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下級魔法しか使えない魔法使い~何いいいこの俺を追放だとお!? おいおいつまんねえギャグ……え、マジなの?~  作者: 彼方
一章 追放と罰~パーティーを追放されたけどなんだかんだで上手くやる~
15/90

15 善悪


 王都のエルマイナ孤児院にて。

 朝から子供達の声で騒がしい孤児院内だが、今日は普段よりも騒がしい……というか動きが慌ただしい。まだ朝八時だというのに子供達は全員起きて部屋を動き回っていた。そんないつもとはどこか違う院内の様子に気付いたイーリスは、椅子に座って子供達を見ている紫髪の男に問う。


「アリーダ、今日は子供達の様子が変ではないか?」


 早朝から剣の稽古をするイーリスは孤児院の朝を見慣れている。

 普段は九時まで寝ている子供もいるのに、今日は眠そうながらも何かの作業をしていた。色の種類様々な紙を切ったり貼り合わせたりして飾りを作っている。なぜかそこには黒い長髪の少女、アリエッタの姿もあるので益々不思議だ。


「ああ、今日はシスターエルの誕生日だからな。祝う準備してんだよ」


「何、エルさんの? そうかそれでか。私もプレゼントを用意しておこう」


「プレゼント? じゃあ金で頼むわ」


「君にはやらないぞ。……しかし、プレゼントといっても何を用意すればいいのか分からないな」


 去年までイーリスも誕生日を両親から祝ってもらったし、プレゼントを貰えば嬉しいのは理解している。気持ちが籠もっていれば基本、常識の範囲内の物なら嬉しく感じるだろう。しかしイーリスはエルの好物や趣味すら知らない。考える時間もあまり残されていないので早く決めたいが、相手が欲さない物を贈るのだけは避けたい。


 アリーダは「金だろ金」と言うが、気持ちがいくら籠もっていてもイーリスはそれでいいのかと悩む。誰でも紙幣を貰えば嬉しいのは確かだ。それでも誕生日に自分が紙幣を貰ったら、なんとも言えない複雑な気持ちになるだろう。


「君は何か用意したのか?」


「喜ぶかは分からねえけどな」


「エルさんなら君から何を貰っても嬉しく思うのではないか?」


「常識の範囲内ならな。虫とか泥団子とか貰っても困るだろ」


 エルが孤児院の子供達を愛しているのはイーリスにも伝わる。

 例え虫や泥団子を貰ったとしても、エルは笑って喜んでくれるだろう。

 贈り物自体にではなく、物を贈ろうとしてくれた子供の気持ちに対してだが。


「その言い方、君が用意するのは非常識な物というわけか」


「……まあ、一般的じゃねえのは確かだ。どういう展開になるのか俺にも予測出来ねえ」


 ただでさえ非常識なアリーダがそこまで言うのは不安になる。


「因みに何を用意したのか教えてくれるつもりは」


「ない。俺のを参考にしたかったんだろうが、プレゼントなら自分で考えな。ああでも一つ助言してやる。武器は要らねえぜ」


「安心しろ、そんな物は贈らない」


 さすがに武具や防具がいらないことは分かる。

 木剣すらない孤児院だ、戦いとは無縁の場所である。


 アリーダを当てに出来ないと理解したイーリスは子供達のもとへ行く。

 孤児院でイーリスが寝泊まりさせてもらって約一ヶ月。孤児達との関わりは少ないが、余所者の彼女を怖がりながらも剣術を習いたいと申し出た子供とは親しい。時間が空いた時に稽古を付けたからか師匠と呼ばれている。


「ルクス、ウェイド、少し話せるか」


「おお師匠。何だ話って?」

「忙しいから手短にね!」


 ルクスとウェイドは活気ある少年でイーリスの一番弟子と二番弟子。

 剣の稽古の際はイーリスがもう使わない木剣を貸し出し、最初は二人だけだったが今では十人も稽古に参加していた。子供と関わるきっかけになった二人にはイーリスも感謝している。


「今日はエルさんの誕生日なのだろう? 私もプレゼントを用意したいのだが、何を渡せばいいか決められなくてな。君達もプレゼントを贈るならそれを参考にしたい。構わないだろうか」


「俺達はこれだよ、今作ってるやつ」


 二人は色紙を折ったり貼り合わせたりして器用に花を作っていた。

 綺麗に出来ているからか二人は自慢気に胸を張る。


「紙で花束を作るんだ。女の人って花を貰ったら喜ぶんでしょ」


「全ての女性が喜ぶわけではないだろうが、エルさんは喜ぶと思うぞ」


「やっぱねー」


「まあ頑張れ」


 イーリスは二人の肩に手を置いた後で二人から離れる。

 残念ながらプレゼント選びの参考にはならなかった。何かを作るという行為は良いが、子供に交ざって色紙を折る気にはなれない。ああいった物は子供が作るから微笑ましいもので、今年で十八歳になるイーリスが紙の花を渡すのは大人としてどうなのかと思う。


「イーリスさん」


 黒い長髪の少女、アリエッタがイーリスに近付いて来る。


「む、どうした?」


「エルさんへの贈り物を買いに行きたいんです。付いて来て貰えませんか? 外出には監視が必要でしょう?」


 彼女がイーリスに声を掛けてきた理由に見当がついた。

 彼女は魔人。モンスターの特徴を持つ人型生命体。

 イーリスが危険と判断して監視をしているからこそ同行を願ったのだ。


 今までの生活からイーリスは彼女を少し信用している。最近は孤児院内で全く監視していないし、外でも監視は必要ないかもと思っている。そんな心の内を話していないせいで、彼女は未だ外出前にアリーダかイーリスに同行を願う。


