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第一話 直貴、本物のお嬢さまに誘われる(二)

 顔を上げると、そこには水色のストライプが入ったワンピースを着た女性が立っている。

 背中まである長髪は綺麗にカールされ、清楚せいそでおとなしい性格をそのまま表している。

 店の常連で女子大生の奏音かのんだ。


「今日は店のエプロンをしていないんですか?」

「え? あ、ああ。バイトが始まるまで、まだ時間があるんだ。今はまだオフなんだよ」


 直貴はキーボードの電源を切り、立ち上がった。

 バイト前とはいえ、お馴染なじみさんに声をかけられたら対応しないわけにはいかない。

 それが奏音だったら大歓迎だ。


「じゃあ、おしゃべりしていても店長さんに叱られませんね」

 口元に小さな笑みを浮かべる。奏音の右頬にはえくぼができた。


(かわいい……)


 チャームポイントに見とれていると、奏音はバッグから封筒を取り出した。

 音大生らしく、パステルブルーの地にト音記号や八分音符がデザインされている。


「こ、これ……急で申し訳ないんですけど、よかったら、い、一緒に行きませんか?」

 色白の頬をほんの少しだけ紅潮させ、奏音はわずかに腕をふるわせながら直貴に封筒を手渡す。


 些細ささいなしぐさにドキッとしながらも、胸のときめきを悟られないように直貴は封を切った。

 中にはチケットが一枚入っている。


「ピアノコンサート? 明日の夜だね。奏音ちゃんも演奏するの?」

「いえ、あたしは出ないんですよ。大学の先輩たちのコンサートなんです。急なお誘いですみません。

 クラシックだけじゃなくて、ジャズやポップスも弾くって言ってましたから、宮原さんも楽しめるかと思って」


 頼み込まれてチケットを買ったんですよ、とはにかみながら答える。

 そして直貴は奏音のえくぼに見とれる。


「あ、あの……それからこれが、あ、あたしの携帯番号とメルアドです。何かあったら連絡してくださいね」

 流れるようにきれいな筆跡で、封筒とそろいの便せんに書かれている。


「あ、ありがとう」

 直貴も自分のメモ帳に自分の番号とメールアドレスを書き、奏音に渡した。


「で……お時間取れそうですか?」

「うん。月曜日はバイトが休みだから」

「よかった。じゃあ明日、駅前の噴水広場で六時に待ってます」


 奏音は軽く頭を下げると、優雅な足取りで店を出て行った。

 あとにはほんのりとフローラルの香りが残っている。


 直貴は思わぬ誘いにくすぐったいような気がして、照れ隠しに人差し指でほおをかいた。

 そのとき。



「直貴くうん、もしかして、奏音ちゃんからデートに誘われたとでもいうのかい?」


 言葉の端々《はしばし》ににじみ出るとげを隠そうともしない声が、いきなり背後から聞こえた。


(うっ、ひょっとしなくてもこの声は……)

 恐る恐るふりむくと、バイト仲間の浩太こうたが腕組みして仁王立ちしている。

 にらみつけてくる視線が直貴にグサグサと刺さる。


「だ、だよね……やっぱこれはデートって呼んでもいい……のかな?」

「なんだと? これがデートの誘いじゃないっていうなら、なんだってんだ?」


 浩太は突然直貴の襟をつかむと、店の隅に設けられた楽譜コーナーまで引きずっていった。


「あれはどう見ても、デートの誘いだろ。それなのになんだよ、直貴は。

 おれの気持ち知ってるならさりげなく断って、おれを代役にするくらいの知恵を働かせるくらいしろよ」


「あ……ごめん」

 浩太の剣幕に負けて、直貴は不本意ながらもびの言葉を口にする。

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