二名斬殺されている。

 仕方がなかったのだ。王国領への入口を騎士が封鎖していたのだから。


「……過ぎたことは仕方ない。それにしてもクビキリ、か。人間を殺しているということは人間に恨みがあるんだろう。勧誘すれば仲間になってくれるかもしれないな。第三者として動かれるのは迷惑だし、我々に協力してくれればありがたいのだが」


 こうして王女殺害部隊(キルデス)が王国領土内に侵入した。

 恐ろしい魔の手がヒュルス王国王女ミルセーヌへと伸びようとしている。


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