砂漠の国は常識が違いすぎて眩暈がします 3
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……全然眠れませんでした。
わたくしはぐったりしながら目を開けます。
一睡もできずに気がつけば朝ですよ。
バラボア国では略奪婚が普通で、そしてわたくしはサラーフ様に妃に狙われているってどういうことですか。
ファティマさんが言うには、サラーフ様は昔から、王家に竜の血を取り込みたくて仕方がなかったそうです。
そこに降ってわいてきたのが、火竜様の血を引き、水竜様の血もほんの少し流れているわたくしというわけですよ。
……ああ、頭が割れそうに痛いです。このままグレアム様のもとに帰していただけなかったらどうしたらいいですか⁉
ちなみに、昨日のご令嬢方の視線が厳しかったのは、酋長の娘である彼女たちは皆さまサラーフ様のお妃候補だからなのだそうですよ。つまり、どこの馬の骨とも知れない異国の女にその座を奪われそうになって苛立っていたのだそうです。
……それはそうですよね。怒るのも当然です。
わたくしは今になってサラーフ様に馬鹿正直に自分の出自を語ったことを後悔しました。あの時誤魔化していればこんなことにはならなかったはずです。
「おはようございます、アレクシア様」
ベッドの上に座ってぼーっとしておりましたら、ファティマさんが来られました。
ファティマさんに身の回りのことをしていただくのもものすごく心苦しいのですが、ファティマさんはこの役目を誰にも譲る気はないみたいで、また、言葉の壁もあるので、このままお言葉に甘えるしかありません。
「今日は外を歩くので、こちらを」
ファティマさんが用意してくださったのは、ゆったりとしたズボンと、肩から手首までをしっかりと覆うローブのようなものでした。あと、頭にかぶる頭巾のようなものもあります。日差しが強いので、外を歩く際は肌をさらさないようにするのだそうです。
着方がわかりませんので、ファティマさんにお手伝いいただきます。
……って、そうでしたね。今日はサラーフ様に町をご案内いただくのです。
昨日、サラーフ様がわたくしを娶るつもりがあると聞いたからでしょうか、緊張してきましたよ。
通訳としてファティマさんが同行してくださるのが救いです。二人きりだとどうしていいのかわからなくなりますもの。
「そういえば、昨日の舞子の方々はどうなったのでしょう?」
昨夜はそのあとの驚きの連続でうやむやになっていましたが、お二人とも無事でしょうか?
「あの者たちは、酋長の娘の一人にお金を握らされていたようです」
「つまり……酋長の娘さんの一人が、わたくしかサラーフ様を狙えと、そう指示を出されていたということでしょうか?」
「そうです。そして狙いはアレクシア様だったようです」
「……なるほど」
わたくしめがけて剣が飛んできたのは、狙い通りというわけですね。
ぞっとして、わたくしはつい二の腕をこすってしまいます。
「それは、昨日お聞きした、サラーフ様がわたくしを娶ろうと考えられているというお話に関係がありますか?」
「はい、ご高察のとおりです」
なんてことでしょう……!
つまり、わたくしがこの地へ来なければ、そしてわたくしが火竜の一族であるとサラーフ様に告げなければこのような事態は起こらなかったかもしれないのです。
「本日は念のため、護衛を数名伴うことになっておりますが、できればご自身の周りには結界の魔術を張っておいてくださると助かります」
「そのくらいでしたら何ら問題ございませんが……あの、危険そうなら、散策はやめておいた方がいいのではないでしょうか?」
「兄が悲しみますので、どうかお付き合いくださいませ」
「そ、そうですか……」
この様子ですと、ファティマさんはサラーフ様を応援しているのでしょうか。
わたくしには愛するグレアム様がいらっしゃるので、サラーフ様の妃にはなれないのですけど、略奪婚が当たり前というこの国の方々はどう説明すればわかってくださるのでしょう。
朝食と支度を終えて少しして、わたくしはファティマさんとともにお城の玄関へ向かいます。
そこにはサラーフ様が待っていらっしゃって、にこりとさわやかに微笑まれました。
『おはよう、アレクシア』
「おはようございます、サラーフ様。本日はどうぞよろしくお願いいたします」
サラーフ様にどのようなおつもりがあろうとも、町をご案内くださるという彼の好意を無碍にはできません。
ひとまず、余計なことは考えずに、純粋に町の散策を楽しむことにしましょう。
サラーフ様とファティマさん、それから護衛の方々とともに、お城の外へ出ます。
バラボア国では馬車はほとんど見かけないそうです。馬を飼育できるほど潤沢に草がないからだと言います。それから、町と言っても歩いて回れるくらいの広さですので、あまり馬車は必要とされないのだとか。
……町と町との移動には、昨日の空飛ぶ絨毯を使うか、ラクダと呼ばれる砂漠を歩くのに適している動物の背に乗って移動するのだそうですよ。
そういえばあの空飛ぶ絨毯はやっぱり魔術具でした。ここを去るときに一ついただけないでしょうか。グレアム様が喜ぶと思うのです。
……魔術具はとても高価ですから、無理ですかね。対価として砂漠で魔石を探して回りますけど、ダメでしょうか。
他国の、それも国交のほとんどない国の魔術具というのは、なかなか目にする機会がありませんので、ぜひとも手に入れたいのですけど。
……無理そうならせめて構造だけでも! わたくしはグレアム様のように魔術具に詳しくないので見ただけではわかりませんが、誰かご説明くだされば頑張って丸暗記しますから!
