南の国境付近はクレヴァリー公爵領があるところです 3
お気に入り登録、評価などありがとうございます!
「……大きいですね」
お湯を作る魔術具は、城壁を出てすぐのところ、南門の近くにありました。
コードウェルに来た時も、南門をくぐってお城へ向かいましたが、その時は馬車の中に冷気が入らないよう馬車の帳を下ろしておりましたので気が付きませんでした。
南門を少し行った先には山脈が広がっていて、いくつかの細い川が一本につながって大きな川になったものが、この近くに流れています。
その川から水を引き、南の城壁のところに掘った堀に水が入り込むようになっているそうです。
この水は生活用水のほかに飲料水にも用いますので、堀から城下町に水を引くときには水をきれいにする魔術具を通って流すようにしているそうです。
お湯を作る魔術具は、堀の中に、小さな塔のように聳え立っていました。
六角柱のわたくしの身長の三倍くらいありそうな大きなものです。
六角柱の表面には複雑な模様が掘ってあり、たくさんの魔石が埋まっていました。
そして、六角柱の魔術具の半分より下のあたりに、大きな丸い筒のようなものがついていて、そこから湯気が出ている熱そうなお湯が、城下につながる水路に向かって流れています。
「手を伸ばしても届かないところではあるが、不用意に近づくなよ。火傷するぞ」
お湯は、沸騰直前くらいのすごくすごく熱いお湯なのだそうです。熱いお湯にすることで殺菌にもなりますし、なにより、このくらい熱くしておかないと、蜘蛛の巣のような城下町の水路を通っている間にすっかり冷えてしまうのだそうです。
これだけ熱くしていても北の方に流れるにつれ
て冷たくなるそうで、お湯を沸かす魔術具は、一度水が集まるようにしている城下町の北の広場にもつけられているとのことでした。
なんと、噴水自体がお湯を沸かす魔術具なのだそうです。ただ、そこは熱湯にしてしまいますと大やけどをする人が続出してしまいますので、触れるとちょっと熱いくらいの温度になるよう調整されているそうです。
「本当はもう何か所か増やしたいんだがな」
そこまで徹底していても、やはり場所によっては水路の水は冷えているところもあるそうです。
グレアム様は、どこの水路でもお風呂くらいの温度のお湯が流れるようにしたいらしいのですが、どうしても難しいものがあるらしいです。
「もともとこれは、水が凍りつくのを防ぐためにつけられたものですからね。今でも充分その役割は果たしていますから、これ以上の利便性は追及しなくてもいいのでは?」
バーグソン様はそうおっしゃいますが、グレアム様は納得されていないようです。
「便利な方がいいだろう」
「そう言いますけどね。グレアム様がいろいろ便宜を図ってくださるおかげで、この十年余りでここはずいぶん過ごしやすくなったのですよ。ちょっと快適すぎるくらいです。あまりやりすぎると、王都のあたりで、うるさく言うものも出てくるでしょう」
確かに、ここは王都よりもたくさん魔術具が設置されていて、住民が快適に過ごすための細やかな配慮がなされています。
わたくしはクレヴァリー公爵家の外に出ることは滅多にございませんでしたので、王都の様子には疎いですが、雪深いことを除けば、おそらく王都の貴族街よりも、ここの城下町の方が快適なのではないでしょうか。
……すくなくとも、王都にはお湯は流れておりませんし、こうして生活用水のために水をきれいにする魔術がつけられてもいませんからね。
王都では、基本的には井戸の水を生活用水にしています。
水路もありますが、こちらは使用済みの水を流すためのものです。
王都の周辺に流れる川は、あまり水質がよくありませんので、王都に引き込んでもそのままでは飲めないのです。
ここのように水を綺麗にする魔術具をつければ生活用水として使えるのでしょうけど、それをするにはお金がかかりますし、貴族は、使用人に生活のあれこれを任せておりますので、そのあたりの状況にはとても疎く、また興味もありません。綺麗な水が水路を流れていたからと言って、貴族はそこから水を汲んだりしませんからね。
ですので、興味がないので、整備しません。
