第8話 ~鉄の鼓動~
ガタンと揺れる、世界と共に車輪は回る。
星明かりの元、馬車は突き進む。
しばらくすると街の喧騒と鉄を打つ音が聞こえてきた。
御者「お客様、そろそろ着きますよ」
ガレアス「おー、見えてきたのう、ワシの祖国」
ルミネ「オリハル鉄王国」
山脈の麓、その谷の隙間から街明かりが角ばった岩壁を照らし出した。街の至る所で煙が立ち上がる。
エルド「なぁ……今日疲れたから休もうぜ……オエ"ッ"!」
ガレアス「ガッハッハッハ! 情けないのう!」
ルミネ「そうだ……お兄ちゃん乗り物に弱かった……」
しばらくすると街の門にたどり着く。
ガレアス「ほれ、駄賃じゃ」
御者「まいどあり! またのご利用を」
エルド「俺疲れたー! 宿ぉー宿ぉー!」
ルミネ「……いい加減に……」
エルド「痛ってー!」
ガレアス「ガッハッハッハ! 愉快愉快、そうだワシはここの地元民じゃからのう、案内したるわ」
双子の兄妹はガレアスについていく。
道中、深夜にも関わらず薪の弾ける音、鉄を打つ音、ミルアルヴとはまた違う音がする。
ルミネ「にしてもこんな真夜中に鍛治をしてるなんて、近所迷惑にはならないの?それに疲れるし」
ルミネは困惑する。
ガレアス「ワシらドワーフは鍛治が大好きでのう、バカどもの騒ぎには腹がたつが鍛治のことになると途端手のひらを返すんじゃガッハッハッハ!」
ルミネ、エルド「うわー……」
ガレアス「さてお主ら、宿に着いたぞ。今日はぐっすり休め! 明日から装備を整え、お金を稼ぎ、ルシウスの情報を収集する、良いな?」
ルミネ、エルド「りょーかい」
眠りにつく頃。
エルド「全く、ルシウス早く見つかんないかなぁ……そういやあのとき……」
過去のエルド「おいおい、ルミネこれ見ろよ! ジャーン!」
過去のルミネ「うわぁ……」
エルドはそこら辺で拾った枝を人差し指くらいの長さに折り、それを鼻に挿して左右に振る様にして自身の妹に見せながら遊んでいた。
過去のルミネ「はぁ……これでも一応私の兄なのよね……しかも一応王族の長男……」
過去のエルド「怖れることはねぇ!なんなら追放されたからなぁ!」
過去のルミネ「そうゆうことじゃないでしょ……はぁ、私あそこの滝で遊んでくるから」
過去のエルド「ういういー」
過去のルミネ「ほんと、もう……」
到底王族の兄とは思えない奇怪な行動に呆れるルミネであった。
滅茶苦茶な現実に思わず一人になりたくなっていた。
過去のルミネ「はぁ……全くどうしてこんなことに……!?」
滝壺、そのすぐ横の河原に座り黄昏るルミネ。
それは数分後のことだった。
ルミネは驚いた、滝の上から人が流されてきたのだ。
過去のルミネ「……!?……人!?……まずいまずいまずい! そうだ! 風よ! ウィンド!」
ルミネの風魔法が流された少年を川から引き上げ岸に寝かせる。
少年「……」
過去のルミネ「ねぇ! しっかり! ……癒しの光……ヒール!」
少年「……」
過去のルミネ「……これまずいやつじゃ……ええい……」
少年は肺に水を詰まらせていた。外傷は軽度、傷を癒す回復の魔法では目を覚ますことはなく……ならば意を決した行動あるのみ。
人工呼吸である。
少年「……ゲホッ! ゲホッ! ……」
過去のルミネ「よし!息は………戻ってる!!早くお兄ちゃんにも知らせなきゃ」
数刻後。
過去のエルド「……お! 目を覚ましたぞ!」
少年「ここは……」
過去のルミネ「あなたは川に流されて意識を失っていたの…突然だけど……名前は?」
少年「……無い……わからない……」
エルド、ルミネ「………」
過去のルミネ「なんか、ごめんね……」
過去のエルド「あっ! あれだ! 俺達が名前を付けよう!」
過去のルミネ「そんないきなり……」
少年「……お願いします……」
過去のルミネ「!?」
過去のエルド「なら決まり!」
過去のルミネ「んでどうするの?」
過去のエルド「ぶつけたところが赤いからな……トーマト……」
過去のルミネ「……は?」
過去のエルド「ヒィィ! すんません……」
過去のルミネ「ふざけてるの!? そんな名前はダーーメ! ちゃんとした名前つけよう! ねえ!」
過去のエルド「はーい……そうだなぁ……うわ! 眩しっ!」
エルドは滝の上を見つめる、落ちてくる水飛沫が太陽と重なり眩しいと思う。光だ。
過去のエルド「……光……」
過去のルミネ「光……ルクス……ルシウス……ねぇ、ルシウスってのはどう?」
少年「……良いと思う」
