28 亀裂
もう、手遅れだった。アリーダ達は何手も遅れていた。
レイルが報告した時なら誤魔化せたかもしれないが今の村長達を説得するのは不可能だ。本当にアリエッタの体を隅々まで調べて、人間か魔人かはっきりさせるまでどんな言葉を掛けられても納得しないだろう。
「……なあイーリス。お前一緒に風呂入ったんだろ、尻尾を見たのか?」
「いや、見ていない。子供の見間違いではないのか?」
意味の無い会話。所詮ただの時間稼ぎ。
しかし僅か数秒の時間でアリーダは脳をフル回転させて策を練る。
「あなた達は魔人の仲間の疑いがある。何を言われても信用出来ない」
「いやいやそこ、そこだよ村長そこが勘違いだ。俺達のチームは俺とイーリスの二人組でな。ギルドのマスター代理、アンドリューズってオッサンに確認してくれても構わねえ。で、俺とイーリスは依頼のために村へ向かう途中、偶然アリエッタを拾った。短い付き合いだ、仲間じゃねえよ。家が無くなったって言うから可哀想で同行させただけだぜ」
完全な嘘。純度百パーセント、話の全てが嘘。
アリーダに考えがあると察したイーリスは彼にこの場を任せることにした。
「仲間じゃないから何です。信じてほしいんですか、それとも見逃してほしいんですか」
「いいや、アリエッタが魔人かどうか初めに俺達が調べる」
答えが意外だった村長は「あなた方が?」と僅かに目を丸くして呟く。
「魔人ってのは身体能力が人間より高いし、アリエッタは上級魔法が使える。ただの村人が束で襲っても皆殺しにされるだけだぜ? だが俺とイーリスならアリエッタを確実に殺せる。気になるんだ俺達も、あのガキが魔人かどうか。魔人が危険なのはお前等も知ってるだろ。連れて来ちまった俺達が責任持って殺すさ。当然人間なら殺さねえし、疑いを晴らすためお前等にも調べさせる」
「……いいでしょう。調べ終わるまで私達はここで待機しています。くれぐれも逃げないように」
アリーダは身を翻し、後ろに手を振りながら階段へ歩いて行く。
さすがだ、とイーリスは思っていた。アリーダは嘘を並べ立てながら村長を誘導して時間的余裕を手に入れた。
村長がギルドに『アリーダスペシャル(仮)』の人数を確認しても、アンドリューズなら嘘に合わせてくれるに違いない。そもそも連絡手段がないのですぐには確認出来ない。嘘を今すぐ見破る手段がないので信じ込ませた側の勝利である。
イーリスはアリーダを追って一緒に宿泊部屋へと戻る。
部屋に入ったアリーダはベッドに腰掛けた。稀にしか見せない真剣な表情だ。
「あの、何があったんですか?」
不安そうなアリエッタにはイーリスが説明する。
「アリエッタ、君が魔人だと村人にバレた」
騒ぎの原因を知ったアリエッタは「え」と驚愕で目を見開く。
「彼のおかげで時間的余裕は手に入ったが状況は変わらない。今の内に全員無事に村を出る方法を考えなければ」
イーリスにとって頼みの綱はアリーダ一人だった。
今までも彼の機転と頭脳に助けられたし、今回も彼なら誰も思い付かないような策を用意すると信頼している。初めて会った時も、盗賊団捕縛の時も、フルメタルスパイダーの時も彼が居たから危機を乗り越えられたのだ。村人全員が敵の状態でパーティー全員が村から脱出する方法も彼なら考えられる。
「やっぱ、これしかねえか」
真剣な顔のアリーダはベッドから立ち、後ろに居たアリエッタを見る。
立ち上がった彼への期待がイーリスとアリエッタの中で膨らむ。
「アリエッタ。お前には……死んでもらう」
膨れ上がったアリーダへの期待は破裂して消えた。
イーリスも、アリエッタも、言われた内容を理解するのに時間が掛かった。理解しても本当にそんなことを言ったのかと自分の耳を疑う。十秒以上も沈黙する程、二人にとって信じたくない言葉をアリーダが告げたのだ。
「……何を言っている?」
