第二話 直貴、望みを奪われる(二)
脅かすにしてもやり方が幼い。
だが直貴は工学部の学生だ。暗いところに閉じ込められた子供ではない。こんなときは慌てることなく、電気のスイッチを入れればいい。これくらいは電子科の学生でなくても解る。直貴は手探りで明かりのスイッチを探し、押してみた。ところが何度スイッチを押しても一向につかない。
「待てよ。電気が切れたんじゃなくて、ブレーカーが落ちたのかもしれないや」
しかしこれでは中のようすを確認することもできない。どうしたものかと考えているうちに目が慣れ、扉付近に非常用の懐中電灯を見つけた。
直貴はそれを手に取り、何げなく廊下の奥にある食堂あたりを照らした。
「うわっ」
驚いたことに、白っぽいワンピースを着た小学生くらいの女の子が。入り口付近で後ろを向いたまま立っている。大家さんの孫娘だろうか。
「あー、びっくりした。ねえ、どうしてこんな暗い所にいるの?」
女の子は背を向けたまま返事もしない。直貴は少女に近づき肩を軽くたたいた。
すると少女の首がゆっくりと動く。
直貴はなぜか金縛りにあったように動けない。混乱した頭で目の前の光景を見ていると、少女の顔が百八十度まで回転した。
「えっ、ええっ?」
金縛りのとけた直貴は、あとさきのことを考えずに彼女の顔に光を当てた。
そこにあったのは、血走った目をし、しわくちゃだらけの顔だ。
口は耳まで避けて、ニタニタと笑いを浮かべている。ホラー映画で悪魔に取りつかれたヒロインそのままだ。
「うわああああああああっっっ」
直貴は弾かれるように後ろに跳び、そのまま腰を抜かしてしまった。
「あ、あわわ、ななな、なんだ、なんだよーっ」
這うようにして玄関まで逃げかかったところで、廊下の明かりがついた。思わず天井を見上げる。どれもいつもと同じ明るさで、切れかかっている蛍光灯はない。
「……あれ?」
エクソシストのヒロインかと思った少女は、よく見ると精巧につくられた人形だ。
廊下の窓は暗幕で覆われ、お化け屋敷さながらに、恐ろしい人形がぶら下げられたり、不気味な絵が飾られたりしている。
「これっていったい……どういうことだ?」
バクバクいっていた心臓も少しずつ収まり、直貴は冷静になってあたりを見回す。すると頭上から「大成功っ」という歓喜の声が響いた。
玄関の扉が開いていて、薫が口元に手をあて笑いをこらえつつ直貴を見下ろしている。食堂の扉から顔をのぞかせているのは、くすくす笑いを浮かべている優香と千絵里だ。
「ナオくんがこんなに怖がってくれるとは、予想以上の反応だったな」
千絵里が腰に手を当てて満足げにうなずく。
直貴は自分の置かれた状況が完全に理解できた。
「なるほど……そういうことか。きみたちは、バンドのアドバイザーであるぼくをひっかけて、脅かすのが目的で、わざわざこんな仕掛けを作ったってわけなんだな」
「それは考えすぎよ。確かにナオくんを怖がらせちゃったけれど、それが目的で作ったんじゃなくってよ。毎年人気のお化け屋敷を、あたしたちのリーダーに真っ先に体験させてあげたんだから」
目をぱちぱちさせながら優香が答えた。
「お化け屋敷だって?」
学園祭の出し物でもあるまいし、なぜいまごろ? と直貴は疑問に思う。
「忘れたの? 今日はハロウィン。毎年恒例の女子寮主催のパーティーじゃない」
優香はそう言うと紙袋から魔女の帽子を取り出し、千絵里と薫に渡す。そして三人は『チャーリーズ・エンジェル』のようにポーズを決めた。