エイデン国にご招待されました 3
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「晩餐の前に親父が挨拶するって言ってたから、それまでゆっくりしてていいぜー」
お城の玄関前で、エイブラム殿下が気楽そうにそうおっしゃいます。
見上げたお城は、とてもとても大きかったです。
クウィスロフト国の王城は優美な感じのする曲線的な作りなのですが、こちらのお城は角ばっていて横にも縦にも大きく、この表現が正しいのかどうかはわかりませんが強そうな感じがします。
エイブラム殿下とは玄関前でひとまずお別れして、わたくしたちはお迎えにやってきたメイドたちに連れられて客室へ案内されました。
お城の中は装飾品はそれほどなく、シンプルな感じがいたします。天井が高く、廊下は広いです。そして、どこも似たような単調な作りですので、うっかり迷子になりそうです。
……一人で部屋の外には出ない方がいい気がします。
メイドさんに案内されたのは、二階の東の角にある、大きなお部屋でした。
廊下の調度品は少なかったですが、このお部屋はおそらく来賓のために作られたものなのでしょう。壁にも綺麗な風景画がかけられていて、置かれている家具もとても豪華でした。
ちょっと目がちかちかするのは、やたらと金が使われているからでしょう。中でもひときわ目を引くのは、金ぴかのローテーブルでした。
豪華なんですけど。豪華なんですけどね。……きらきらすぎて、ちょっと落ち着かないかもしれません。コードウェルのお城の一番豪華な応接間の何倍もピカピカですから。もちろん、そんな失礼なことは言えませんが。
「こちらが、グレアム殿下ご夫妻のお部屋でございます」
なるほどー。……うん?
わたくしが「はて?」と首を傾げた横で、グレアム様がぴきって、まるで背中でもつってしまったかのようにピーンと背筋を伸ばして硬直しました。
わたくしの後ろで、メロディもピシッてなります。
オルグさんがにやにや笑って、そんなオルグさんをロックさんが注意するように肘でつつきました。
……夫妻の部屋。
えーっと、グレアム様の妻は、一応わたくしです。
形式だけの妻で実態は伴っておりませんが、わたくしはグレアム様の妻なのです。
ということは……ここは、グレアム様とわたくしのお部屋⁉
「侍女の方は、隣にお部屋をご用意しております。護衛の方は侍女の方の隣のお部屋です」
おそらく侍女と呼ばれたのはメロディのことでしょう。厳密に言いますとメロディはお城のメイドで、わたくし専属ではありませんから「侍女」とは違うのですけど、いちいち訂正することもありません。メロディが嫌がれば別でしょうが、嫌がってはいないようですから。
メロディがちらりとグレアム様を見てから、仕方がなさそうに肩を落としました。
「わかりました」
そう言って、メロディはメイドについて自分の部屋を確認しに行きました。
オルグさんとロックさんも、そのあとでお部屋を案内してもらうためメイドについていきます。
この豪華な部屋の中には、ぽつんとグレアム様とわたくしだけが残されました。
ぼーっと立っておくのもなんだか落ち着きませんので、わたくしはお部屋の中を見させていただくことにします。
グレアム様は、まだ直立不動で固まっていらっしゃるので、本当に背中がつってしまったのかもしれません。
心配になったのでお声がけはしたのですが、反応がありませんでしたから、そっとしておくことにします。話しかけられると、余計につらいかもしれないので。
お部屋にはソファと机、棚のほかに、入り口から向かって右側の壁側に天蓋付きの巨大なベッドがありました。ここで十人くらい眠れそうなほど大きいですが、ベッドは一つしかありません。えんじ色のシーツがかけられていて、クッションなのか枕なのかわからないものがたくさん置いてあります。
……ベッドが一つしかないということは、グレアム様とわたくしは共同でここを使うことになるのでしょう。そうですよね。一応夫婦ですから。でも、とても大きいので、わたくしが端っこを使えば、グレアム様のご迷惑にはならない……はずです。たぶん。
続き部屋には浴室があります。
浴室も広いです。
壁と床は白いタイル張りで、三人は入れそうな猫足の大きな浴槽が置いてあります。こんなに大きいとお湯を運ぶのがとても大変そうですが、獣人は当たり前のように魔術のような力を行使できますので、こういったことはさほど重労働ではないのかもしれません。
お風呂のそばには、とてもいい香りのするシャボンが数種類置いてありました。
あ、浴槽のさらに奥にはマッサージ台のようなものもあります。
もしグレアム様が一緒のベッドを使うのがお嫌でしたら、わたくし、このマッサージ台で休めばいいかもしれません。だって、充分広いですから!
ひとしきり浴室を観察して部屋に戻りますと、グレアム様がソファに座っていらっしゃいました。つった背中は戻ったのでございましょう。よかったです。
グレアム様に近づくと、ぽんぽんとソファの隣を叩かれたのでそこに座ります。
「あー、アレクシア。どうやら今日から五日間、俺と同じ部屋のようだが、大丈夫か?」
「はい」
グレアム様が何を心配なさっているのかはわかりませんが、わたくしはまったく問題ございません。だってわたくしは嫁いで来た身ですから。夫と同じ部屋を使うのはおかしくありません。グレアム様がお嫌でないのなら、わたくしには異論はないのです。
……あ、でも、ちょっとだけドキドキしますけど。でも、このドキドキは嫌なドキドキではなくて、グレアム様に抱きしめていただいたときと同じようなドキドキですので、大丈夫なのです。
「そうか」
グレアム様がホッとした顔で微笑みます。
自然な動作で、わたくしと手をつなぎました。指をからめとるようにされて、グレアム様の手のひらの温かさが伝わってきます。
「アレクシア、俺は――」
グレアム様が何か言いかけたときでした。
バーン! と部屋の扉が勢いよく開けられました。
そして、すごい勢いでメロディがこちらに走ってきます。
「そこまでです! おさわり禁止! 離れてください‼」
メロディがグレアム様の腕を、こう、ていっとチョップして、グレアム様の手をわたくしから引きはがしました。
グレアム様がじろりとメロディを睨みつけますが、メロディは逆に腰に手を当てて仁王立ちになり、グレアム様を睨み返しました。
「文句があるならきちんと手順を踏みやがれ、と言っているでしょうが。とにかく、わたしの目の前で奥様に無体なことはさせませんからね‼」
無体とはなんでしょう。
よくわかりませんが、グレアム様ははあと息を吐いて、どこか拗ねたような顔で、無言でそっぽを向きました。