「ここから逃げたら村人はギルドに報告しに行く。アリエッタが魔人だと周知されれば国中から居場所がなくなる。魔人を匿っていたシスターエルにも罰が与えられるだろう、最悪ガキ共も纏めて処刑される。仮に情報漏洩を防ぐため村人を皆殺しにしたら犯罪者の仲間入りで逃亡生活スタート。そんな生活ゴメンだね。アリエッタに死んでもらうのが一番丸く収まるんだよ」
言っていることは正しい。紛うことなき正論。
しかしイーリスが聞きたいのは正論ではなく逆転の一手。
「笑えない冗談だぞ」
「冗談じゃねえよ。お前も分かってんだろ」
「アリエッタを助けたのは君なんだぞ。子供を見捨てるのは流儀に反するという君の言葉は、お得意の嘘か!?」
「勘違いすんなよ。俺にとって最優先は自分の命、次がシスターエルと孤児のガキ共、その次がお前とアリエッタだ。優先順位通りなのさ。孤児院に迷惑を掛けるなら俺は誰だろうとぶっ殺す。例え相手が仲間だとしてもな」
認めたくないがイーリスは認めざるを得ない。
アリーダは本気だ。本気で仲間の命を犠牲にしようとしている。
エルが経営する孤児院は彼の中でとても大切な場所であり、あの場所を守るためなら何でもするだろう。自分の評判を傷付けたくないとか、村人から襲われたくないとか、そんな自分勝手な理由ではないのでイーリスは暫く出すべき言葉を失う。
半年にも満たない付き合いのアリエッタ、今まで世話になった家族と実家。前者と後者を比べてどちらかを失う答えを強要されたなら、イーリスもアリーダと同じ答えを出してしまうかもしれない。だからこそ頭の良い彼を頼ったのだが彼でさえも状況を覆せない。
「……分かりました。私、死にます」
静寂を破ったのはアリエッタの宣言だった。
「君まで何を言っているんだ!」
「私は魔人で、みんなには受け入れられない種族なんです。孤児院の子達はそんな私と友達になってくれて、エルさんは孤児院に住まわせてくれました。感謝しているんです。迷惑、掛けたくないんです。私のせいで危険が及ぶなら、生より、死を選びます!」
他者を想う慈愛の心のせいでアリエッタの選択肢は一つになっていた。
覚悟するしかない彼女だが必死に固めた覚悟は脆く崩れやすい。本心ではまだ生きていたいと思っているのだ。自分が死ななければ、自分に優しくしてくれた人達が困るのを理解したからこその死の決意。表面上は取り繕えていてもイーリスには覚悟の脆さが分かる。復讐を果たせるなら自分が死んでも構わない強い覚悟を持つイーリスには分かってしまう。
「賛成二人、反対一人。多数決ならもう答え出てるぜ?」
「下がれアリエッタ」
剣を鞘から抜いたイーリスがアリエッタの前に出て剣を構える。
「何の真似だイーリス」
「あの時と立場が逆転したなアリーダ。アリエッタは私が守る」
「正気かよ。そいつ死にたがってんだぜ?」
アリエッタの気持ちを考えたイーリスは剣の柄を握る力を強める。
「死ぬ必要がない場所へ私が連れて行く。君にも、ここの村人にも殺させない。アリーダ・ヴェルト。今日でこのパーティーから君を追放する。拒むなら死を覚悟してもらおう」
「おいおい、追放ってのはリーダーが宣言するもんだろ。つまんねえギャグだな」
「なら私達を追放しろ。私が君を裏切り、魔人と逃亡したと証言すれば迷惑は掛からないだろう」
「厄介な種は早めに摘んでおくに限る。そう思わねえか?」
何を言っても手遅れだった。短い付き合いでも積み上がっていた絆に亀裂が入る。
イーリスは仲間二人の気持ちがよく分かるし、自分とアリーダどちらが正しいなんて答えは出せない。ただ、大事なのは自分の道だ。自分が進むべきと信じる道を行くのが人生で大事なことなのだ。イーリスにとってそれは一人の女の子を守り通すこと。
守るべきものを背負うイーリスはアリーダへと斬りかかった。




