2 下級魔法を甘く見すぎだぜ。確かに威力は弱いし、生活に役立つ程度ってのは認める。だが下級魔法も使い様によっちゃあ化けるんだぜ? それはそれとしてタリカンの野郎はぶん殴ってやる!
ギルド内にて、昨日に続き一人の男の叫びが木霊する。
「何いいいい! 討伐依頼を受けちゃダメだとおおおおお!?」
木製カウンターを叩いて叫んだ紫髪の男の名はアリーダ・ヴェルト。
彼はSランクパーティー『優雅な槍』から追放された男であり、昨日の追放騒ぎや悪評もあってギルド内の人間の殆どが彼に注目していた。
「ど、どういうことだ! 俺が受けようとした依頼はCランクだろうが! パーティー辞めてCランクに戻ったからこそ、俺は自分のランクに合った仕事を選んだんだぞ! 新人がやる仕事すら出来ねえと思われてんのか!?」
パーティーを組むと、メンバーのランクはリーダーのランクと同等になる。
Sランクパーティーに居た昨日まではアリーダもSランク扱いだったが、脱退させられたことで現在Cランク。ギルドに入って間もない頃の立場に戻った彼は、ルール通り自分と同じCランクの依頼を受けようとしている。
本来なら自分と同じランクの依頼を受けられないわけがない。
しかし、いざ今日依頼を受けようとしてみれば困り顔の受付嬢に拒否された。
「お、お言葉ですが下級魔法しか使えないのですよね? 下級の魔法はどれも生活に役立つ程度ですよね? 仲間の補助ならともかく、モンスターと一人で戦うのは危険と判断したんです」
「下級魔法を甘く見すぎだぜ。確かに威力は弱いし、生活に役立つ程度ってのは認める。だが下級魔法も使い様によっちゃあ化けるんだぜ? 一人でも問題ねえって。な? な? 討伐依頼を受けさせてくれよ」
困り顔の受付嬢は首を横に振る。
「所属する人間の命を守るのも私の仕事です。タリカンさんから言われましたよ、アリーダさんは無茶をするから、一人のうちはモンスターと戦わせない方がいいって。Sランクのタリカンさんからの忠告を無視するわけにはいきませんので」
「な、何だと、あ、あの野郎……!」
まともな忠告に聞こえるがアリーダには嫌がらせとしか思えない。
基本的にパーティーを組むのが推奨されるギルドにおいて、Cランクの依頼は新人三人で達成出来る難易度とされる。万が一の危険を考えて三人とされているが実際は一人で達成出来るものもある。今回アリーダが受けようとしたのも新人一人で達成可能な討伐依頼だった。
一人のうちはダメという忠告だが、下級魔法しか使えない魔法使いをパーティーに加える物好きはいない。タリカンはアリーダがずっと一人という確信を持って忠告したに違いないのだ。
不適な笑みを浮かべるタリカンを想像したアリーダは苛つく。
中級以上の魔法を習得すればいいのではと誰もが思うかもしれないが、努力嫌いなアリーダは全くその気がない。中級以上の魔法習得には各属性の精霊に認められて契約しなければならない。下級魔法は空中に漂う微精霊が勝手に力を貸してくれるから誰でも使える、だから努力しなくても使える。
「……分かった。採取依頼を受ける、それなら問題ねえだろ」
「ええ問題ありません。モンスターと遭遇した際は極力逃げるようお願いします」
「いやーどうなるかなあ。うっかり戦っちゃうかもなあ」
口笛を吹き、白々しい態度でアリーダが言う。
「なっ、絶対に戦うつもりですね!?」
「いやいや俺は逃げたいよ? でもなあ、窮地に陥ったら正常な思考が出来なくなる奴は多いじゃねえか。俺はそうなるつもりねえけど万が一、億が一の可能性があるからなあ。逃げるつもりがうっかりぶっ倒しちまうかもなあ」
妥協しているようでアリーダは全く妥協していなかった。
