内乱の仲裁と異母姉の婚姻 3
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ある意味ざまぁ回ですが、読まれる方によっては不快に感じる表現があるかもしれません。ご注意ください。
「おら、ついたぞ」
クレヴァリー公爵領の、獣人たちが拠点としている村の前で鳥車を停めると、エイブラムが縄の端をもって引きずるようにしてダリーンを外に投げた。
「きゃあ!」
ドサリという音と、騒ぎ通しで少しかすれたダリーンの悲鳴が上がる。
(どうでもいいが、この女にも猿轡をかませていれば静かだったんじゃないか?)
ぎゃんぎゃん騒ぎ立てていたダリーンの甲高い声が耳の奥に残っているようで頭が痛い。
こちらには、事前にエイブラムの部下が状況を伝えに向かっていたので、すでにこちらの決定は伝わっているだろう。
嫁がせる女がダリーンなので、ここの獣人たちはさぞ憂鬱だろうが、クレヴァリー公爵家の娘と伝えてあったのである程度の予想はついていたはずだ。
(これがアレクシアだったら穏やかに生活できただろうが……アレクシアは俺のだからな)
嫁いできたとはいえ、グレアムが最初の発言を間違えてしまったがために、夫婦らしい関係ではないが、グレアムはもうアレクシアを手放すつもりはないのだ。
もし、この先もずっと本当の夫婦になれなくとも、ずっとコードウェルにいてもらうつもりなのである。
突貫で作った割には頑丈そうな砦の中から、赤茶色の髪をした背の高い男が、二人の部下を伴って現れた。グレアムやエイブラムよりも長身だ。だが、エイブラムのようにがっちりした体躯と言うよりは、しなやかな感じがした。
彼が獣人たちを率いていた男なのだろう。ロックによると、名前は確かブルーノだったはずだ。光の加減で金色にも見える琥珀色の瞳をしている。
ダリーンは芋虫状態で転がされたままブルーノを見上げて、ひっと声を上げた。
「金目! いやっ、こっちに来ないで‼」
この男が自分の夫になる男だと本能的に察知したのだろう。
ずりずりと、本当に芋虫が移動するように身をくねらせながら後ずさりするダリーンに、エイブラムがぷっと吹き出した。
(やめろ。面白いのは認めるが、移る……)
エイブラムが笑いだしたため、部下たちにも伝染して、彼らも肩を震わせている。
対してブルーノは困惑顔だ。
それはそうだろう。一応嫁になる予定の女が、芋虫のようにぐるぐる巻きにされて連れてこられたのである。罪人でももっとましな扱いがされるだろう。
「よーぅ、お前が親父に連絡をくれたブルーノだろ? 嫁連れてきたぜ、嫁!」
けたけた笑いながらエイブラムが軽く手を振れば、一陣の鋭い風が起こる。
それはダリーンを縛り上げている縄をぶった切り――ついでに下のドレスまで半分くらい引き裂いた。
「きゃああああああ‼」
さっきとは違う意味での悲鳴が上がる。
引き裂かれたドレスから、ふるんと大きな二つの胸が飛び出して、ダリーンが真っ赤に顔を染めながら胸を押さえた。
正直、そこを押さえても他も結構丸見えだ。えげつないことをするものだとエイブラムを睨めば、彼は頭をがしがしかきながら「あ、やりすぎた」とぼやいていた。力加減を間違えたようだ。
「あー……ほ、ほらよかったなブルーノ! この女、乳でかいぞ!」
「エイブラム殿下、言うことはそれだけか?」
グレアムがあきれ顔を浮かべると、エイブラムがちょっぴり口をとがらせる。
「そうは言うが重要なことだろ! 一番は魔力のでかさだが、二番目と三番目に大事なのは乳と尻の大きさだ‼」
それはあくまでエイブラムの好みであって、世の中の男の全員の好みではない。
(まあ、この女には魔力はほとんどないからな、殿下は殿下なりにブルーノを励まそうとしたのかもしれないが……ほら見ろ、困ってるじゃないか)
ブルーノは凍り付いたように直立不動になっている。
