エイデン国からの使者 1
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ロックさんの報告のあと、急いで城に帰りますと、ロックさんの部下だという諜報隊が次々に帰還いたしました。
諜報隊は鳥の獣人さんで結成された部隊だそうで、とても早く情報を集めることができるのだそうです。
……内乱とは、何がどうなっているのでしょうか?
グレアム様はわたくしにもロックさんたちの報告を聞くことを許してくださいましたが、さすがに余計な口ははさめませんので、グレアム様の執務室でそわそわと報告を待ちます。
執務室のソファ席には、マーシアが用意してくれた優しい香りの紅茶が湯気をあげています。
お茶が用意されたのは、グレアム様とわたくし、それからバーグソン様の三人だけで、ロックさんは背筋をピンと伸ばして立っていらっしゃいます。
デイヴさんも、ソファの後ろに立っていて、いつもよりきりりとした表情を浮かべていました。
息をするのも憚られるような緊張感が漂っています。
諜報隊のうち、情報を集めに言っていた五人の諜報官が戻ってきたところで、彼らから聞いた情報をまとめたロックさんが報告をはじめました。
「内乱が起こった場所ですが、やはりクレヴァリー公爵領で間違いなかったようです。正確には、クレヴァリー公爵領の南東で、数十人の獣人が武力蜂起した模様です」
「獣人か……」
グレアム様が軽く目を見開き、そして低くうなりました。
「数が数十人程度でも、相手が獣人では、すぐには鎮圧できないでしょうな」
バーグソン様も眉を顰めます。
獣人は、人と比べてとても身体能力が高いのです。
「ああ。……公爵領にはたいして魔術師がいないだろうからな、国軍から魔術師が派遣されるのは間違いない。そして、相手が獣人なら、捕縛を考えずに容赦なくその命が摘み取られる可能性が高い」
「武力蜂起した獣人は脅威ですからな」
身体能力が高く、魔術と似た力を行使できる獣人の場合、油断すれば人間側に大きな被害が出ます。国軍も動員して数で抑えつけ、確実に命が刈り取られるだろうとバーグソン様がおっしゃいました。
わたくしが息を呑みますと、隣に座っているグレアム様がそっと手を握ってくださいます。
「しかし、なぜ急に?」
「それが、突然起こったことではないようなのです」
グレアム様が訊ねますと、ロックさんが答えながらちらりとわたくしに視線を向けました。
わたくしはゆっくりと首を横に振ります。わたくしは公爵領に行ったことがございません。なので、公爵領の事情はわからないのです。ただ、一つだけ気になることがあります。ロックさんの表情を見るに発言は許されているようですので、わたくしは口を開きました。
「あの、少しお聞きしたいのですが……。父は、その、獣人さんのことがあまり好きではなかったと言いますか、偏見を持っていたと言いますか……」
「差別的な意識を持っていた方ですね。はっきりおっしゃって大丈夫ですよ。そのような貴族は多いですから」
ロックさんが微苦笑を浮かべておっしゃいましたので、わたくしはちょっぴり申し訳なく思いつつも頷いて続けました。
「はい。その通りです。父は獣人さんたちを差別していました。王都の邸でも、獣人さんは雇っていなかったのです。その父の領地に、獣人さんが住んでいたというのが不思議なのですが、蜂起された獣人さんたちは公爵領に住んでいた方たちですか?」
あの父ならば、領地から獣人たちを全員追い出してもおかしくありません。そのくらい、差別や偏見を持った人なのです。
「なるほど、そこから説明が必要か」
グレアム様が困った顔をして、わたくしの頭をポンと撫でます。
「貴族の、特に高位貴族になればなるほど、獣人たちへの差別意識を持った人間は多くなる。だがな、たとえそうだからと言って、領地から獣人を追い出すことはできない。百年前に獣人たちへの迫害が終わったが、差別が続いてきたのは本当だ。しかし、確か三十年前だったか。獣人たちの住む場所を奪うことを禁止する法律ができた。そのため、たとえ領主であっても、領民である獣人を領地外へ追い出すことはできない。だからな、ここと比べるとほかの領地では獣人の数は少ないが、暮らしている獣人はいるんだ」
つまり、父が嫌がろうと、獣人たちの居住権を奪うことはできなかったのですね。納得です。
わたくしが頷きますと、ロックさんが続きを引き取って補足なさいます。
「ですがまあ、追い出されはしないけれど、生活の保障まではされていませんからね。そのような差別的な意識を持っている領主のいる地での獣人の生活がどのようなものだったかは想像に難くありません。領地の中でも住みにくい辺鄙なところに追いやられ、まともに仕事も与えられず、しかし税だけはしっかり徴収されていたようです。抑えつけられてきた獣人たちは、どうやらかなり前から機を伺っていたようですね」
「だが、何故今なのでしょう。特別な何かがあるわけではないでしょうに」
バーグソン様が顎に手を当てて首を傾げます。
グレアム様がわたくしの頭を、二度、三度撫でてから答えました。
「別に俺は不思議でもなんでもないがな。ロックもわかるだろう? 獣人は魔力に敏感だ」
「ええ。……アレクシア様ですね」
「ああ。アレクシアがこちらへ嫁ぎ、公爵家から離れた。おそらくそれが一番大きい」
「どういうことですか?」
ロックさんとグレアム様はわかりあっているようですが、わたくしにはさっぱりわかりませんでした。
「アレクシア様。獣人は、魔力感知に長けています。自分よりはるかに強い魔力の持ち主……それも、本気になればお一人で反乱を起こした獣人すべてを制圧できるくらいの魔力の持ち主が公爵家にいれば、恐ろしくて蜂起などできません。勝ち目はありませんからね」
「え? え?」
「アレクシア、お前は無自覚で、魔術の何たるかも学ばずに育ったが、魔力だけを見れば、俺と並ぶほどあるんだ。公爵は知らなかったようだがな。公爵領の獣人たちはお前の人となりも、魔術が使えるか使えないかも知らないから、単純に感じ取れる魔力量で脅威と判断したんだ。いわば、お前が内乱のストッパーになっていたんだよ」
……わたくしが、大魔術師様であるグレアム様と並ぶだけの魔力量を持っている?
