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魔術の勉強は距離が近くてドキドキします 1

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 魔術のお勉強は、地震から三日後のお昼から行うことになりました。


 この三日、地震の被害を確認して、グレアム様はバーグソン様と城下を駆け回りながら、魔術で壊れたところを修復して回っていました。


 あれから地震は一度も起こっておりません。

 一度地震が起こると、そのあと余震と呼ばれるものが何度か起きると聞いたことがございますが、今回はそのようなものはなかったようです。よかった。


 魔術のお勉強は、お外で行います。

 お城の中で魔術のお勉強をすると、うっかりあちこちを破壊してしまうかもしれないかららしいです。


「寒いからな」


 グレアム様はそう言って、魔術で庭の、半径五メートルほどのあたりに結界を張りました。

 今日は朝から雪が降っていましたが、結界のおかげで雪が顔に当たりません。結界の中の気温も調整されているのでしょう、ぽかぽかと春のように温かいです。


 わたくしは今日、マーシアが購入してくれた新品のドレスと、そして温かいコートを着込んでおりましたが、こんなに温かくしていただけるなら、コートは不要だったかもしれません。


「最初に、魔力の動かし方を学ぶ。魔術は魔力を動かして発動するからな。動かし方がわかっていないと、魔力暴走を起こして大変なことになる。……少し聞くが、以前に魔力暴走を起こしたことはないか?」


 魔力暴走とは、自分の体の中にある魔力が制御できなくなって溢れ出してしまうことを言うそうです。

 規模の大きなものになりますと、国を滅亡させかねないほどの大惨事になるのだとか。

 もっとも、それほど巨大な魔力を持って生まれることはそれこそ数百年に一度ほどのレベルだそうで、普通はそのあたりを破壊したり、雷のようなものを発生させたり、あたり一面を氷漬けにしたりと、その程度のものだそうです。それでも充分過ぎるほど脅威ですけどね。


 わたくしは、今までそのような現象を起こしたことはございませんので、首を横に振ります。


「……充分、暴走を起こしてもおかしくないほどの量なのだが……こっちに顔を向けてくれ」


 グレアム様は首を傾げてから、わたくしの両頬に手を添えると、じっとわたくしの瞳を覗き込みました。


 顔が近いです。

 息がかかります。

 どきどきします。


 なんだか体の中に火がともったようにぽっぽとしてきて、ぶわわっと顔が熱くなりました。


「光彩が揺らぐのは、魔力が安定していないからか? この目の金色の光彩は、昔からあったのか?」

「だと、思います。あ、でも、昔はこんなにはっきりとは現れなかったみたいです。ただ、年を経るごとに金色の光彩が強くなったようで、十二歳の時には道具として役に立たなくなったと父が……」

「道具?」

「政略結婚の道具です」


 貴族の令嬢は「政略結婚の道具」なのだそうです。わたくしはそう言われて育ちましたし、道具として役に立たなくなったから「いらない子」になりました。


 異母姉は瞳に金色の光彩が入りませんので、政略結婚の道具として有効だそうで、「わたしは他国の王子様とだって結婚できる身分だ」とわたくしを見るたびに嬉しそうにおっしゃっていました。公爵令嬢ですから、王子様のお妃様にだってなれるそうです。ただ、異母姉は跡取りですので、婿を取ることになりますから、お妃様にはならないそうですが。


 いい「道具」であれば、素敵な結婚ができると言っていました。

 でもわたくしは、いい道具ではありませんでしたが、こうして嫁ぐことができました。……グレアム様は、妻として受け取ってくださいませんでしたが、ここにはおいてくださいます。役立たずの道具だったのに。きっとこれは奇跡と呼ぶものでしょう。


 わたくしは正直、貴族のことはよくわかりません。

 ですので知っていることをそのままお伝えしたのですが、グレアム様はぎゅっと眉を寄せて厳しい顔をなさいました。


 肩がびくりと震えます。

 わたくし、何か間違えてしまったのでしょうか。


 ……グレアム様も、怒ると義母や異母姉のようにわたくしを殴るでしょうか。


 体に力を入れて、訪れるかもしれない痛みに備えていると、グレアム様がハッとなりました。


「ああ、違う。怒ったのではない」


 そう言って、何故かぎゅっと抱きしめてくださいました。


 グレアム様はこの三日、たまにこういうことをなさいます。

 何かの拍子に、こうして抱きしめてくださるのです。


 わたくしはそれが不思議でたまりませんが、グレアム様に抱きしめられると、ドキドキと安心が一度にやってきて、それが何だか心地よくて、わたくしは素直に身をゆだねるのです。