って、今日は町を散策するのですから空飛ぶ絨毯は登場いたしませんね。絨毯のことはまた今度考えましょう。
サラーフ様がエスコートするように手を差し出されましたので、わたくしは軽くその手の上に手を重ねます。さすがに国王陛下のエスコートをお断りするのは無理ですからね。
周囲が砂漠ですが、オアシスがあるからか、この町には緑が多いです。
「あの棘だらけのものは何ですか?」
『あれはサボテンだ。棘に覆われた茎の中にはたくさんの水が含まれている。もし砂漠で遭難したら、我らはサボテンを探して生き延びるんだ。魔術が使えないものも多いからな』
「そうなんですか!」
面白いですね、サボテン。そしてツンツンしていて痛そうですが、形も様々で可愛らしい気もします。
……それにしても砂漠で遭難ですか。ぞっとしますね。
魔術が使えない方が砂漠で遭難したら、水を生むこともできませんもの。広大な砂地の中からサボテンのような植物を探して命をつながなければなりません。
「あちらの背の高い植物は何ですか?」
『あれはナツメヤシだ。実はデーツと言って、保存のために主に乾燥させて食べる。とても甘くて美味いが……ああ、ちょうど市が開かれる時間だな。行ってみよう。デーツも並んでいるはずだ』
デーツなら聞いたことがございます!
実際に食べたことはありませんし、クウィスロフト国ではほとんど出回っていませんが、ナツメヤシの木の実だったんですね。
サラーフ様が朝から昼前にかけて立つ市にご案内してくださいます。
国王陛下が市でお買い物をするのは不思議な気がしますが、サラーフ様を見た皆様は気さくに「陛下」とお声をかけていらっしゃるので、珍しいことではないのかもしれません。
バラボア国の国王陛下は民の皆さんと距離が近いですね。仲がよさそうで、なんだかほっこりします。
……どことなく、サラーフ様がグレアム様に似ている気がするのは気のせいでしょうか。
顔立ちは全然違うのですけど、内面がと言いますか……。
グレアム様も、コードウェルの皆様と仲良く和気あいあいと過ごすのがお好きなのですよ。堅苦しいのはお好きではないと言っていました。
サラーフ様が民の皆さんに笑いかけて声をかけながらゆっくりと歩きます。
さすがに全員の言葉を通訳するのは無理ですので、サラーフ様と皆様とのお話が落ち着くまでファティマさんの通訳はいったんお休みです。
わたくしのことも話題に上ったのでしょうか、あちこちから「ダナ」「ダナ」と呼ばれました。
十歳くらいの子供が手を振ってくださいましたので手を振り返しますと、どこかに駆けて行って木製のコップを持って戻ってきました。
コップが差し出されたので受け取りますと、白い液体が入っています。
『バオバブで作ったジュースだろう』
バオバブというのも植物だそうです。ファティマさんが教えてくださいました。念のためと言ってファティマさんがジュースを一口飲んだ後でわたくしに帰してくださいます。
……ちょっと待ってください。流れるような動作だったので気づきませんでしたが、今、ファティマさん毒見をしましたよね? 王女様が毒見なんてしたらダメですよ!
男の子がそわそわした顔でわたくしを見ているので、わたくしはファティマさんに「毒見はダメです」というのを後にして、バオバブのジュースに口を付けました。
ちょっとトロッとしていて、甘酸っぱくて美味しいです。でも生ぬるいです。冷たくしたらもっと美味しそうですね。
わたくしは少し考えて、魔術で氷を作るとコップの中に落としました。
それを見て男の子が目をキラキラさせたので、氷が欲しいのかと思って男の子にもこぶし大の氷を作って差しあげますと、大声で歓声を上げて走り去っていきます。
……あの、このコップはお返ししなくていいのでしょうか……?