仕方がないので、役に立ちそうもないエイブラムに代わり、グレアムがブルーノに向き直った。
「正直、思うところはあるだろう。だが、国軍の武力制圧を阻止しようと思えばこの手しかなかった。この女が気に入るかどうかは……あー、気に入らないだろうが、この女と引き換えに封土が与えられるんだ、我慢してくれ。だいたい、お前たちもやり方が悪かったんだから、痛み分けってところだ」
武力蜂起を起こす前にエイデン国に連絡を入れていれば、もっとやりようがあったかもしれない。
だが、先に蜂起してクレヴァリー公爵に対して戦争を起こしてしまったのだから、それはブルーノ側にも非があるのである。気に入らなくとも受け入れてもらうしかない。望みの封土が与えられるのだから、結果だけ見ればそれほど悪くないはずだ。たぶん。
ブルーノはハッとしたように、その場に膝をついた。
「失礼いたしました、グレアム殿下。それからエイブラム殿下。この度は寛大な処置をありがとうございます。むろん、俺たちはこの決定を受け入れます」
「……え? 殿下?」
丸く収まりそうだったのに、背後から素っ頓狂な声がした。
振り返ると、半裸のダリーンが目を丸く見開いている。
どうやら、グレアムとエイブラムが王子であると、ここにきてようやく気が付いたようだ。
あれほど金目だ、汚らわしいと喚き散らしたというのに、表情を一変させて食い入るようにグレアムを見た。
「ってことは、アレクシアの……」
「そうだが、それが何か?」
ダリーンと会話する気にはなれないが無視するわけにもいかない。多少なりとも「それなり」の扱いをしておかないと、ダリーンを渡されたブルーノが困惑するだろうし。エイブラムがすでに充分すぎるほどゴミのような扱いをした後なので、今更感も否めないが。
「わ、わたくし! アレクシアの姉です‼」
「そんなことは知っているが?」
アレクシアの姉と認めるのは癪だが血のつながりがあるのは事実だ。
だが、それがなんだというのだろう。
訝しげに眉を寄せたグレアムを、ダリーンが縋りつくように見上げた。
「殿下! わたくしはアレクシアの姉です! 殿下とは家族のはずです! 殿下からも陛下におっしゃってください! 獣人に嫁げなど……あんまりでございます‼」
(夫になる予定の獣人を前にそれを言うのか。しかもエイブラム殿下までいるのに。……この女、見た目どおり頭が弱いのか?)
いろいろ言いたいところはある。
まず、グレアムはダリーンを家族だと思っていないし、彼女をブルーノに嫁がせる案は、もともとはエイブラムとグレアムがスカーレットに奏上した。
助けを求める相手を間違っているし、もっと言えば、女王の命令に逆らってダリーンを助けたいと望む人間がいるだろうか。
ダリーンの父親であるクレヴァリー公爵ですら、自身の保身と利益のために娘を見捨てたというのに。
グレアムは面倒臭くなって、さじを投げた。
「ブルーノ。とりあえず、名目上は嫁として受け取っておいて、何なら邸の地下にでも転がして置いて構わない。好きに扱え」
グレアムは優しい人間ではない。
アレクシアをさんざん虐待し、グレアムやエイブラムに不敬を働いたダリーンを、「丁重に扱え」なとど言うつもりはこれっぽっちもなかった。
はっきり言って、ダリーンが今後どうなろうと、興味の欠片もない。
なんなら地下に閉じ込めて、家畜のように餌だけ与えておけばいいのではないかとまで思う。
ダリーンが愕然と目を見開いたが、逆に、この女はなぜ、グレアムが助けてくれると思ったのだろうか。
仕事は終わったのでさっさと帰ろうとしたグレアムの隣で、エイブラムが思い出したように言った。
「ああ、もうここはお前が治める領土なんだ。跡取りがいるから、一人くらいは孕ませとけよ」
……さすがに容赦なさすぎるとグレアムは思ったが、悲鳴をあげるダリーンを、かばおうとは思わなかった。