「構わない。因みに、何を買うつもりなのだ」


「お皿です。エルさん、というより孤児院への贈り物ですね」


「皿……日常で使う物か」


 アリーダや子供達よりは参考になる意見が聞けた。

 日常で使う物ならいくらあっても困らないし、要らないとは誰も言わないだろう。


「うん、参考になったな。早速食器屋へ行こう」


 監視のためではなく、自分もプレゼントを買うためにイーリスはアリエッタに同行することにした。

 孤児院から出て町に出た二人は食器屋へ向かう途中、やたらと声を張り上げて店の宣伝をする男性を見かけた。口髭を伸ばし、眼鏡を掛けた小太りの男性は怪しい雰囲気だ。宣伝される露店には黄金色の大きな壺が一つだけ置いてある。


 大きな声の宣伝が気になってアリエッタが露店を見ていると、店主の男性が気付き声を掛けてくる。


「おうお嬢ちゃん、今日の商品見ていかないかい! 綺麗だろうこの黄金の壺! これだけ大きいのになんと純金製! 買った者には幸福が訪れるという噂まである、幸福を呼ぶ黄金壺だよ! 今なら一割引き、いや三割引きで大金貨五十枚! 今がお買い得だよ!」


 壺は五歳の子供程度の高さがあり丸太よりも太い。

 持ち運びだけでも大変そうな壺を、大金貨五十枚なんて大金で買う人間が居るなどイーリスには思えない。買うなら余程の大金持ちか、幸福を呼ぶ噂目当ての酔狂な者しか居ないだろう。当然金に余裕がない二人には縁のない代物だ。


 アリエッタが「……幸福」と呟く。

 黄金の壺を見つめる彼女は興味津々の様子だ。


「あの、もっとお安くならないでしょうか?」


「止めておけアリエッタ。幸福を呼ぶだとか、運命の人に出会えるだとか、確証のない言葉で宣伝するのは詐欺の手口だ。こんな壺に特殊な力が宿っているわけがない」


「聞き捨てならねえな嬢ちゃん! 買う気がねえならどっか行きな、商売の邪魔だぜ!」


「言われなくても離れる。ほら、行くぞ」


 イーリスはアリエッタの腕を掴み、雑踏の中へと紛れた。

 またああいった人間に近付かないように、イーリスは彼女の腕を放さずに食器屋へと向かう。一応彼女への負担を考えて掴む力を弱め、歩行速度を遅くする。無言のまま進むイーリスに彼女は戸惑っている様子だがそこには配慮しない。


 町を通る人の数が少ない道に出た時、アリエッタは「あの、イーリスさん!」と叫ぶ。

 名を呼ばれたイーリスは彼女の腕を掴んだまま振り返る。


「……どうした、痛かったか?」


「いえ、痛くはありませんが……もう放しても大丈夫です。人の数も減ったので迷子にはなりませんし」


「ああすまないな。今放そう」


 イーリスはアリエッタの腕を放し、自分が何をしていたのか考える。

 詐欺から守った理由は単純だ。そもそも買う金などなかったが、仮に買えば孤児院の迷惑になるかもしれないからだ。魔人を守りたいなんて思わない、思うわけがない。魔人を忌み嫌う自分は魔人が仲間なんて認めてない。


 心の中での言い訳を続ける中、ふと盗賊団の一件を思い出す。

 あの時、アリエッタはイーリスを命懸けで守った。

 今まで魔人は人間を殺す怪物で、彼女は特に狡猾で抜け目のない個体だと思っていたが、必死に自分を庇った彼女を見て迷いが生じた。魔人の中でも彼女は優しい心を持つ者なのではと思ってしまった。あの件を境に監視は必要ないかもと思ってしまっている。


「さっきはありがとうございました。少し興味が出てしまって」


「……まったくだ。君は、ああ、君が一人で出掛けるのは危うい。騙されやすそうだからな」


 イーリスの言葉に「あはは」と苦笑するアリエッタ。

 とっくにイーリスは監視は不要と気付いていたのかもしれない。

 記憶を失っているからかもしれないがアリエッタは優しい。誰かのために命懸けで戦い、他人への思いやりを持つ。まるで、イーリスが目指した父のような、甘さは目立つが騎士のような心を持っている。


「やはりこれからも外出の際は私が同行しよう」


「はい、監視のためですよね。それでみなさんが安心出来るならお願いします」


 イーリスはアリエッタにどう言葉を返すか悩んだが覚悟を決めた。

 いざ口に出す時、彼女を見ていると望む言葉が出なくなると思い身を翻す。


「……監視ではない。……チームの仲間を、守るためだ」


 覚悟は決まった。憎い種族の魔人を仲間として受け入れる覚悟だ。

 イーリスは認めたのだ。魔人の中にも良い心を持つ者が居ることを。


 一方、予想外なことを言われたアリエッタは「え?」と目を丸くして、数秒思考が停止してしまう。やがてイーリスの気持ちを僅かにでも理解した彼女の口には自然と笑みが浮かび、イーリスの手を掴む。


「行きましょうか」

「ああ、そうだな」


 二人の間にあった心の壁は崩れる。

 遠慮が消えた二人は、まるで幼い頃からの友人のように食器屋へと歩いて行った。


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