思わずぽかんとしてしまいますと、グレアム様が小さく笑いました。
ロックさんも苦笑して「正直、手合わせするのはご免こうむりたいです」とわたくしを見ます。
バーグソン様がぱちぱちと目をしばたたきました。
「目の色から、おそらく強い魔力をお持ちだろうとは思っていましたが、それほどでしたか」
「ああ。それは間違いない。しかも……おそらくだが、まだ増えている。そのうち俺の魔力量を抜くかもしれんな」
「なんと……!」
「正直言って、アレクシアの魔力量は桁違いだ。クレヴァリー公爵には魔術が使えるほどの魔力はないが、あれでも王家の血が流れているからな。先祖返りが出てもおかしくない。もしくは、母親の方が強い魔力持ちだった可能性もあるが……わかるか?」
「実のお母様のことは、公爵家で働いていたメイドだったということしか知りません。わたくしを産んですぐに亡くなったらしいですから」
「そうか。言いにくいことを言わせたな」
「いえ……」
正直、産みの母のことは、顔すらわからないので実感がないのです。ですので、グレアム様に謝っていただく必要はどこにもありません。
「しかしこれでわかったな。今回の内乱は、いわば公爵自身が招いたことだ。獣人を冷遇し、抑えつけていたのが悪い」
「そうは言いますが……反乱は、法律上では罪ですからな。しかも、重罪です」
「わかっている」
グレアム様が息を吐きます。
このままでは、国軍から派遣された魔術師様たちによって、反乱を起こした獣人さんたちは皆殺しにされてしまうかもしれないらしいです。
……それはあまりにも、ひどいと思います。
「ちなみに、蜂起した獣人たちは何かを要求しているのか?」
「住む場所と、公爵の管轄ではなく、自分たちだけの独立した領土を求めていますね」
「つまり、封土を与えろと、そういうことか。……まあ、彼らが言いたいことはわからんでもないが、それが認められることはないだろうな」
「一度例を作ると、各地で同じことが起こるでしょうからな」
バーグソン様が沈痛そうな顔でおっしゃいます。
「どこまで交渉ができるかわからんが、姉上にはできるだけ彼らの命を刈り取らない方向で鎮圧するようにと手紙を書いてみよう。ロック、悪いがあとで王城まで届けてくれ。それから、諜報隊はそのまま公爵領の状況の調査を」
「御意」
ロックさんが短く答えて、部下に指示を出すために執務室から退出なさいました。
グレアム様は、すっかりぬるくなった紅茶に口をつけて、ふぅと一息吐きました。
「蜂起した獣人たちが望むなら、この地へ移住してもらっても構わんのだが……、すでに内乱まで起こしているとあれば、姉上に領民権を発行すると言っても、彼らがこちらへ移り住むのは難しいかもしれんな」
「すでに、罪人ですからね……」
内乱を起こした罪は重い。鎮圧の際に命を奪われなくて、捕縛の後で死罪を免れても、長い服役が待っています。もしかしたら、一生涯、自由は与えられないかもしれません。
……ずっと抑えつけられていた人たちですのに、それはあまりに、酷ではないでしょうか。
わたくしは政治家でも、領主でも、当然王でもありませんから、どうしても私情を挟んで考えてしまいます。裁くのは王の役割だというのはわかっていますが、やるせないです。
せめてどうか、命だけでも無事でありますようにと、祈りながら、次の報告を待つしかないのです。
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