パーティーはキラキラでにぎやかでちょっぴり緊張します 2
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姉のスカーレットと謁見した翌日、グレアムは改めて王城を訪れていた。
今日はダリーンの聴取を行うのだ。
(聴取というか、まあこれは、尋問になるがな)
ロックとともにダリーンが収容されている地下牢へ向かう。
魔術師が関与している可能性があるからだろう。ダリーンは地下牢の中でも特に警備が厳重なところに閉じ込められていた。兵士のほかに魔術師団の人間も数名が見張りについている。
グレアムとロックが行くと、牢の警備をしていた兵がぎくりと表情をこわばらせた。
逆に魔術師たちの顔には喜色が現れる。グレアムは「竜目」のせいで人から恐れられてはいるが、魔術師たちには人気だった。魔術師たちの多くは、魔力量の多さで人を判断するところがあり、現時点でこの国一番の魔力を持っているグレアムには崇拝に近い念を抱いているのだ。
(……鬱陶しいがな)
恐れられるよりはましだろうが、教祖でもあがめるような顔を向けられるのは正直暑苦しくて困る。
地下牢の大半は鉄格子だが、この部屋は分厚い鉄の扉だった。必要最低限の人間しか関わらせないようにされているのだ。
食事も、鉄扉の下の窓から入れられる。
自殺を防ぐためにナイフやフォークなどの危険なカトラリーは与えられない。
「何かあればお呼びください」
兵士の一人が鉄扉の鍵を開けた。彼らは外の見張り役で、中には入らない。
グレアムが室内に入ると、ダリーンは目隠しをされた状態で椅子に括り付けられていた。
「誰⁉」
目が見えないからだろう。扉が開く音と、人の気配に、ダリーンが悲鳴を上げる。
うるさいから鎮静剤でおとなしくさせているとアイヴァンは言っていたが、今日は聴取があるため鎮静剤は打たれていないようだ。
艶のあった金髪はすっかり薄汚れて艶をなくし、頬がコケている。
着替えをさせやすい前開きの白いワンピースは飾り気がなく、足は裸足だ。
部屋の中にはベッドと小さな机があるが地下なので当然窓はなく、入り口の近くに置かれているろうそくが唯一の灯りだった。
グレアムは光の魔術で部屋の中を照らした。
「きゃあっ」
目隠しの布越しに灯りを感じたのだろう。ダリーンがまた悲鳴を上げる。
「ロック、目隠しを外せ」
ほかに椅子がなかったので、固いベッドの端に腰を下ろし、グレアムはロックにダリーンの目隠しをはずさせた。
ロックが近づく気配を察知して足をばたつかせて抵抗していたダリーンだが、目隠しが外れるとぴたりと動作を止めた。
「ひっ、殿下!」
グレアムの顔を覚えていたのだろう。
前回、コルボーンに強制連行したグレアムのことが恐ろしいのか、ダリーンががたがたと震えはじめた。
「お前に協力した魔術師がいるだろう? 何者だ?」
世間話をするつもりはないので、グレアムは単刀直入に訊ねる。
けれどもダリーンは震えるだけで何も言わなかった。
「何故父親を殺した?」
これにも返答はない。
「何も言わなければ、お前は処刑だぞ」
口を割ったところでおそらく処刑に間違いないが、グレアムがそう言って脅せば、ダリーンが顔色を変えて叫んだ。
「わたくしは何も悪くありません! 何も! 全部獣人が! お父様が! 悪いんです‼」
「それは俺の質問に対する答えじゃない」
「だってっ、わたくしは! わたくしをあんなところに嫁がせるから‼」
アルヴィンとスカーレットが言っていたように、ダリーンは自分が悪くないという主張を繰り返すばかりで、グレアムが聞きたいことは何一つ答えない。
(やはり無理だな)
最初から、まともに会話できるとは思っていなかった。
アレクシアを虐げてきたダリーンの顔、声、その存在すべてがグレアムを不快にさせるので、ここに長居をするつもりは毛頭ない。
さっさと必要な情報を引き出して、もう二度とこの女に関わりたくはないのだ。
スカーレットがおそらく処刑だと言ったのだから、この女はほぼ確実に処刑される。
親を――しかも、公爵の地位にある男を殺したのだ。重罪に間違いないし、生かしておいたところで何の得もないのだから、温情をかける必要はない。
もっとも、情状酌量の余地がないとは言い切れないので、公爵殺害に至った経緯や協力者の情報が得られるまでは処罰できないのであるが、それも今日までのことだ。
スカーレットはグレアムに任せると言った。
魔術の行使が許された今、口をつぐもうと関係ない。
グレアムが手のひらをダリーンに向けてかざした瞬間、びくんとダリーンの体が跳ねて、そのまま動かなくなった。
人の記憶を読む闇の魔術は、魔術をかけられた対象者の負荷が大きい。
この魔術は扱いが難しく高度であると同時に、対象者の精神を破壊しかねないほど危険なので、普段は使用すること自体禁止されている。
スカーレットから許可が下りていなければ、グレアムとて使いはしなかっただろう。
