22 俺とミルセーヌはダチだぜ。いやあ、あいつと一緒に落とし穴掘ってアンドリューズのオッサンを落としたのは最高だったなあ。ま、ガキの頃の話だけどよ。今は……しねえよ?
「〈灼熱太陽〉!」
十分な距離を取ってからアリエッタが火の上級魔法を使う。
広範囲を焼き尽くす巨大な火柱が上がり、草原の一部が焦土となる。
容赦なく放たれた上級魔法の威力にアリーダ達は呆気に取られた。
消し炭になった大地を見渡してアリーダとイーリスが敵の亡骸を探す。
残念ながら視認出来る所に槍使いの死体は見つからない。想像以上の大火力をまともに喰らったのだ、細胞一つ残っていないのかもしれない。どこかへ逃れていたとしても完全には逃げ切れなかっただろう。
「……やったのか?」
「さあな。しぶとく生きている可能性も否定出来ねえが、今はぶっ殺したと思っとこうぜ」
死体を確認出来なければ槍使いが死んだ証拠もない。ただ、またいつ襲われるかと警戒するのも疲れるのでアリーダは槍使いが死んだことにした。
焦土を眺めているアリーダのもとに黄緑髪の女性、ミルセーヌが近付く。
「……アリーダ、まさかあなたが助けに来てくれるなんて。嬉しい偶然もあるのね」
「ん? ああ、襲われてるの見て焦ったぜ。お前が死ぬのは俺も困るしよ」
「はっ止めろアリーダ! 彼女は王国の第一王女だぞ。親しげに話すな、処刑されるぞ」
ミルセーヌをチラチラと見ながらイーリスはアリーダに耳打ちする。
親切からの忠告を聞いたアリーダはプッと吹き出し、話が聞こえていたミルセーヌは苦笑する。
「……王族のイメージってそんな感じなんですね」
「心配の必要はない。彼とミルセーヌ様は友人の関係だ」
そう言ったのは王族護衛の任務中である騎士、モーリス。
怪我をした仲間を回復魔法で治療していた彼は冷静に事実を告げた。
元から彼と知り合いであったイーリスは彼の名を呼び「どういうことですか」と問う。
説明を要求されたのは彼だが、ミルセーヌが手を軽く挙げて会話に割って入る。
「それについては私から話します。国の柱たる王族として昔から貧困層の人々を気にかけていまして。アリーダが育ったエルマイナ孤児院に何度も行ったことがあるのです。彼とはそこで十年前に知り合い、彼含めて多くの友人が居るのです。遅れましたがお礼を言わせてください。助けてくれてありがとう、アリーダ」
「気にすんなって。今も孤児院が経営出来て、満足な食事を用意出来るのは、お前の寄付金のおかげでもあるんだ。俺だって感謝してる。お前は俺みたいな孤児院出身の奴からすりゃ恩人だし、俺にとっちゃ友人でもあるんだ。襲われてんの見たら助けるのは当たり前だっつーの」
アリーダにとってミルセーヌと過ごした時間は面白かった。
純真無垢な王女だった彼女に悪戯を教えて、一緒に落とし穴を作ったこともある。アンドリューズが落ちて二人纏めて説教された思い出もある。当時のアリーダは悪戯小僧だったので、説教に屈さず何度も悪戯を仕掛けたものだ。さすがに今の彼女と悪戯を計画したりしないが、孤児院への視察で会った時は愚痴や世間話で盛り上がる。
「そういや、イーリスとオッサンは知り合いみてえだな。ええっと、クリスマスだっけオッサンの名前」
「モーリスだ」
自分含めて八人の騎士全員を治療し終わったモーリスが溜息を吐く。
「どういう関係? あ、アダルトで言い辛いなら言わなくても――」
「大した関係ではない! 面識はあるが一度だけだ。彼女の父親とは親友だったがね」
「彼と会ったのは騎士団入団試験の面接時だ。彼に落とされたから私はギルドに居る」
本当ならイーリスは騎士団に入りたかったのだ。父親であるアショウを殺した魔人の手掛かりを得たいなら、犯罪者の情報が真っ先に届けられる騎士団こそがベストな職場である。今のイーリスは面接で落とされたからギルドに所属しているにすぎない。ただ、そのお陰でアリーダは彼女と会えたのだから寧ろ感謝したくなった。
「俺は君に、普通の女性としての生活を送ってほしかった。君の父親からは何度も君の写真を見せられて、自慢されて、情が湧いてしまった。復讐という茨道を進ませたくなくて面接で失格にしたんだがな。ギルドに所属し、今ではバカな男の仲間になってしまったか」
さらっとバカ呼ばわりされたアリーダは「んん?」と頬を引き攣らせる。
「普通とは何でしょうか。父を殺され、仇を討ちたいと思うのは普通ではないでしょうか。憎しみも怒りも普通の感情です。私は必ず、父を殺した魔人をこの手で討ち取ってみせる。……ああそれと、確かにこの男はバカですが」
さらにバカと認められたアリーダは「んんん?」と額に血管を浮かべる。
「自慢出来る仲間です。彼と共に居て問題はいくつも起きますが頼りにはなります」
褒められたアリーダは怒りを静めて小さな笑みを浮かべた。
「そうか。どうせ茨道を進もうとするのなら騎士団に入団させたかったが、来る気はないかな」
「ありません。今は、アリーダの仲間として彼を手伝いたい気持ちもあるので」
アリーダが「お前、俺に惚れたな?」と確認したらイーリスに軽く殴られた。
アリーダに対する恋愛感情など彼女にはおそらく一欠片もない。
「仲間といえば、もう一人居ましたよね。紹介してくれますか?」
笑みを浮かべたミルセーヌに対してアリーダは「いいぜ」と告げる。
「おーいアリエッタ。……ありゃ、聞こえてねえのか?」
アリエッタは壊れた馬車の傍で俯いていて動かない。
声が届いていないのかピクリとも動かないので、不思議に思ったアリーダとイーリスが近付く。念のため仲間同士で話したいからとミルセーヌ達が来ないよう釘を刺しておいた。
「どうしたんだよ、元気ねえぞ」
「体調不良か?」
不安気な表情でアリエッタは首を横に振る。
「……何も、感じなかったんです。初めて、人間を、殺したのに」
頭を抱える彼女はその場に座り込む。
「私が、魔人だからでしょうか。魔人だから……人間を殺しても、何も感じない」
「いや魔人とか関係ねえだろ。情も湧かねえくらい短時間しか会ってねえし、敵だし、ミイラマンだし、俺も罪悪感とかねえから同じだぜ? イーリスだって特に何も感じなかったんじゃねえか?」
「……戦いに胡椒なんかを使われて哀れには思ったな」
「ほらな、殺したことに関しちゃなーんにも思ってねえ。魔人とか関係ねえって」
頭を徐々に上げたアリエッタの瞳は潤んでいた。
「そう、ですかね」
「ああそうさ。俺とお前の心に違いなんかねえって」
アリーダがアリエッタの頭を撫でると彼女は笑みを浮かべる。
イーリスは何も言わないが肯定するように頷く。魔人にも善の心を持つ者が居ると考えを改めているイーリスは、アリエッタを信じたい気持ちもあったのかもしれない。槍使いの死に何も思うことがないのは全員同じなのだ、種族は関係ない。
……ただ、実際に殺したのはアリエッタだ。
アリーダもイーリスも見ていただけで、自分が殺したらどう思うかは分からない。
今は笑っているアリエッタだがその笑みはぎこちなく、心に発生した霧は晴れなかった。