王都の水路を整備する場合、決定を出すのは土木省ですが、土木省にお勤めの方は貴族の方ですから。綺麗な水の流れる水路を整備するくらいなら、少しでも馬車がスムーズに走れるように、道を整備する方に税金を使います。
でも、ですね。
そのぅ、貴族とは少々面倒臭い人たちなのですよ。
自分たちが興味がないから整備していなくても、ほかの場所で自分たちより便利な暮らしをしていると、面白くないのです。
やっかみと言うものが出るのでございます。
わたくしはあまり貴族のことに詳しくありませんが、そういうものなのだというのはなんとなく知っています。義母や異母姉が、公爵より位の低い侯爵領に魔術具を取り入れたと噂で聞いたときに、しかめ面で怒っておりましたから。
確か侯爵領に設置された魔術具は、水の塩分を取り除く魔術具だったはずです。
クウィスロフト国は内陸にある国なので海は近くにありませんが、東の国境に塩湖があります。国境をまたぐようにして存在している塩湖の近くに侯爵領がありますが、農作物があまり育たない地だったそうです。農業に塩湖の水は使っていなかったそうですが、調べたところ、畑に引き入れていた川に少し塩分が含まれていたらしいのです。そのため、国に申請して、塩分を取り除く魔術具を購入したとのことでした。
水から塩分を取り除く魔術具はクウィスロフト国ではあまり聞きませんが、海に面している国では設置されている魔術具だそうです。
……クレヴァリー公爵領の川には塩は含まれていないので、そのような魔術具は必要ないはずですのに、義母や異母姉は、「侯爵領が便利になる」と言うのが気に入らなかったようでした。
このように、貴族はとてもややこしいのです。
その侯爵領に入れた魔術具よりも、コードウェルに設置されている水を綺麗にする魔術具の方がおそらく高性能のはずですので、これだけでも知られれば大騒ぎになるのではないでしょうか?
「馬鹿馬鹿しい。国に申請して国から魔術具を融通してもらうのならまだしも、この十年余りに設置した魔術具は全部俺が作ったものだ。文句など言わさん」
領主が領民のために行動して何が悪いとグレアム様は鼻を鳴らします。
確かにその通りだと思います。本来ならば、その領地は領主の裁量によって治められるものです。領主が作ったものを領地に設置しても、本当ならば何の問題もございません。
バーグソン様は、小さくため息を吐きました。
「やりすぎると、陛下にも献上すべきだと言い出す輩が増えますよと言っているのですよ。陛下に献上なさった場合、今度は各方面が騒がしくなります。あちこちから魔術具が欲しいと連絡が入るようになりますよ。そうなったら、大変な思いをするのはグレアム様でしょう」
「相手にしなければいいだけだ」
「そうはいきません。グレアム様が無視をしても、陛下に嘆願が入れば、陛下もすべては無視できなくなります。最終的に王命で落とし込まれれば、グレアム様は動かざるを得ません」
魔術具を作るのにはとても時間がかります。お金もです。お金の方は注文主から回収できたとしても、時間はどうしようもありません。バーグソン様は、魔術具の注文で大忙しになるかもしれないグレアム様を心配なさっているのでしょう。
実際、王命でわたくしを押し付けられたばかりのグレアム様は、むぅっと眉を寄せます。
「魔術具は目立つからな。やはり小型化を急ぐしかないか」
「……どうあっても、自重はなさらないおつもりなんですね」
バーグソン様は苦笑しましたが、それ以上は何も言いませんでした。グレアム様が領民の生活を思ってのことなのはバーグソン様もわかっていらっしゃるので、これ以上は言えないのでしょう。
「さて、いつまでも外にいては寒いからな。アレクシア、魔術具への魔力の補充の仕方を教えてやるから、こっちへおいで」
「はい!」
これでようやくわたくしも、魔術具に魔力を補充するお仕事ができるようになります。
「だいたい、ひと月に一度様子を見に来て、魔力の残りが少なくなっていれば補充するんだ。表面にたくさん魔石が埋め込まれているだろう?」
「はい、キラキラ光っていてとても綺麗です」