過去のエルド「ちぇー……じゃぁ決まりだな! よろしくなルシウス!」
過去のルミネ「にしても自分の名前がわからないなんて……どうしてかしら? …あっそうだルシウスさんのお家はどこ?」
少年ルシウス「……わからない」
エルド・ルミネ「……う〜ん」
過去のエルド「んーなんだ、記憶喪失か? ……そうだ! ルシウスも一緒に来るか! きっと楽しいぞ!」
過去のルミネ「ちょっとお兄ちゃん! いくらなんでも!」
少年ルシウス「…行きたい…生きて、行きたいです。」
エルド・ルミネ「……っ!」
過去のエルド「なぁ、決まりで良いんじゃ無いか?」
過去のルミネ「まあ、本人がいいみたいだし、ええ、そうね」
過去のエルド「そうだ、まだ名乗ってなかった! 俺はエルド・リンド! こっちは俺の妹のルミネ、これからよろしくな! ルシウス!」
過去のルミネ「よろしくね!」
少年ルシウス「……よろしくお願いします……」
双子は少年の腕を引き川原を駆けて行く、川の音に声がかき消されぬよう、声を上げて語りあった。やがて少年に微かな笑顔が宿った。
エルド「ったく、懐かしいなぁ〜!……ルシウス大丈夫かな……」
どうしてか昔の記憶というものはいつになっても美しい。思い出はいつまでも消えずに心の中に残り続けてしまう。それは苦くも、酸っぱくも、甘くもある。あの日見た滝の水飛沫、あの反射する光が不安なエルドの気持ちを照らしている。遠い思い出の中、いつもそこにはエルフの双子と一人の少年が出会い、互いに笑い合って日が沈むまで遊び続けている。
朝日が昇る。この国での初めての日の出である。窓辺から朝日が差し込み3人の顔を照らす。とても暖かい。外からは昨夜よりも多くの鉄の打つ音、人々の喧騒、荷台の車輪が回る音、幾つもの沢山の音が入り込んで来る。やがて3人は目覚める。これぞオリハル鉄王国、その日の出である。
ガレアス「……ほぅ……朝かのぅ……起きろ……小僧共……」
エルド・ルミネ「……ふぁぁぁ……」
ガレアス「支度するぞ、しっかりせい!」
エルド・ルミネ「……ほい」
双子はガレアスに言われ同時に起き、同時に目を擦り、同時に欠伸した。
ガレアス「ほほう、双子とは面白いものだのぅ…ほれ、起きよ」
そして1時間後。
ガレアス「さて、まずは、装備屋に行くかのう」
エルド「装備!」
ルミネ「行きましょう!」
二人は細道を出て街道を進む。街のいたる所で立ち昇る煙、周りを見渡せば、鍛冶屋で鉄を打つ者、露天で鉱石を売買する者、様々な者がいるが誰も鉱山資源を利用した商業を営む者ばかりである。
ルミネ「流石、鉄の国ね」
エルド「すげー!」
ガレアス「このメテオラシアで鉱山資源の輸出量、埋蔵量とも世界一位だからのう!ガッハッハッハ!」
一行は街中央の大通りを行く。
商人A「はいはいいらっしゃーい! ギガス山の深層から採れた珍しい鉱石があるよー! 今なら1割引き!」
商人B「どうだい? 旦那、いいメテオライトだろ?」
客A「これは素晴らしい! 1キロ塊を2つ頼む!5万ゴールドだ!」
商人B「あいよ!」
市場は活気であふれかえっている。
ルミネ「どうやらこの通りは鉱石商が盛んみたいね」
ガレアス「そうじゃ! この中央通りは世界中から鉱石が集まるんじゃ! そしてあれを見よ!」
ガレアスが中央通り、その遥か先にそびえ立つ一つの巨大な山を指さす。
ガレアス「あれこそ我が祖国が誇る巨峰、ギガス山じゃ! かの巨峰のおかげでこの国は潤っておるんじゃ、そしてここの通りはメテオライトと一部の鉱石を除きほとんどの鉱石がこの中央通りに集まるんじゃ!」
エルド「すげー! つまりめっちゃお金持ちじゃん!」
ガレアス「ガッハッハッハッ! そうゆうことじゃ!」
ルミネ「えーとガレアスさん装備の調達についてなんだけど……」
ガレアス「おーっと! 忘れるとこじゃった。たしか装備屋はあっちじゃ!」
ガレアスが大通りの右側に伸びる通路に指を指す。ルミネ、エルドはガレアスの案内に従い装備屋を目指す、そう遠くない道をしばらく歩くと装備屋についた。
ガレアス「おーい! 久しぶりにお邪魔するぞー!」
エルド、ルミネ「すみませーん……」
双子が恐る恐る店の門を潜る最中、ガレアスは店中に轟く声で店主を呼び出す。
???「お! その酒臭い声は……ガレアスか! 今行くぞー!」
ガレアスの呼び声に反応して店の奥から声がした。ガタンと金槌を置く音がすると石畳の床をコツンコツンと歩いて近づく音がする。
エルド「なあ、爺さん知り合いか?」