採取依頼のメインは町の外にある薬草などの採取だが、外にいる以上モンスターと遭遇する可能性はある。討伐が仕事でなければ逃走するのがセオリー。しかし出来るなら討伐した方がギルドも町の人間も助かり、討伐者も死骸の引き渡しで利益を得られる。
「――いったい何の騒ぎかと思えば君かねアリーダ」
受付での騒ぎを聞きつけて強面の男が一人歩いて来た。
オールバックの茶髪で、左目に眼帯を付けた彼をアリーダは知っている。
「誰かと思えばアンドリューズのオッサン」
「オッサンとは酷いな。もう兄さんとは呼んでくれんのかね」
「えっ、マスター代理!? こちらの方とご兄弟なんですか!?」
「血は繋がっていないがね。家族だと思っているよ」
「シスターエルが寂しがっていたぜ。たまには顔を見せに帰ってやれよ」
「仕事が多忙で帰省は難しいのだ。時間が空けば帰るさ」
アンドリューズはギルド代表であるギルドマスターの補佐、現マスター代理。
かつては孤児院で長兄役を担っており、孤児院を出てからはギルドに就職。一時期はSランクにまで上り詰めたが左目の負傷を機に戦士を引退し、事務など裏方の仕事に励んだ彼はそこでも地位を向上させて今に至る。
「リリル、アリーダの心配は要らんよ」
アンドリューズが受付嬢であるリリルの顔を見て告げる。
「え、いえ、でも、この方は下級魔法しか使えないですし一人だと危険では」
「彼ならCランクのモンスターくらい一人でも対処出来る。一人での討伐依頼は禁止とするが、採取依頼くらい好きに行かせてやってくれ。よっぽど想定外の事態にさえならなければ死なないだろう」
さすがにリリルも上の立場の人間から言われては反論出来ない。
「……はぁ。アリーダさん、危ないと思ったらすぐ帰って来てくださいね」
軽く「任せとけって」とサムズアップするアリーダを見てリリルは不安になった。
「なあアンドリューズ、討伐依頼を受けたいんだが」
「Sランクの人間の忠告を無視するわけにはいかん。お前に功績でもあれば別だがな」
こうしてアリーダは新人でも出来る簡単な薬草採取依頼を受けた。
どこにでも生えるヒリング草という薬草を五十本納品するだけの楽な仕事である。
ヒリング草を求めて向かったのは町付近にあるラルトスの森。
広い森を歩きながらアリーダは今後のことを考える。
(へっへっへ、ギルドの奴等を見返す方法なら考えた。採取依頼でもモンスターと遭遇しちまうのは避けられねえ。なら、偶々遭遇したつよーいモンスターをぶっ倒し、死体をギルドに投げ入れてやりゃ全員たまげるぜ)
現状ギルドの殆どの人間がアリーダの評価を下げているので、ここらで空気を一変させたいと考えている。頭の中では強いモンスターを倒したことで賞賛され、金貨に囲まれ、美女から次々とキスされる妄想を描いていた。
誰だって見下されるのは嫌いだ。
周囲から褒められ、持ち上げられた方が遥かに良い。
努力したくないという甘えた点を除けばアリーダの理想も基本は同じである。
「さて、モンスター探しもいいが先に薬草採取を済ませねえとな」
依頼内容はヒリング草五十本の納品。
どんな場所にでも生えるが、一番生えやすいのは周囲に植物があり日光が当たる場所。似た植物もなく水色なので一目見れば分かる。五十本と聞けば多く感じるが知識を持っていれば楽な仕事だ。二時間で五十本採取し終わったアリーダは持ってきたバッグに詰め込む。
一仕事終えてすぐ、アリーダは異臭を嗅いでその臭いの元へと向かう。
「ん、何だこの臭い……もしかして」
異臭の発生源である木陰には予想通りの花が咲いていた。
赤い花びら、青い茎。異臭を放つその花の名前はラフレ。
「やっぱりあったなラフレの花。相変わらずくっせえ花だぜ。燃やすともっと臭くなるんだよなー。ふむ、何かに使う時が来るかもしれないし一応採っておくか」
