2.弟よ、ざまぁ。
早朝、宮殿中庭。なんとか無事に起きることが出来た俺は、用意していたトランクケースを片手に宮殿門へ向かう。隣にはメイドのラドリー。昨晩何度も果てるまで動いていたというのに、表情はむしろ健康そのものだ。
「ね……眠い……」
「ハント様が何度も元気になるものですから、てっきり満足しきっていないのかと……」
「これからは朝早い日の前はほどほどにしてくれ……いや、嬉しいんだけどさ」
「ハント様が嬉しいのであれば、なおさらやる気が出ます!」
俺は乾いた笑いをラドリーに返す。俺の天賦のせいでこうなってしまったんだ。ラドリーの意思を尊重しようとは思っているが、果たして俺の身はもつのだろうか。そんな事を考えながら歩いていると、背後から呼びかけられる。
「よお兄貴。別れの挨拶も無しに行っちまうのか?」
「アルベルト……」
この男は俺の双子の弟、アルベルト。炎を操る天賦を持ち、将来有望と周囲に期待されている。護衛二人を連れたアルベルトは嫌味な声色で話し続ける。
「俺、少しは兄貴に感謝してるんだぜ?皆が俺を天才と囃し立てるからな。兄貴が無能力者のおかげでよぉ!」
アルベルトとその取り巻きはゲラゲラと笑いながら言う。ひとしきり笑いきったアルベルトは俺の足元に小袋を放り投げた。袋から数枚の金貨が零れる。
「ま、腐っても兄弟だ。せめてもの情けだよ。拾いな」
「いらないよ。自分の路銀は自分で稼ぐ。お前こそ、この金で品性でも買って来たらどうだ。売ってあればの話だけどさ」
「へぇ、言うじゃねえか無能力者さんがよぉ。どうせ兄貴はもう家を出るんだ。ボコしちまっても誰も文句言わねぇよなぁ!」
アルベルトが俺に手を掲げると天賦“炎を操る力”が発動した。巨大な火球が手のひらの上に形成されていく。
『やはりアルベルト様の力は素晴らしい!』『騎士として申し分のない天賦だ!』などと取り巻きが驚きの声を上げる。
それに対し俺も天賦を発動した。俺の天賦に特別な動作は必要ない。俺は火球を見定める。次の瞬間には爆音とともに火球が暴発し、アルベルトが大きく吹き飛んだ。アルベルトの火球は制御されなかった。
「うわぁぁっ!」
「天賦の制御なんて初歩中の初歩だろ。稽古付けなおしてもらったらどうだ」
「たまたまだ!クソ!」
再びアルベルトが天賦を使おうとするが、そのたびに火球は形成される事無く暴発する。
俺の天賦はその“生物”に対して一度きりしか使えない。しかし、発生した“事象”に対しての発動はその限りではなかった。
“アルベルトは火球を制御できなかった”と俺が認識すれば、天賦の対象はアルベルトとなる。しかし今回のように、“火球は制御されなかった”と俺が認識すれば、アルベルトが俺の天賦に影響され、金輪際天賦を制御できなくなるような事はない。
『アルベルト様!大丈夫ですか!アルベルト様!』
取り巻きは完全にノびてしまったアルベルトを抱え去っていく。取り巻きが俺に向かって汚い言葉を騒いでいるが、俺は無視して宮殿を出た。
「行こう、ラドリー」
「はい」
その気になれば、“アルベルトには天賦が与えられなかった”なんて事もできたかもしれない。宮殿内の人達みんなを“俺を差別することはかった”という事にすることもできたかもしれない。だが、そこまでして俺はあの宮殿に留まりたいとは思わなかった。
◆
場所は移り、王都ガーディニアの貸し宿の一室。俺とラドリーは今後の計画を立てる。
俺の目的は変わっていない。“管理者”、もとい“魔王”にたどり着き、俺のこの力を使って管理者を“暴走しなかった”事にする。ただ、それには多数の問題がある。
「ハント様。やはりこの旅は魔王を討つためのなのですか?」
「ああ。王に言われたからって訳じゃなく、俺は元々そのつもりだった。けれどそのためには情報が少ないし、戦力も圧倒的に足りない。少しの間この街を拠点にしながら仲間を探そうと思う」
「魔王が拠点にしていると言われる国“シャルデン”を目指すには相当な距離と難所がありますからね」
「そうだ。俺は昼になったらギルドあたりで情報を集めてみる。それまで少しだけ仮眠をとるよ」
「その前にハント様。早朝からあのような言いがかりをつけられ気分が萎えてしまっていませんか?」
そう言うとラドリーは前かがみになり、豊満な谷間を強調してみせた。
「さすがに勘弁してくれ。慕ってくれるのは嬉しいけど、度が過ぎた奉仕は困るよ」
俺はラドリーの額をぺしっと叩くとラドリーは「きゃん」と可愛い声を出した。俺の天賦の影響とはいえ、過剰過ぎるくらいの奉公心。きっとこの力には、まだまだわかっていない事がある。それも解決しなければならない。
「では、どのくらいが度を過ぎているのでしょう?」
「とりあえず、朝昼晩休みなしで誘惑するのは止めてくれ……。少し外の空気吸ってくるよ」
「はーい……」
ラドリーはしょんぼりとむくれている。
念のために短剣と片手剣を腰に携え俺は散歩に出かける。普段滅多に宮殿の外に出なかった俺には、目に映るものすべてが新鮮に見えた。
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