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下級魔法しか使えない魔法使い~何いいいこの俺を追放だとお!? おいおいつまんねえギャグ……え、マジなの?~  作者: 彼方
一章 追放と罰~パーティーを追放されたけどなんだかんだで上手くやる~
20/90

20 俺は準備を怠らねえのよ。こんなこともあろうかと考えてあったぜ逆転の一手! 今回の依頼を受けた時から既に、テメエをぶっ倒す策は完成済みだったんだ!


 イーリスが剣を向ける方向には巨大な灰色の蜘蛛が居た。

 眼球らしき赤い球体が八つも付いている不気味な顔をしている。

 岩に隠れて様子を窺っていたが、食欲が湧いたのか体を岩陰から出した。


「ラッキー、このまま穴まで誘導するぞ!」


 アリーダ達三人は約三十メートル離れた穴へと走り出す。

 獲物と見なしているのかフルメタルスパイダーは追って来た。

 走っている最中にアリーダとイーリスが後ろを振り返り距離を確認する。


「マズい、奴の方が速い! 追いつかれるぞ!」


「ちいいいっ、しゃあねえなあ! 二手に分かれる! アリエッタはこっちだ!」


 アリーダはアリエッタを抱えて右前方へ、イーリスは真っ直ぐに逃走する。

 見た目が弱そうな子供を優先するかと思われたが、フルメタルスパイダーは数秒悩んだ後でイーリスを追いかけた。フルメタルスパイダーは肉も食べるが一番の好物は金属なのだ。彼女の持つ剣や着ている鎧が魅力的に映っている。


 罠の穴まではあと五メートル程。

 直径二十メートルもの広さを持つ穴を敵も認識したが構わず追跡を続ける。


「……上手くいってくれよ」


 ついに穴に辿り着いたイーリスは身を翻して剣を構えた。

 自身の二倍もある体格の蜘蛛をギリギリまで引きつけて、振るわれた前足を躱して背後へ回り込む。回避の時、鎌のように鋭い前足が鎧を掠めて削ったが問題ない。背後に回り込んだ彼女は全力で剣を尻に叩きつける。


 ゴーンと、鐘のような音が鳴った。

 フルメタルスパイダーの体は僅かに前に押されるが穴には届かない。

 一撃でダメならとイーリスは連続で剣を振るう。たった一撃でも酷く剣が刃こぼれしたが、刃こぼれを気にせず叩き続ける。何度も強い力で叩かれたフルメタルスパイダーは前に押されて、深く広い穴へと滑り落ちた。しかし土壁に足で掴まって落下が途中で止まる。


「アリエッタ、さっきの爆発だ! 奴の近くを攻撃しろ!」


「は、はい! 〈大爆発(エクスプロージョン)〉!」


 アリーダから地面に下ろされたアリエッタが〈大爆発〉を使う。

 フルメタルスパイダーが掴まっていた土壁の一部が爆発して崩れ、爆炎を浴びたフルメタルスパイダーは再び落下した。今度は途中で止まれずに、一番下まで一気に落ちた。土煙が穴の中で上がる。

 瞬間、アリーダがアリエッタの名を叫ぶ。


「〈大水球(ビッグウォーター)〉!」


 掘った穴の真上に小さな水球が生み出され、あっという間に巨大化していく。

 フルメタルスパイダーが穴から脱出しようと壁を上るが、脱出前に〈大水球〉が落とされて今度は水で一番下に流された。


「よし、〈氷結(コルドーラ)〉ああああ!」


 穴に駆け寄ったアリーダが水面に手を触れると急速に水が凍っていく。

 どんどん水温が下がってフルメタルスパイダーの動きは鈍くなり、やがて水ごと凍りついた。完全に動きが停止したのを確認したアリーダは水面から手を離し、手をぶらぶらと振って立ち上がり「ふうう」と息を吐く。


