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第四話 直貴、狼になれる……かな? (二)

 気落ちした直貴がとぼとぼと自転車を押して寮に帰ったとき、女子三人組のコンサートはすでに終わっていた。

 数人の男子が後片付けをしている。


 女子寮の前を素通りし、直貴は男子寮にある駐輪場に自転車を停めた。

 大きくため息をついて振り返ったそのとき。


「トリック・オア・トリート!」


 自転車の間に隠れていたのだろう、三人組が決まり文句とともに飛び出してきた。

 直貴が帰るのをずっと待っていたのだろうか。


 直貴のおかげで楽器が弾けるようになったなどとしおらしいことを言ってたが、後片付けをほかの人にさせるところなど、今までと変わっていない。


 直貴が解放された代わりに、ほかの執事を見つけたということか。

 気の毒だとは思うが、その立場に戻りたいとは思わない。いい人でいるのはもうやめた。


 呑気に彼女たちの相手をする気になれず、直貴はそのまま男子寮に向かう。



「トリック・オア・トリート!」


 無視していると、もう一度三人組が声をかけてきた。

 横目でちらっと見ただけで、直貴はそのまま通り過ぎようとした。するといきなり、


「うわっ、冷たいっ」


 顔に水をかけられた。


「命中っ。大成功だな」

 驚いて顔を上げると、千絵里が大きな水鉄砲を構えて、直貴を見ている。

 いたずら(トリック)用に準備していたようだ。


「何するんだ、いきなり」

「だってナオくん、無視するからさ。こんなかわいい女子大生に声をかけられたのに」


 かわいくないんだよっ、と心の中で悪態をつき、直貴はハンカチでぬれた顔をふく。


「……後片付けは手伝わないからね」

「もうほとんど終わってるから、いいわよ」

 優香がいつものアニメ声で答える。


「今まで裏方をしてくれてありがとう。これはお礼」

 薫が手提げ袋から何かを取り出し、直貴の頭にかぶせた。


「人の頭をおもちゃにするんじゃないっ」

 かぶされたものを乱暴な態度で外して手に取り、直貴はわが目を疑った。



「おいっ、これはなんだよっ」

 成人済みの男子大学生が使う代物とは思えない。


「猫耳カチューシャ。これからのステージ衣装だよ」


「おいっ。ぼくにこれをつけて、オーバー・ザ・レインボウのライブをやれっていうのかい?」


 何の権利があってこんなことを勝手に決めるんだ。

 三人組が彼女たちのバンドでどんな衣装を着るか決めようと、それは直貴には関係のないことだ。


 だが猫耳カチューシャはロックバンドにどう考えても合わない。

 オーバー・ザ・レインボウはコミックバンドではないのだから、観にきてくれた人たちをガッカリさせてしまうようなことはしたくなかった。


 いくらお人好しの直貴でも、絶対に譲れない線はある。



「違うよ、これはあたしたちのバンドの衣装さ」

「あたしたちのって……だったらぼくにはもう関係ないだろ」


「昨日、これからのバンド名考えてたら、いいのがひらめいたの。『ニャオくんズ』っていうのよ。

 リーダーのナオくんと、猫の鳴き声を混ぜたの」

 優香が興奮を抑えきれないように、両手を頬に当てて答える。


「『ニャオくんズ』? 何だよそれ。センスない……」

 とそこまでつぶやき、直貴は言葉を切って一瞬のうちにすべてを悟った。


「おい待て。だれがリーダーだって?」


 三人組がそろって直貴を指さす。


「言ってたじゃないか。『ナオくん、これまで本当にありがとう!』って。

 エアバンドから演奏できるバンドになったから、ぼくがいなくてバンド活動ができるだろ。

 なのにどうしてリーダーがぼくなんだよ。ぼくは要らないはずだろ」


「違うわよ。ナオくんが要らないんじゃなくて、ナオくんの裏方が要らなくなっただけ。

 ひとりだけ生演奏されるのは嫌だったけど、あたしたちもできるようになったことだし。

 これからは一緒にステージでライブを楽しみましょうね」

 優香の笑顔が悪魔の微笑みに見える。


 かわいい顔をしているけれど、この三人はハロウィンの夜に地上に出てきた悪霊たちだ。

 化けの皮をいだら、ジャック・オ・ランタンか魔女がいるのではないか?


「ね、だからこれからもよろしくね」

 三人組の声がみごとにハモる。魔女たちの大合唱だ。



「待て。ぼくはそんなこと認めな……」

「てことで、今週末もスタジオで練習するから。

 次バイトに行ったら年内の土曜日は全部スタジオ予約しておいてね。あ、これが予定表よ」


 薫が直貴にA4の紙一枚を押し付ける。

 反論する間もなく、三人組は女子寮に戻っていった。


「なんだって? 何が嬉しくて彼女たちの世話をしなきゃならないのか?」

 予定表を叩きつけて断ってやると思っても、パーティー終了後の女子寮には立ち入れない。


「知らない、知らないっ。スタジオの予約なんてしてやるもんかっ」

 と叫んだまではよかった。


 だがなぜだか不意に、三人の寂しそうな顔が、手の中の猫耳カチューシャに重なる。

 表現方法はいびつだが、彼女たちも音楽を愛する仲間だ。

 一生懸命な彼女たちの練習する機会を奪う資格が、自分にはない。


 いい気味だと思うより、罪悪感の方が強くなった。


 直貴の意地悪がもとで練習できなくなったら、せっかく伸び始めた技術が台無しになる。

 それが原因で音楽好きを減らすのは不本意だ。

 直貴に彼女たちの楽しみを奪い悲しませる権利はない。


「……今回だけはしかたないか」


 猫耳カチューシャを捨てるに捨てられない。

 リーダーを引き受けるという話は別にしても、もう少し面倒を見ないとだめだな。


 とりあえず予約が取れる日だけでも抑えてやるか。

 これで少なくとも今は彼女たちをがっかりさせることはないだろう。


 直貴は部屋に戻ると、三人組に渡された予定表を写真に撮った。

 奏音のときと同じ失敗を繰り返したくない。


「……あっ」


 ふと直貴は、根本的なことに気がついた。



 つまり自分は、いい人でいたいのではなく、悪い人になれないタイプなのだ。



「だめだっ。このままじゃぼくは、一生執事のままだっ」

 机に置いた狼男のゴムマスクと、猫耳カチューシャを見比べ、どちらが自分をに適しているかを考える。


 直貴自身がなりたいもの、本当に目指すものはどっちだ?


「狼になりたい。ぼくはやっぱり、狼になりたいっ」

 直貴の叫び声が、部屋に流れる音楽をかき消した。




 子執事の女難はまだまだ続く。


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