表面に埋め込まれている魔石は、彫られている模様と調和するような配置に並べられていて、それが赤色に輝いていて美しいです。
「あれは火属性の魔石が使われている。水を吸い上げで沸かし、横の管から流れるようにしているんだ。もともとあった魔術具を俺が改良したものなんだが、表面に掘られているのは魔術のための模様で、軽く説明するとだな――」
「おっほん! グレアム様、説明はいいですから早くなさって下さい。いつまでも外にいては寒いと言ったばかりではないですか」
グレアム様の「軽い説明」はちっとも軽くありませんからとバーグソン様が肩をすくめます。
「……仕方ない。説明は今度にしよう」
趣味で魔術具研究をするくらい大好きなグレアム様はちょっぴり面白くなさそうでしたが、魔術具の原理の説明は省略することにしたようです。
「赤く輝いている魔石は、まだ魔力がたっぷりこもっている証拠だ。逆に、ほら、左側を見てみろ。輝きがなくなっているだろう? あのようになったら、魔力がなくなったのだと考えていい。魔石の魔力がすべてなくなると魔術具は動きを停止するから、そうなる前に魔術具に魔力を補充するんだ。魔術具に向かって手をかざして」
「こうですか」
わたくしは両手の手のひらを魔術具へ向けます。
「そうだ。そして、俺に魔力を渡したときのように、自分の中にある魔力を魔術具に向かって放出してみろ」
「わかりました」
魔力を動かす練習はたくさんしましたから、それほど気合を入れなくてもできるようになりました。
わたくしが魔力を魔術具に向かって放出しますと、輝きが消えていた魔石が、一つ、また一つと輝きはじめました。
「ああ、上手だ。ただ、慣れないうちに一度にたくさんの魔力を使うと疲れるだろうから、あとは俺がしよう」
魔石が五つ輝いたところで、グレアム様がストップをかけました。
輝きが消えている魔石は、あと十四個ありましたが、グレアム様が手をかざすと、あっという間に十四個すべての魔石が輝きます。
……すごいです。さすが、大魔術師様。
「今日の仕事はこれでしまいだ。帰るとしよう」
グレアム様がそう言って、流れるようなしぐさでわたくしの手を取りました。
「仲がよろしいようで、結構ですな」
バーグソン様が、孫をからかうような顔でそうおっしゃいますと、グレアム様がハッと目を見開いて赤くなりました。
「い、いや、これはだな、雪道で、滑るといけないから……」
確かに、雪道を歩きなれないわたくしは、うっかり滑って転んでしまうかもしれません。
……グレアム様、お優しいです。
気遣いが嬉しくてふにゃりと微笑みますと、グレアム様はますます赤くなりました。
「そういうことにしておきましょう」
「だから!」
バーグソン様に、グレアム様が赤い顔で食って掛かろうとした時でした。
ばさり、と鳥の羽音のような音が聞こえたと思うと、グレアム様が表情を引き締めて視線を空に向けました。
バーグソン様も空を見上げます。
わたくしもお二人に習って、よく晴れた青い空を見上げますと、目の前を黒い影のようなものが素早く横切りました。
鷹、でしょうか。
その割に、とてもとても大きいですが。
「ロックですね」
「そのようだ」
グレアム様が軽く手を振りますと、大きな鷹がまっすぐこちらに降りてきました。
そして、目の前に降り立った直後に、姿が変わります。
少し長い焦げ茶色の髪に、ハシバミ色の瞳の、背の高い男性です。どうやらロックさんとおっしゃるこの方は、鷹の獣人さんのようです。
「どうした」
グレアム様が訊ねますと、ロックさんは胸に手を当てて軽く頭を下げ、こう返しました。
「南の国境のあたりで、小規模な内乱が発生したようです。現在、詳しく情報を集めさせておりますが、あの場所はおそらく……」
わたくしは目を見開きました。
南の国境付近には、クレヴァリー公爵領があります。
わたくしは一度も行ったことはありませんが。公爵領なのでとてもとても広いのです。なので、もしかしなくとも――
ロックさんが、わたくしを気づかわし気に見た後で、わたくしの予想と同じことを言いました。
「クレヴァリー公爵領だと思われます」