「なんとか氷漬けに出来たぜ。結構魔力使っちまったけど」


「この後はどうするんですか? 氷ごとは持って帰れないですよね」


「指定部位を見せれば討伐の証明になる。奴が凍死した後でゆっくり剥ぎ取るさ」


 アリーダとアリエッタが話していると氷上をイーリスが歩いて来た。


「これが氷の魔法か。便利なものだな」


「おっ、おつかれさん。良い仕事ぶりだったじゃねえか」


「代償は大きいさ。見ろこの剣を、これでは使い物にならん」


 イーリスが見せる剣は刃が大きく欠けている部分が何箇所もある。

 こんな剣ではどんな達人が振るっても威力が半減してしまう。

 切れ味が落ちてノコギリのようなので拷問器具としては使えるかもしれない。


「帰ったら新調しようぜ。ま、今日はキャンプでもして――」


 ぬちゃっ、と奇妙な音がした。

 すぐ近くから音が聞こえたと思えば突然イーリスが吹き飛ぶ。

 彼女が落ちる気配はなく、背中から空へ進むように飛び続ける。


「な、何いいいい!? イーリスが空に飛ばされただとおおお!?」


「何が起きているんですか! イーリスさんには翼もないのに!」


 突然の異常事態で慌てたアリーダは今も飛ぶイーリスを凝視する。

 本人も何が起こっているのか分かっていないので戸惑いを隠せず、手足を動かしてもがいていた。透明な魔物に連れ去られているにしては飛行が一直線すぎる。縦や横への僅かな揺れもないので、何者かが彼女を捕らえたまま飛行している線はない。

 じっくり見ているとアリーダは全てに勘付いた。


「い、糸だ! 糸に引っ張られているぞ!」


 束ねられた糸がイーリスの鎧の背中部分に付着しており、それに引っ張られている。


「糸って、糸って何の糸ですか!?」


「違う問題はそんなことじゃねえ! マズいぞ、あの飛ばされている方角、マズい物がある!」


「ああ! フルメタルスパイダーの巣!」


 荒野で最初に発見したフルメタルスパイダーの巣にイーリスが飛んでいく。

 彼女が鎧を着ているといっても巣を作る糸は鋼鉄以上の頑丈さ。高速で突っ込めば、既に巣に囚われて絶命している巨鳥と同じ運命を辿る。いや、もしかすれば全身が刻まれて巨鳥より酷い死に方になるかもしれない。


 仲間の未来を直感したアリーダは糸の持ち主と狙いを理解した。

 巣に突っ込ませて得をするのは巣の主のみ。つまり今のイーリスは、あの巣の主であるフルメタルスパイダーに獲物と見なされたのだ。獲物が罠に掛かるのを待つ以外に、フルメタルスパイダーは遠距離から糸で獲物を捕らえる狩りを行うのだ。


 攻撃に反応出来なかったのは仕方ない。

 勝利して油断していた。仕事を甘く見ていた。

 ピンチになったアリーダ達は思考を戦闘用へと切り替える。


「鎧だイーリス! 鎧を脱げええ!」


 イーリスも無抵抗で飛ばされていたわけではない。

 ボロボロな剣で背中の糸を切断しようと試みていたが逆に剣が削れていく。


 中々糸が斬れないことに焦る彼女はアリーダの叫びを聞き、鎧の肩と脇部分に付いている留め具を外す。彼女の鎧は肩と脇の留め具で前後を繋げるタイプだったので、外せば前後に鎧が分かれて落ちる。今は背中部分が糸に引っ張られているため、背中部分以外と共にイーリスは落下する。

 背中を覆う用のパーツは巣を構築する糸にぶつかり切断された。


「イーリスさん、大丈夫でしょうか。かなり高いところから落ちましたけど」


「大丈夫なはずだ。あの程度の高さ、あいつの身体能力なら死なねえよ」


 仲間の落下地点に向かって走るアリーダは、遥か前方にある崖で光る何かを見た。

 太陽光を反射して光る何かが物凄いスピードでアリエッタに向かう。


「……ううっ! アリエッタああああ!」


 糸だ。金属のように硬く粘着力を持つ糸が急接近してきた。

 狙いがどこかアリーダには分からなかったが、アリエッタが捕まる最悪の事態を避けるために庇って前に出る。その結果、糸はアリーダの胸部に付着して、次の瞬間には巣に向かって引き寄せられた。


