17 シスターエルへのプレゼント? ああ、それを説明するならまずはシスターエルの過去を語らなきゃあならねえ。俺も幼い頃、アンドリューズのオッサンに教えられたんだがよ。実はあの人――
一話の予定だったけど予想より長くなってしまったので二話に分けました。
王都下町の隅にあるエルマイナ孤児院。
身寄りのない子供を引き取るその場所では現在、院長の誕生日会が開かれようとしていた。今も孤児院で生活している子供達は当然出席として、この日ばかりは出て行った者達も実家に帰って来る。普段より多い人数が広間に集まり、院長であるエルを祝福してくれる。
いくつもの長机に豪勢な料理が並び、集まった者達が大人しく席に着く。
主に子供達が「せーの」とタイミングを見計らって口を開いた。
「エル院長、誕生日、おめでとううううううう!」
そして一斉に、殆どの者達が祝福の言葉を口にした。
「みんな、毎年、祝ってくれてありがとう」
院長エル・トットフィードにとっては毎年この瞬間が至福の時である。
今この場所で生活している子供達や、この場所を出て行った者達の笑顔を見ることこそエルの心の支え。自分が今までやって来た孤児の面倒を見ることは無駄にならず、多くの笑顔を生めている。それだけで癒やされる。叶うなら毎日が誕生日であればいいのにと何度も思った。
毎年同じ流れだが、誕生日会が始まってすぐ数人の子供がケーキを運んで来る。
今年は四人で協力しているが運び方が危なっかしく何度か落としそうになった。
「「「「バースデーケーキです! どうぞ召し上がれ!」」」」
四人の子供が苺の乗った円状のショートケーキを机の上に置く。
ケーキなどのスイーツは高価だし、直径三十センチメートルの大きさとなれば相当な高値だ。作ってくれたのは孤児院育ちの女性であり、昔からパティシエになりたいと言っていたのをエルは覚えている。今日のために無料で作ってくれた彼女のためにも残すわけにはいかない。甘いケーキは老いた胃に入りづらいが毎年なんとか食べている。
「ねえアリーダ、アンタSランクパーティー追放されたんでしょ? ウケる。ウチの店で雇ってあげよっか?」
「うるせー。俺がパティシエとか似合わねえだろ。スイーツ好きでもねえしよ」
「えええ最近はよく買いに来てくれるじゃーん。雇われろよー」
孤児院育ちで店を持つのはかなり難しい。
教養も資金も人手も足りない状態から、今アリーダに絡む女性は王都下町に店を開いた。最初は上手くいかないと愚痴を零しに帰って来たが今では下町の人気店。店の経営者となったのは彼女以外にも居たが、経営難から店を畳むことになった者が多い。しかし路頭には迷わない。孤児院を出た殆どの人間がどこかで働き人間関係を構築することで、今では働き口に困ることが滅多にない。そして、社会に出て働く者達が恩返しのように助けてくれるので、エルは今も院長を続けていられる。
助けてくれる彼等彼女等に感謝しながらエルはケーキを口に運ぶ。
大人も子供も周囲の者と話しながら、この日限りの豪勢な料理を食べ始める。
「ギルドなんて危ねえだろ。アリーダ、俺が今働いているレストラン従業員募集中」
「接客とか面倒臭え」
嫌な顔をしながらアリーダが肉を頬張る。
「あれ、君もしかして、アショウさんの娘さんじゃ」
「父を知っているのですか?」
「こう見えて騎士だからね。君のお父さんと同じ部隊に所属していたよ」
料理を食べる手が止まったイーリスが父親を知る男と昔話をする。
「ねえねえ君って新しく来た子? 可愛いいいいい!」
「え、あ、あの、ありがとうございます? あ、頭は撫でないでください!」
やたら触れようとしてくる女性に戸惑うアリエッタ。
殆どの人間が会話しながら食事する光景を前にエルには優しい笑みが浮かぶ。
エルは十七歳の時まで実家に居たが、家族と談笑しながらの食事なんて一度もなかった。冷めた家族の間には情すらなかったのかもしれない。そんな冷え切った家族との生活を経験したからこそ、今目前に広がる光景が好きだ。血が繋がっていなくても、離れて暮らしていても、温かい絆を持つ家族を愛している。
