第三話 直貴、不本意ながら狼になる(一)
「がおおおおおっ!」
「きゃああっ!」
デートを邪魔された上にお化け要員に駆り出された直貴は、半ばやけになって、訪れる客たちを全力で脅かしにかかる。
彼氏を連れてきた寮の住人は特に念入りに男のほうを脅かした。
最初のうちは女子を脅かしていたが、その分わざとらしく「きゃあっ」などと悲鳴を上げて彼氏の腕にしがみつく。
それを見ていたら無性に腹が立って、途中からターゲットを彼氏に変える。
情けなくもおびえる彼氏にがっかりしちまえっ。
狼男に変身したブラック直貴は、図らずも女子三人組が期待した以上の働きをした。日頃のストレスがいい仕事をさせたのは言うまでもない。
「ナオくん、お疲れさま。お客さんも揃ったから、前座のお化け屋敷は終わりにするわね」
不意に廊下の明かりがつき、優香が食堂から出てきた。
「前座だって?」
「これからあたしたちライブをするの」
三人はいつのまにかライブ用衣装に着替えている。
まさかこのあと、楽器のセッティングまでやれというのか。
第一直貴は何も準備をしていない。自分のシンセサイザーやノートPCは部屋に置いたままだ。
それともお化け屋敷で入場者を怖がらせている隙に、勝手に部屋に入って、楽器を持ってきたのだろうか?
ライブをするつもりなら、あらかじめ一声かけてくれなければ。
それよりも一番の気がかりは奏音だ。約束の時刻から一時間以上が過ぎている。
連絡も入れずにすっぽかしてしまった。
このままで良い訳がない。
好きな女の子を放って、どうして三人組のわがままにふりまわされなくてはいけない?
こんなのはおかしい。
ここで厳しい態度をとらなくて、いつとるというんだ?
直貴は決意した。こんな仕打ちを受けておいて、それでもいい人でいる必要はない。
「おい、ぼくのスマホは?」
「それなら食堂にいる千絵里が持ってるわ」
直貴は食堂に駆け込み、奥のステージで薫と打ち合わせをしている千絵里のところまで、観衆をかき分けて行った。
「あ、ナオくん、お疲れ。実はライブだけど……」
「ライブって何の話だよ。ぼくは一言も聞いてないよっ」
「あたりまえさ。だってサプライズ……」
「うるさいっ! サプライズってどういう意味だよ?
あれほど予定があって協力できないと言うのを無視して、無理やり手伝わせるのがサプライズなのか?」
千絵里がいつものように口を挟んで言い負かそうとする。
都合のいい言い訳なんて聞きたくない。千絵里をキッとにらみつけて阻止し、直貴は続ける。
相手は女の子だし、せっかく音楽に興味を持ってくれたんだと思って多少のわがままは我慢してきた。でももう限界だ。
今まで抑えていた不平不満が、堰を切ったようにあふれ出す。
「いい加減にしろよ。これ以上ぼくをふりまわさないでくれ。
人のことなんだと思ってるんだ? きみらの執事か? お守り役か?
ぼくは忙しいんだ。こっちにだって予定があるんだ!」
そう怒鳴りつけると、直貴は千絵里が持っていたスマートフォンをひったくる。
急いで着信履歴をチェックすると、予想通りの結果が表示された。
「あちゃー」
数回の着信履歴とメールが一件届いている。奏音からだろう。開くのも恐ろしい。
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