鼻を摘まみながらラフレを引き抜きバッグの中に入れておく。
使える物は何でも使うのがアリーダの戦闘スタイル。
普段から持ち歩いている物の中には激辛香辛料入りスプレーや胡椒などがある。
くだらない小細工だがラフレの悪臭も相手の嗅覚を封じるのに役立つだろう。
「さーてモンスターモンスター。強そうなのどっかに居ねえかなー」
目的の薬草集めを終えたアリーダは強そうなモンスターを探す。
Cランクの討伐依頼に出されているようなモンスターではダメだ。Bランクの人間でも苦戦するくらい強く、これを一人で討伐したのかと周囲を驚かせる相手でなければいけない。かといってアリーダが勝てない相手は論外。丁度良い獲物を探す必要がある。
「……ん?」
森を歩いていると微かに音が聞こえた。
耳を澄ませると、鋼同士をぶつけたような金属音だと分かる。
音のする方角へ走ったアリーダは崖を見つけて慌てて立ち止まる。
ヒヤヒヤしながら崖下を覗けば、戦闘中である一人の女剣士とモンスターが見えた。
(お、女だ。女剣士がモンスターと戦っているぞ)
傷だらけの鎧を着ている女剣士は金の髪を揺らし、美しい剣技で戦っている。
律儀に型を意識して戦う姿は見ただけで真面目さが伝わる。
周囲に仲間の姿は見えないが、最初から一人なのか殺されたのかはまだ分からない。
注目すべきは相手のモンスターだ。
外見は針鼠だが体長は三メートルといったところ。
全身が棘だらけの体は厄介極まりない。
しかし注目の理由は凶器の体ではなく、そのモンスターに全く見覚えがないからだ。
ギルドに入って約半年、様々なモンスターを見たアリーダの記憶には存在しない。
(何だあのモンスターは。見たことねえぞあんなの、新種なのか? とくればこれはラッキーチャーンス! あの女を助けつつ新種のモンスターを討ち取れば、ギルドからの評価も上がり女からも惚れられる。一度に二つもお得だぜ)
仮に新種のモンスターなら発見者にはギルドから大金貨十枚が支払われる。
危険度に合わせて上乗せされることもあり上限は大金貨百枚。
大金貨十枚でも贅沢しなければ四、五年は暮らせる程の金額だ。
現在アリーダの脳内では、金髪女剣士に抱かれながら『愛しています』と言われ、受付嬢のリリルから大量の大金貨を渡されている。その妄想を現実とするためにアリーダは気合いを入れ、巨大針鼠をどうやって討つかを考え出す。
(そうと決まったら今のうちに観察だ。あのモンスターの特徴を頭に入れろ。体から生えているのは棘か? 硬度が余程高いのか斬撃すら弾いてやがるぞ。ありゃ俺の持っている短剣なんて意味ねえな。魔法主体で戦った方がいいか)
観察しつつ作戦を頭の中で組み立てるアリーダは戦いを見守る。
女剣士は決して弱くない。剣技や動きからも強さが分かる。
しかし針鼠型モンスターとの相性が悪かった。
剣は硬い棘に防がれ攻撃が一向に通らない。
せめて棘を斬ることが出来ればダメージを与えられるが硬くて斬れない。
諦めずに斬撃を放ち続けるが弾かれ、女剣士は剣を放してしまう。
(マズい、武器を落とした! まだ観察し足りねえが行くしかねえ。今俺が颯爽と助けてやるぜ美女剣士!)
アリーダは「待ちな針鼠!」と叫び崖から飛び下りた。
女剣士と巨大針鼠は乱入者に注目し、戦闘が一時的に止まる。
十メートル程の崖から地面へ下りたアリーダが着地した瞬間――足が、曲がる。
左足首にかかる衝撃を殺しきれず、曲がって捻挫してしまったのだ。
左半身のバランスを崩したせいで地面に倒れてしまう。
「ぐあああああああ!? し、しまった、足を挫いたあああ!」
アリーダが生きてきた十八年の中で一番の失敗が今起きた。