食事も終わりに近付いた頃、集まった一人一人がエルにプレゼントを渡す。
最初は孤児院で生活中の子供達。紙製の花束や手袋、保湿クリームが贈られた。
アリエッタからは様々な皿が五枚、イーリスからは木製の皿が一枚。二人は誰かに物を贈ることに慣れていないので明らかに緊張した表情だ。二人の緊張を解すためにエルは優しく笑って受け取る。
「ありがとうアリエッタさん、イーリスさん。二人共、ここでの生活は慣れましたか?」
「はい。みなさんとっても優しい人ですから過ごしやすいです」
「私もここの生活に慣れましたよ。子供の扱いもね」
エルは「良かったわ」と呟いてからアリエッタに目を向ける。
「アリエッタさん、ごめんなさい。今日は尻尾を隠してもらって」
「い、いえ、お気になさらず。私は魔人ですし当然ですよ」
「……いつか、尻尾を隠さなくても、町を歩けるようになればいいわね」
不自由を強いているアリエッタに対してエルは申し訳なく思う。
魔物が混じった人型生命体、魔人への差別意識は人間社会に強く根付いている。逆に魔人の社会にも人間への差別意識が根付いている。多くの生命は自分と違う存在を遠ざけるのだ。この問題ばかりは簡単に解決しないし、仮に解決するとしても数百年は掛かるだろう。アリエッタはきっと、人間の住む町に居る限り自分の種族を隠し続ける。
「全ての人間と魔人が二人みたいに、打ち解けることが出来ればいいのにね」
「おそらく不可能でしょう。今は私もアリエッタを信頼していますが、それはアリエッタ個人への信頼。魔人を信頼したわけではありません」
「ふふ、あなたがそう言ってくれただけで可能性の光が見えそうだけれど」
「人間同士ですら分かり合えない今では、その光は幻に過ぎないでしょう」
正論を言ってイーリスとアリエッタは席に戻った。
分かり合えず家族と別れたエルにとって耳の痛い言葉だ。
先程の言葉を深く考えたいところだがそんな暇はない。
プレゼント渡しは今も続いており、今度は孤児院を出た者達の番である。
パティシエ、騎士、飲食店の従業員など様々な仕事をする大人達からは、自分の立場を活かせるプレゼントを貰った。中には貰っても困る要らない物もあったが、愛する家族からの真心ある贈り物ならどんな物でも嬉しい。
「あら、次はアンドリューズにアリーダ? 珍しい組み合わせね」
遂にプレゼントは次で最後。エルの前にはアンドリューズとアリーダが立つ。
「私達で最後です」
「プレゼントは丁度到着したみてえだ。外に出なよシスター」
今までとは違う展開に戸惑いながらもエルの期待は高まる。
わざわざ外に出る必要がある贈り物に期待するなと言うのが無理な話だ。
転ばないように広間から玄関までゆっくりと歩き、入口の扉を開けて目を丸くする。
孤児院の庭には金の鳩が描かれた馬車が止まっていた。
忘れようもない金の鳩はグリッドマン伯爵家の家紋。
馬車の中から出て来たのは護衛の騎士、杖を突くスーツ姿の老爺。
老爺の顔を見つめているとエルは彼の正体が分かり、深く頭を下げた。
「顔を上げたまえ。エル・トットフィード」
僅かに緊張を出す顔を上げ、再び老爺を見つめる。
「……なぜ、あなたがここにいらっしゃったのでしょう。グリッドマン様」
「ギルドマスター代理、アンドリューズの頼みだ。君に会ってほしいとね」
今、エルは理解した。用意したプレゼントとは彼のことだと。
どんなプレゼントでも嬉しいと思っていたがさすがに複雑な気持ちになる。
「グリッドマン様。アンドリューズが何を言ったのかは知りませんが、私とあなたの縁はもはや途切れたはず。今は昔話や世間話をする仲でもないでしょう。いったい、なんのためにいらしたのでしょうか」
「今の君と話をしてくれと頼まれただけだ。昔の君とは違うらしいではないか。私と、婚約していた時の君とは」
ソリエ・グリッドマンはエル・トットフィードの元婚約者だ。




