パーティーはキラキラでにぎやかでちょっぴり緊張します 1
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「三日後、パーティーに行くことになった。準備をしておいてくれ」
王城からクレヴァリー公爵邸に戻るなり、グレアム様が不機嫌顔でマーシアに言いました。
デイヴィソン伯爵家のパーティーに出席するのは嫌だとグレアム様は女王陛下にお伝えしましたが、今後のことを考えるとデイヴィソン伯爵とエルマン様とは仲良くしておいた方がいいからと、女王陛下に突っぱねられたのです。
「あらあらまあまあ」
グレアム様がパーティーに出席すること自体とても珍しいことらしいので、マーシアは驚いて目を丸くしました。
デイヴィソン伯爵から誘われたわけではございませんが、出発前に社交パーティーに参加することになるだろうと言ったマーシアの予想は当たりましたね。
女王陛下からデイヴィソン伯爵へはグレアム様とわたくしの参加が伝えられるそうなので、これはもう、出席しないわけにはいかないのです。
「ああ、面倒臭い」
グレアム様はぼやきながら頭をかいていらっしゃいます。
そして、ロックさんを伴って二階に上がりました。
パーティーの前に、明日、異母姉の聴取をするそうなのでその打ち合わせでしょうか。
わたくしは同席しなくていいそうです。
異母姉のことですので、同席した方がいいと思われるのですが、聴取は気分のいいものではないからやめておいた方がいいとグレアム様がおっしゃいました。
その代わり、わかったことはあとで全部教えてくださるそうです。
ですので、わたくしは三日後のパーティーに向けての準備をすることになりました。
今日も女王陛下への謁見がありましたので、よそ行きのドレスを着てはいますが、コードウェルにいるときはいつも普段着のドレスばかり着ておりますから、かしこまったドレスはあまり着慣れておりません。
さらに、今日もそうですが、パーティーの日もヒールの高い靴を履きます。
もしかしたらダンスをすることになるかもしれないので、この三日、よそ行きの服と高いヒールの靴を履いてならしておいた方がいいだろうとマーシアが言いました。
ですが、パーティーの準備は何もそれだけではないそうです。
というか、ドレスや靴に慣れるのはおまけのようなもので、重要なのは、わたくし自身を磨くことだとか。
……要約すると、マッサージやエステ三昧なのだそうです。
メロディが気合を入れて目をキラキラとさせています。
頭のてっぺんから足の先まで徹底的に磨き上げて差し上げますと言いますが、なんでしょう、メロディの気迫が怖いです。
……あの、そんなことよりも、ダンスを練習した方がいいのではないでしょうか?
なのに、メロディは「旦那様が何とかするから大丈夫です」と言って、練習は二の次にしてしまいます。
コードウェルからも化粧品やエステ、マッサージに使うオイルは持ってきましたが、きっと王都にはもっといいものが揃っているはずだと言って、メロディはるんるんとお買い物にお出かけしました。
わたくしはひとまず休憩です。
その……女王陛下は気さくな方ですが、やはり謁見はとても緊張して疲れるのです。
マーシアが温室にティーセットを用意してくださるというので、わたくしは温室へ向かいました。
……なんだか不思議な気がいたしますね。
ずっとこの邸に住んでおりましたが、温室に入るのははじめてです。
温室は、義母のお気に入りの場所で、入るどころか近づくことすら許されませんでした。
「花がたくさんあります。使用人の方たちがいなくなっても、きちんと管理されていたのですね」
おそらくですがロックさん率いる諜報隊の方たちが面倒を見てくださっていたのでしょう。グレアム様は馬の世話だけを頼んだようですが、気を使ってくださったのですね。おかげで植物たちが枯れずにすみました。お優しいです。
王都はコードウェルと比べて温かいところですが、冬はあります。寒さに弱い花や植物は、こうして温室で大切に育てないとすぐに枯れてしまうのです。
「いい香りがします……」
コードウェルにも温室はありますが、クレヴァリー公爵家の温室はずっと入室を禁止されていた場所だからでしょうか。なんだか小さな罪悪感と奇妙な感慨が沸き起こります。
ふらりふらりと香りに誘われて薔薇の花に顔を近づけ、それから名前も知らない真っ赤な大輪の花を眺めて、リンゴの木の下にしつらえられた椅子に腰かけます。
そうです。ここにはリンゴの木があったのです。
……懐かしいです。
ここで暮らしていた時、食事は与えられていましたが一日一食で、あまり量もいただけませんでした。
そんな時、庭師が腐りかけのリンゴを捨てるのを見つけては、こっそり目を盗んでいただいて食べていたのです。
リンゴの木はありましたが、なったリンゴは全部は食べきれず、半分以上廃棄していましたからね。廃棄された腐りかけのリンゴは、お腹がすいたときのわたくしの貴重な食料だったのです。
見上げれば、今も赤い実がたくさんぶら下がっています。
「今夜のデザートはアップルパイにしましょうか」
わたくしがぼーっとリンゴの木を見上げていたからでしょうか。
マーシアが紅茶の茶葉をティーポットに入れながらわたくしの視線を追って言いました。
……アップルパイ。あれは美味しいです。コードウェルにきてはじめて食べましたが、甘くて、パイはサクッとして……幸せの味。
「アップルパイ、嬉しいです」
「かしこまりました。料理人に伝えておきましょう。……でも今は、せっかくですからアップルティーにしてみましょうね」
マーシアはそう言って、手の届くところになっていたリンゴの実を一つ取りますと、ハンカチで丁寧に拭いてナイフで皮をむきました。
するすると、とても器用にむいていきます。
そして、皮と身を少量ティーポットの中に入れて、お湯を注ぎました。
蒸らし時間をおいてから、ティーカップに注いでくださいます。
……あ、ほのかにリンゴの香り。
最後に、ティーカップの淵に薄切りのリンゴを挿すようにして、お好みでどうぞとシナモンスティックと一緒に出されました。
スパイスの香りが欲しければ、このシナモンスティックで紅茶をかき混ぜるようにすれば香りが移るのです。
決して立ち入ることができなかった場所で、空腹のときに飢えをしのいでいたリンゴ入りの紅茶を飲む。……本当に、不思議な気持ち。
ここには決していい思い出はありません。
ですが、まるでそれを上書きするように、小さな思い出が増えていきます。
わたくしのことを思って魔術具を持ってきてくださったグレアム様。
こうして温室で美味しいアップルティーを入れてくれるマーシア。
もうここには、わたくしを叩く義母も異母姉も、そんなわたくしをいないものとして扱う父も、蔑んだ目を向けてくる使用人たちもいません。
同じ場所なのに、まるで違う場所。
「アレクシア、ここにいたのか」
ロックさんとの打ち合わせを終えたのでしょう。グレアム様が温室にやってきました。
マーシアが、グレアム様の分のアップルティーも用意します。
……わたくしがここを出て、グレアム様に嫁いでから、まだ数か月しか経っておりません。
それなのに、わたくしは、今まで感じ得なかったたくさんのものをグレアム様やマーシアたちからいただいております。
クレヴァリー公爵邸にきて、ここで生活していた時のことを思い出したからでしょう。
改めて、わたくしは幸せ者なのだと思い知ります。
薬指の指輪にそっと触れて、グレアム様を見上げます。
「グレアム様。……いろいろ、本当にありがとうございます」
グレアム様は目をぱちくりさせた後、わたくしの大好きな優しい微笑みを浮かべてくださいました。