ガレアス「ああ、そうじゃ! ワシの昔からの友人ぞ。紹介してやるダチのトールズ・ロックランドじゃ!」
トールズ「久しぶりだなー! してガレアス、その二人は?」
ガレアス「こいつらはワシの連れでのう、新しい装備が欲しいんじゃ!」
トールズ「なるほど……うし! いっちょ頑張るか!」
ルミネ、エルド「やった!」
トールズ「じゃあ! まずはステータスカードを出しな、それに合わせて最適な装備を見繕ってやる」
ガレアス「トールズ、ワシには新しい盾を」
トールズ「了解した!」
3人はステータスカードを出した。トールズはそれぞれの現在の能力、それらを見極め最適な装備を考える。
トールズ「お嬢ちゃんのほうは魔法に特化していて、坊主のほうはなんでもいけるバランス型でエンチャント能力に優れる……よし! 決まった!」
エルド「おお! 新しい装備だ! って忘れるところだった……」
ルミネ・ガレアス・トールズ「???」
エルド「これ装備に使える?」
そういってエルドはポーチから鉄塊のような物を3つ取り出す。
トールズ「なんだこれ鉄塊か? ……待て!? これはメテオライトか!? それにこれは何という高濃度の魔力! こんなの今まで見たことないぞ!」
ガレアス「坊主、一体何処で拾ってきたんじゃ?」
エルド「どうだ!すごいだろ!」
エルドはそういうと得意げに拾ったときのことを話した。
ガレアス「ミルアルヴを襲った魔物の残骸じゃと!」
トールズ「おい……もしかしてミルアルヴの魔物を退治したのって……」
ルミネ「はい、私達です」
トールズ「ひええ、あんたらがか……」
ガレアス「どうかしたのか?」
トールズ「いやーすげー噂になってるよ、数日前にミルアルヴにて突如として現れた未知の魔物、そしてそれを退けた一人のヒューマンと二人のエルフ、そして一人のドワーフ……特にヒューマンの男が常識外れの実力だったとか」
ルミネ・エルド・ガレアス「……」
トールズ「ん? どうした?」
ガレアス「実はのう……」
ガレアスはこれまでのことを話した、ミルアルヴで起きたこと、見たもの、そしてルシウスという一人のヒューマンのこと。
トールズ「そうか……お気の毒に、気を悪くしちまったな、すまなかった。」
ルミネ「いいえ、トールズさんが謝ることではありません……」
トールズ「そう言ってくれるとありがたいよ、早く見つかるといいな……よし! それじゃあ気を取り直して! で、その魔物の残骸を装備に使いたいんだって?」
エルド「ああ」
トールズ「任せてくれ! 俺様自慢の腕は失敗しねー! 保障してやる!」
ガレアス「おーすまんのう、世話になる」
トールズ「いいてことよ! 一晩で全部作ってやる! 料金は明日の朝に頼む!」
ガレアス「うし、わかった!」
ルミネ・エルド「ありがとうございます!」
それから一晩………。
ガレアス「おーい来たぞ!」
トールズ「来やがったか! 装備、一晩で仕上げてやったぜ!」
ルミネ「本当に一晩で作り上げるなんて…ドワーフの制作技術はすごいわね……」
エルド「装備! 装備! 俺の装備~♪」
トールズ「ほれ、嬢ちゃんにはこの魔導ローブと杖、坊主には小手と魔導弓と短剣」
ルミネ「へー! 意外とおしゃれなのね、杖も丈夫そう! あの魔物の残骸を使ったからなのかしら?」
トールズ「おうよ! あの素材、装備品にどう使うかかなり骨が折れたがおかげさまで最高の装備ができて何よりだ! ほれガレアス、新しい盾だ。」
ガレアス「こいつは……うむ、よし!良い盾じゃ、感謝する」
エルド「小手ぴったりー! 短剣かっけー! 弓も最高だー!」
ガレアス「そうだ、料金じゃった!いくらかのう?」
トールズ「50万ゴールド!」
エルド「うひょひょ! かっけー! ……え、50万?」
トールズ「50万ゴールドだ!」
ガレアス「うむー、えらく高くついたのう、ほれ50万じゃ……」
トールズ「文句を言わないでくれよー! 装備に手を抜くと命に関わるぞ! それにあの素材を組み込むのにも大分お金掛ったからな! ……まあとりあえず毎度ありぃ!」
エルド「ひあああ、ミルアルヴの報酬金が4分の1にいいい! ああああ!」
ルミネ「……バカ兄貴うるさい! 我慢しなさい!!」
エルド「い、痛いって!」
訪れた冒険者は鉄と石を五感で感じる。これより未来、訪れる脅威に備え新しい戦衣で身を包み鉄の国を歩く。鉄の打つ音はドワーフ達の心臓の鼓動である。
鉄の国≪オリハル鉄王国≫にて。