(相手が誰であれ、人が壊れるのを見るのは気分がいいものではないからな)
今日アレクシアを連れてこなかったのはこのせいだ。
人が、しかも異母姉が壊れるさまを、心優しいアレクシアに見せたくはない。
父の死が悲しめないと、異母姉が処刑されるかもしれないと聞いても悲しめないと、泣きそうに顔をゆがめるアレクシアにはあまりに酷な光景だ。
グレアムから言わせれば、何の情も与えられず、むしろ虐待されていたアレクシアが、彼らの死に対して悲しいという感情が抱けなくても仕方がないことなのだ。
そんなことでアレクシアが心を痛める必要などない。
けれど、優しすぎるアレクシアは、そんな自分が許せないのだろう。それは心の問題で、グレアムがいくら言葉を重ねようとも完全には取り去ることができないものだ。
そんなアレクシアに、壊れていくダリーンを見せたらどうなるかなど想像に難くない。
必要なのは情報だ。それ以外、アレクシアが知る必要はないのである。
グレアムの魔術に完全に落ちたのだろう。
白目をむき、舌をだし、よだれを垂らして、ダリーンは小さな痙攣を繰り返している。
ロックがそっと視線をそらした。
「壁を向いて立っていろ。記憶を覗けばもっと壊れていくぞ」
「……すみません」
諜報隊の隊長として、人の闇をさんざん見てきたロックですら、この光景は酷だ。
口元を手で覆い、ロックは壁を向いてぎゅっと目を閉じる。
グレアムも、この魔術は数えるほどしか使ったことはない。
はじめて使った、十三歳の時。
魔術学校は十歳から入学を認められる。二十歳までであればいつでも好きな時に入学でき、グレアムが入学したのは十歳の時だった。
そして十二歳で卒業後は、しばらく魔術師団に籍を置いていた。
魔術師団長に気に入られたのが大きかっただろう。魔術師団長はグレアムをそばに置き、学校では教わらない高度な魔術をいくつも教えてくれた。
そのうちの一つが相手の記憶を覗く闇の魔術だ。
魔術師団長の指示で、この魔術を使って罪人の記憶をはじめて覗いたとき、グレアムは吐いた。
魔術を使うごとに徐々に、確実に相手が壊れていくのに加えて、罪人の持つ記憶すべてが流れ込んでくるのだ。十三歳の精神には重すぎて、しばらくトラウマになった。
いい勉強になったじゃろうと笑った魔術師団長の顔を、どれだけ殴ってやりたかったか。
そのあとも魔術師団長の指示で、何度かこの魔術を使った。
しかしコードウェルに移ってからはその必要もなくなったので、実に十一年ぶりに使う魔術だ。
ゆっくりと、ダリーンの記憶が流れ込んでくる。
どれも胸糞悪いものばかりだった。
ダリーンがどれだけアレクシアを虐待してきたかがよくわかる記憶だ。
殴り、蹴り、鞭で打って……、泣きじゃくるアレクシアを見下ろして下卑た笑いを浮かべている。
グレアムはぎりっと音がするほど奥歯を食いしばった。
だから他人の記憶は見たくないのだ。
記憶の覗く魔術は万能じゃない。見たい記憶だけを引っ張ることはできない。対象者の持つ記憶がまるで激流のごとく流れ込んでくるのだ。
アレクシアを虐待する様を散々見せられたグレアムは、ダリーンをこの場で縊り殺してやりたい衝動に駆られた。
どうせ処刑されるのだ。自分が殺してもいいだろう? すでに口から泡を吹き、壊れたこの女は何も感じないかもしれないが、思いつくだけの苦痛を与えて殺してやりたい。
拳を強く握りしめたせいで、爪が食い込んで血が流れた。
だが、そんな痛みすら気にならない。
アレクシアはあの家でどれだけつらい思いをしてきたのだろう。
涙が流れてくる。
もうこれ以上は見たくないと、グレアムの心が悲鳴を上げた。
今すぐアレクシアの元へ帰って、その華奢な体を抱きしめたい。
グレアムが必死に感情を抑えつけて、はあと長い息を吐き出した時だった。
ようやく、ダリーンがコルボーンに移った後の記憶が現れる。
コルボーンに移ってからのダリーンは、毎日飽きもせず怨嗟の言葉を吐き続けていた。
ここへ連れてきたグレアムが憎い。
嫁ぐように命じたスカーレットが憎い。
助けてくれないお父様が憎い。
わたくしでなくてアレクシアが嫁げばいいのに。
こんな野蛮で気持ちの悪い目をした獣人には、同じように気持ちの悪いアレクシアがお似合いだ。
そうだ、アレクシアとわたくしの立場を交換すればいい。
グレアムの目は気持ち悪いが獣人よりはましだ。
ぶつぶつと、閉じ込められた家の中でそんなことばかりつぶやく毎日。
(見つけた!)
そんな恨み言ばかりの日常が幾度となく繰り返されたある日、ようやくグレアムが探していた人物が現れた。――魔術師だ。
魔術師は金色の髪に赤い瞳をした、背は高いが線の細い男だった。
まだ若い。見た目で判断するなら二十代半ばほどだろう。
――私の質問に答えてくれたら、ここから出してあげますよ。
男は穏やかな笑みを浮かべてダリーンに問うた。
――アレクシア、という女性について、知っていることすべてを教えてください。
グレアムは、愕然と目を見開いた。