暑い国だけあって、氷はとても貴重なものだったようです。
魔術師の方もいらっしゃいますが、それほど大勢いらっしゃるわけではありませんし、彼らは彼らの仕事があるので、氷を作ってプレゼントして回ったりはしませんからね。
氷のおかげで冷たくなったバオバブジュースを飲み干したころ、男の子が母親だろうと思われる女性と一緒に戻ってきました。
ぺこぺこと頭を下げられますのでファティマさんに訊ねれば、氷のことでお礼を言っているのだとおっしゃいます。
見れば女性の後ろにはまだ小さな子が三人もいますね。男の子と兄弟なのでしょう。
わたくしは空っぽになったコップをさっと魔術で洗った後で、カップの中に氷をたくさん作ってお返ししました。
男の子がまた歓声を上げて、お母様がぺこぺこと頭を下げます。
「美味しかったです。ありがとうございました」
ファティマさんに言葉を訳していただいて、手を振って男の子たちと別れます。
『アレクシアは優しいな』
デーツを探して歩いていますと、サラーフ様がおっしゃいました。
……優しい? はて、わたくし、何かしましたでしょうか?
優しいと言われるようなことをした覚えがなくて首をひねりますと、サラーフ様が笑みを濃くされます。
『巫女には心が綺麗な優しい女性が選ばれると言われていたが、本当だったのだろう』
「いえ、そんなことはありませんよ」
少なくともわたくし、ドウェインさんとキノコがらみになると途端に心が狭くなりますからね! 心が綺麗で優しい女性なら、きっと混沌茸の「ぐげげげげげ」も笑って許せるはずですもの。でもわたくしは許せません。
……うぅ、混沌茸を思い出したせいか悪寒がしてきました。ドウェインさんの妙な研究のせいで、あのキノコはもはや珍しくもなんともなくなったのですよ。いつどこでも栽培できるようになったのです。もしこの砂漠で奇声を発しながら走り回るキノコがいたらどうしましょう。
『アレクシア、どうした?』
「いえ……とある方を……と言いますかキノコを思い出したせいで悪寒が……」
『キノコ?』
「はい。奇声を発して走り回るキノコなんです。あんなもの他には存在しないとわかっているんですが、どうしてもわたくし――」
『ああ、それならあるぞ。エウリュアレーだ』
「え?」
なんですって⁉
混沌茸、この地にも存在するんですか⁉
あれは固有種じゃなかったんですか⁉
わたくしは青くなりました。
「ほ、本当に存在するんですか? 笠の色は藍色で、夜空のように白い点が無数についていて、軸は黄色、甘いにおいがするキノコですよ? そして『ぐげげげげ』と奇声を発しながら走るんですよ⁉ そしてそしてキノコの形をしていますが一応魔物に分類されるんですよ⁉」
『いや、エウリュアレーは笠の色は白だ。軸が赤で、『ホホホホホ』という音を発する。走るのは一緒だな。そしてエウリュアレーも魔物だ』
サラーフ様は真顔でなんてことないように答えられましたが、わたくしはさらにショックを受けて固まってしまいました。
なんと、混沌茸に親戚がいましたよ!
「そ、そ、そ、それはまさかこの町にも……」
『いや、魔物だし、食用ではないからな。ここにはない。砂地を好み、常に徘徊しているから砂漠を探せば見つかるかもしれないが、探そうか?』
「いえいえいえ、見つけていただかなくて結構ですよ!」
そんなもの見たくもありませんからね! 混沌茸だけでお腹いっぱいですよ! 混沌茸二号なんて絶対に願い下げです!
……食用に向かないってことは間違いなく毒キノコ……もとい、毒キノコの魔物なのでしょうね。本当にここにドウェインさんがいなくてよかったです。
忘れましょう。今のお話は聞かなかったことにするのです。エウリュなんとかというキノコなんて知りません。聞いていませんよわたくし!
『ああ、デーツがあったぞ』
サラーフ様がデーツを売っている店を発見してわたくしの手を引きました。
デーツ。そう、デーツです。デーツを求めて市に来たのですよ。
わたくしは頭の中から走り回るキノコを追い出して、買っていただいたばかりのデーツを頬張りました。
……うん! 甘くて美味しい!
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