第2章 ルリのバースデーミーティング(1)
退院して9ヶ月目に、仲間のバースデーミーティングがあった。それはグループチェアパーソンのルリさんである。彼女の5年のバースデーで、たくさんのゲストが来ると予測された。バースデー1週間前の※ビジネスミーティングで役割を決める。
※筆者注:ビジネスミーティングとはグループの会員のみで、運営について協議決定する会議で月1回実施する。議長はチェアパーソン。
ミーティングの司会をルリさんのアドバイザーである新横浜グループの静香さんにして頂く。テーマはルリさんが『わたしのNow and then』と決めた。
バースディケーキは隠し味に洋酒の入っていない不二家で、三郎さんが買ってくる。コカ・コーラとお茶のペットボトルはたかしさん、チョコやクッキー等のお菓子は信七郎が担当した。
上永谷グループは会員数8人、毎回参加するコア会員は6人である。現在毎週月曜の午後7時から午後8時30分に開催していた。実は2年前は木曜にもミーティングを開催していたが、会員数が減少して休止している。
信七郎の加入で実質6人になり、2日実施できるギリギリの数まで回復した。ルリさんはこの日のビジネスミーティングで
「2年ぶりに木曜日のミーティングを復活してもいいと考えています。時期は3か月後が良いかと。ちょうど※はやてさんの1年のバースディがあり、弾みにもなりそうです。皆さんの意見を聞かせてください」
※筆者注:前述したように、信七郎は秋山から『はやて』に通り名を替えていた。
三郎さんが
「僕はまだ時期尚早だと思います。コア会員6人では週1回が適正ではないでしょうか。8人になったら、増やせばいいと思います」
たかしさんが
「復活してもいいんじゃないですか。何なら、俺が会場係をやってもいいですよ。こういうことは誰かが言い出したときがチャンスです。これを逃したら二度目はないかもしれない」
ルリさんが
「はやてさんの考えを聞かせてください」
信七郎は指名されてオヤッと思ったが、援護射撃をしてみようと
「たかしさんと同じで、今しかないと考えますね。3ヶ月後は私の1年のバースディです。1回目をバースディミーティングで実施したらいかがでしょう」
ルリさんが嬉しそうに
「ア、それは考えてなかったわ。良いですね、晴美さんの意見はいかがですか」
「わたしは皆さんの意見に従います。会場係はできそうもないですが、お手伝いはしますよ。アラ、復活に賛成と言ってるみたいですね」
ルリは笑いながら
「晴美さんありがとう。最後に井口さんはいかがですか」
ソーバー(断酒歴)2年で50代男性の彼は
「木曜日はたまにしか来れないから、皆さんにお任せします」
苦笑いをする三郎さんが
「晴美さんの気持ちは賛成でしょ。参ったな、僕は反対ではなく、会員が増えてからと思ったのだけど。仕方ありません、3ヶ月後の復活に賛成します」
ルリさんが満面の笑みで
「皆さん、ありがとうございます。全員一致で賛成してくださり、感謝いたします。実は3ヶ月後のミーティングは押さえておきました」
たかしさんが
「ルリさんは手回しがいいな。先読みして取ったのですか」
ルリは悪戯っぽく
「いえ、皆が賛成してくれるか自信がなかったの。最後は会場が取れたからと言って、泣き落としで何とかしようと思っただけ」
こう言って舌を出し、一同は笑った。笑いながら思うのである。ルリさんの純心が依存症仲間を救いたいという気持ちを。
信七郎はこれとは別の意味で、心がドキッとしていた。このときのルリさんの表情がメチャクチャ可愛かったのである。彼はこの日より、彼女を意識するようになっていく。
そして翌週のバースディミーティングの日がやってきた。参加者は33名と大勢の方が来る。上永谷グループの仲間は全員出席した。ソーバー25年のやすおさんが存在感を放ち談笑している。
彼は今年77歳で、月に1回もミーティングに出ていない。飲酒要求など全くなく、酒の匂いで気持ちが悪くなるそうだ。
信七郎は思った。やすおさんの境地に到達するのはいつのことか。いや、一生たどり着けないのではないだろうかと。
午後7時になると、司会の静香さんが
「それでは上永谷グループのバースディミーティングを始めます。今日司会を仲間の配慮により、務めますアルコホリックの静香です」
参加者全員が
「しずか!」
「新横浜グループです」
「しんよこはま!」
ASでは発言した仲間の名前と、所属グループを参加者が復唱する。
「序文を読みます。・・・(中略)・・・。本日病院から退院したり、やり直したい方はいらっしゃいますか」
会場からアラフォーぐらいの女性から
「はい!」
司会の静香さんが
「はい、どうぞ」
手を挙げた女性が
「ありがとうございます。アルコール依存症のかおりです」
「かおり」
「大船観音グループです」
「おおふなかんのん」(以下復唱略) 「わたし3ヶ月前に飲んじゃいました。これで4度目のスリップです。前回は2度あることは3度あるで、ショックはそれほどなかったのですが。今回は仏の顔も3度までで、立ち直るのに3ヵ月もかかりました。
今日はわたしが憧れているルリさんのバースディなので、やり直すには最高と思い出席させてもらいました。そこでルリさんにお願いがあります。
依存症だらけのどうしょうもないわたしですが、アドバイザーになって頂けないでしょうか。不束者ですが、よろしくお願いします」
会場から割れるような拍手とヤジが跳ぶ。
「かおり、よく来たな!」
「よく頑張ったぞ!」
「ルリ!受けてやれ」
司会の静香さんが
「ヤジはダメですよ。発言したのはたかしさんと、ミッキーにジョージの3人でしたね」
3人が立ち上がり
「すいませんでした、静香さん」
「はい、今日はお目出度い日なので、大目に見ておきますよ。かおりさんのお願いは、ルリさんが後日返事することでよろしいですか」
「はい、結構です」
ここでルリさんがキリッとした顔で
「わたしでよければお受けしますよ、かおりさん。でも、わたしなんかで良いのですか。わたしだって、3度スリップしてます」
すぐ受けてくれるとは思わなかったかおりさんが
「わたし、ルリさんを尊敬しています。もう5年も飲んでないのだから、スリップの回数なんて関係ありません。不躾なお願いを聞いて頂き、ありがとうございます」
言ってから、嬉しさ余って泣き出した。静香さんが
「司会者の裏腹と違い、急転直下で二人が決めました。皆さん、ルリさんとかおりさんに、暖かい拍手をお願いします」
またもや、盛大な拍手である。どうやら、このバースディミーティングは天使が、悪戯しているかのようなプロローグであった。ハタと気付いた司会者が
「大切なことを忘れるところでした。かおりさんにワンデーメダルを差し上げます。アドバイザー成り立てのルリさん、あなたが渡してあげてね」
静香さんからワンデーメダルを受け取ると、ルリさんはかおりさんの席まで行き
「これからは飲まない生き方を二人で、歩いていきましょう」
と言いながら、立ち上がったかおりさんにメダルを渡す。
「ありがとうございます、ルリさん。わたしはあなたがいる限り、飲みません」
メダルの授受をした二人は両手で握手する。それを見た参加者は三度の熱い拍手をして、会場内を暖かさで包みこんだ。