第三話 直貴、不本意ながら狼になる(二)
重い気持ちのまま顔を上げると、薫が口を半開きにし、直貴を見返している。
「……な、なんだよ。何か言いたいことでもあるのか?」
「いや……ナオくんがそんなに大声出すなんて……」
珍しいね、と薫も千絵里に同意した。
「予定があったなんて知らなかったよ。それならそうと、初めから言ってくれればよかったのに」
「最初からそう言ったじゃないか。さんざん無視したくせにいまさらなんだよ」
「だって、本当に断るための口実だと思ったんだよ」
言い訳にもなってないよ……とつぶやくと、直貴はステージに視線を移す。
すでにライブの準備は終わっている。珍しく直貴抜きでセッティングしたのだろう。
でもそこにはノートPCも音源も置いていない。もちろんCDプレイヤーなども。
「サプライズはいまから始めるステージなのよ。
あたしたち、自分たちだけで全部できるようになったの。それを見てもらいたくて、ナオくんがお化け屋敷にいる間に準備したんだから」
いつの間にか合流した優香が、合わせた手のひらを口元に近づけ、説明を始めた。
「同じ教育学部の友達が、あたしたちに協力してくれたの。
ナオくんに成長した姿を見てもらいたいって相談したら、バンド経験のある人たちが中心になって手伝ってくれたの」
「お客さんに準備させるなんて、どんなバンドだよ」
「講義が終わってから支度するんだから、時間なくて大変だったんだよ」
ふっとため息をついて千絵里が口を挟む。
「あたしたち、ナオくんの裏方なしでバンドをやる自信がついたのよ。
お願いだから一曲だけでいいの。聴いてくれない?」
薫が言うと、三人はそれぞれの楽器を手にして、小さなステージに立った。
食堂に設けられているのは、中学か高校の文化祭でやるような、小さな教室でのライブと同じ規模だ。
みんなの協力のもとでセッティングされた、一から十まで全てが手作りのステージだ。
「じゃあ、行くわよっ」
千絵里がスティックを軽く叩いてリズムを刻む。
一小節のちに、優香の奏でるギターが入り、薫はシンセサイザーを駆使してベースを追加しながらキーボードを演奏する。やがて優香が歌い始めた。
ときどきリズムを崩したり、ミスタッチがあったりするけれど、緊張しながらも必死で頑張っている姿が微笑ましい。
「なんだよ、いつの間に。立派なガールズバンドに成長してさ」
楽器も触ったことのない状態で始めた彼女たちは、エアバンドというパフォーマンスからバンド活動をスタートさせた。
将来的には自分たちで演奏するのを目標にしてはいたが、それは無理だろうと予想していた。
そして直貴はいつまでも裏方で演奏させられる。そう考えて半ば諦めていた。
だが彼女たちは、スタート時に直貴が提案したことを覚えていた。
あれだけ自己顕示欲の強い三人が、陰で楽器の練習を続け、エアバンドから生演奏できるバンドへと成長した。
アドバイザーの直貴が一番信じていなかったことを、立派にやり遂げた。
「宮原直貴、彼があたしたちの師匠です! ナオくん、これまで本当にありがとう!」
ステージから優香が叫ぶと、お客さんたちから拍手が沸き上がった。
瞬間、中心がステージから直貴に移動する。
いつもは一歩下がった場所から彼女たちの裏方をしていた。三人組のステージで、それも楽器を持っていないときに注目されることになるとは考えたこともなかった。
「何がサプライズだって? 誰が師匠だって? そんなことしなくても、素直に打ち明けてくれれば、いつだって上手く演奏できるよう教えてあげたのに」
成長した弟子たちの応援に見送られて、直貴は女子寮を後にした。
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