「ぬううおおおおおお!?」

「アリーダさああああん!」


 糸をどうにかしようにも手で触れば離れなくなるので迂闊に触れられない。

 このまま何もしなければアリーダは金属糸に切り刻まれてしまうだろう。


「俺は準備を怠るこたぁしねえのよ。こんなこともあろうかと用意していたぜ、逆転の一手!」


 ――しかし、この男、想像出来る限りの事態を想像して対策を練っていた。


「物理攻撃が一切効かない魔物……来い、アンチフィジカルスライム!」


 金属糸で作られた巣に近付くなか、アリーダは懐から小箱を取り出して蓋を開ける。

 小箱からはゼリーのような黒い物体が飛び出し、一番近い彼の肉体へと纏わり付く。

 すぐに彼は口を押さえたものの、全身を覆われて完全に呼吸を封じられた。


 一見自爆行為に見えるが問題ない。アンチフィジカルスライムが分泌する溶解液は弱いので三十秒は無事でいられる。魔法使いならアンチフィジカルスライムをすぐに溶かせるし、包まれたままなら斬撃だろうと打撃だろうと一切効かない。当然長く包まれたままだと体が溶かされるし、酸素が入って来ないので窒息死してしまう。


 アンチフィジカルスライムに呑まれたアリーダは金属糸の巣にぶつかる。

 モンスターの特性を活かして金属糸を防いだ彼は、フルメタルスパイダーの巣を横に引っ張る。しっかり張られた金属糸も所詮は糸。強い力で横に引っ張れば伸びたり変形して広がっていく。彼は人間が通れる程度に巣の隙間を広くして通り抜けるつもりなのだ。普通は引っ張ろうとしても手足が千切れるが、アンチフィジカルスライムの物理無効という特性のおかげで怪我の心配はない。


 今も胸部に付着している敵の糸に引かれるアリーダは巣の隙間を抜ける。

 金属糸の巣でサイコロステーキになる未来はなんとか回避出来た。

 もう鎧は不要なので、肺に残る僅かな酸素と共に彼は「〈炎熱(ファイアーラ)〉」と呟く。

 指先から小さな炎が出た瞬間、炎に触れたアンチフィジカルスライムは瞬く間に蒸発した。

 残ったのはフルメタルスパイダーが糸で引き寄せている小賢しい男のみ。


「いくらテメエが硬かろうと、この速度を利用すりゃあ俺の短剣でも皮膚を貫けるぜええ!」


 凄まじいスピードでアリーダがフルメタルスパイダーへと向かって行く。

 引き寄せている張本人……いや、張本蜘蛛はタイミングを合わせて捕食しようとしている。その思考を読んでいるアリーダは糸を短剣で押さえ、短剣を支えに体を動かして上下に揺れる。最初は僅かな揺れ幅だが徐々に、次第に、確実に上下の揺れ幅が大きくなっていった。上下に揺れることでフルメタルスパイダーはタイミングを判断しにくくなる。


 一人と一体の距離がみるみる縮んでいく。

 上下に揺れていたアリーダは下から近付き、迫るフルメタルスパイダーの大口を躱し……きれなかった。右足を膝まで食われた。想像以上の深手の痛みに苦しさが顔に出る。激しい血飛沫をフルメタルスパイダーが浴びる。


「おらあああああああああああああああ!」


 右足を食われても気迫は衰えず、アリーダは短剣を敵の頭部に突き刺す。

 速度を活かした刺突はフルメタルスパイダーの脳に到達して、止まらない勢いで大きく切り裂く。

 完全な致命傷を受けたフルメタルスパイダーはたまらずに倒れた。


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