「ほかに例を知らないからこれは仮説でしかないが、どうやらアレクシアの魔力はまだ成長しているのだろう。体の成長に合わせて増えているのかもしれない。だからこれまで魔力暴走が起こっていなかったのだろう。……多分だが」


 グレアム様がおっしゃるには、魔力が体の成長に合わせて増えるのは、獣人によくある現象なのだそうです。ただ、人間でそれが起こった例を知らないため、その仮説が正解かどうかはわからないとのことでした。

 グレアム様はわたくしを抱きしめたまま、そっと右手をわたくしとつなぎました。


「今から俺の魔力を少し君の体に流す。君の左手から右手に向かって流していくから、魔力の流れを感じ取るんだ」

「はい」


 魔力の流れを教えるのは、抱きしめていないとダメなのでしょうか。

 ぎゅっと抱きしめられているので、ドキドキがおさまりません。

 安心もしますが、長時間のぎゅーっはドキドキの方が強くなって、だんだん落ち着かなくなるのです。


「行くぞ、アレクシア。まずは左手に集中するんだ」


 グレアム様の右手とつながれている左手が、ぽっと温かくなりました。

 その温かいのが、血管を伝うようにして体を流れていきます。これが魔力でしょうか。なんだか、お風呂に入っているみたいで気持ちがいいです。


 魔力はゆっくりと全身を這うように流れていき、わたくしの右手に向かいます。

 右手がぽっと熱くなりました。

 グレアム様がわたくしの右手を、ご自身の左手とつなぎます。


「右手の魔力を、俺の左手に渡してくれ。そうだな……水の流れをイメージするとわかりやすいかもしれん」


 水、ですか。

 手の中の水を、グレアム様の手に渡すような感じ?


 実際に水はありませんが、なんとなくそれをイメージしていると、右手の熱が少しずつ引いていくのがわかりました。

 引いていく熱に、ちょっと残念な気持ちになりますが、これは正解だったようです。

 グレアム様が笑って、わたくしの頭にポンと手を置きました。


「優秀だ。一回でできたな」

「本当ですか?」


 優秀だとほめてもらったのははじめてです。十二歳になるまで家庭教師が付けられていましたが、誰もわたくしを優秀だとは言いませんでした。それどころか、教えることも嫌そうでしたので、わたくしはよほど不出来な生徒だったのだと思います。


 嬉しくなってぱっと笑えば、グレアム様の顔がぽっと赤くなりました。

 魔力は温かかったので、わたくしがお返しした魔力で体が熱くなったのでしょうか。


「次は自分の魔力だけでそれをやってみてくれ。ゆっくり魔力を巡らせた後で、俺に渡すんだ」

「あの、動かすのはわかりましたが、魔力はどこにあるのでしょう?」


 わたくしが問いかければ、グレアム様は「ああそうか」と頷いて、自分の胸をとんと叩きました。


「体の中に泉があって、そこからあふれているとイメージすればいい。意識しないと感じられないし、目に見えるものではないが、まあ、似たようなものだ」


 泉、ですか。

 わたくしはグレアム様をまねて、自分の胸に手を当てました。

 じーっと泉を感じ取ろうとしますが、よくわかりません。

 なので、そっとグレアム様の手を取って、わたくしの胸の上に置きました。


「わかりません。あの、どこですか?」


 その瞬間、グレアム様がビクンとなって、凍り付いたように動かなくなりました。


「……?」


 もしかして、わたくしの中には泉がないのかもしれません。

 おろおろしていますと、グレアム様が見る見るうちに真っ赤になって、ぷるぷる震えながら、「い、泉があるようにイメージするだけだ。イメージなんだ!」とやけくそのように叫びました。

 つまり、想像して泉を作り出せと言うことでしょうか。


 なるほど、わたくしが間違っていたのですね。

 わたくしはグレアム様の手を胸に当てたまま、泉を想像します。

 すると、胸の奥にぽっかりと金色の泉が現れたような気がしました。


「泉、見つけられました!」

「そ、そうか。それはよかった。だ、だったらもう、手を放してくれないか……」


 は、そうでした。

 わたくしったら、グレアム様の手を握り締めて、あろうことか、このぺったんこの胸の上に押し当ててしまっておりました。


「も、申し訳ございません!」


 さぞ不愉快だったことでしょう。

 わたくしが慌てて手を離しますと、グレアム様はわたくしが離した手を所在なさげに宙にさまよわせてから、赤い顔を空に向けました。


「で、では、魔力を動かす練習をはじめてくれ」

「はい!」


 わたくしが魔力を動かす練習をしているすぐ横で、グレアム様は何かに必死に耐えるように、いつまでもぎゅうっと眉を寄せていらっしゃいました。


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